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 ケルツェント王国のゴッドホーン侯爵家は何人もの将軍を排出した名門中の名門。

 その家に生まれたガンドルフ・ゴッドホーンは心身頑健で身の丈は誰よりも大きく、筋骨隆々で大の男を片手で担げるほど。

 さらには剛胆にして勇猛果敢、まさに勇者と呼ぶにふさわしい人物であった。


 彼は戦場で幾度も功績を立て、王家からの信頼厚く、ついには第二王女を妻とする栄誉を賜った。


 儚げで華奢な第二王女は、しかし見た目によらず強い心を持つ凛とした婦人であった。

 彼女は嫁してまもなく第一子を身ごもり、ガンドルフに父親そっくりな丈夫な嫡男をもたらした。


 翌年に生まれた次男もまた父親似であった。

 三男、四男、五男、六男、七男……すべて父親似の立派な男の子であった。

 子供達は成長するとますます父親そっくりの、身の丈大きく筋骨隆々な剛勇となった。


 そのあまりの迫力に、人々はいつしか、ゴッドホーン侯爵家を「岩石侯爵家」と呼び出した。



 さて、岩石侯爵家ことゴッドホーン家の当主ガンドルフは、見た目は岩石そのものの大男であったが、己とは正反対の小さく愛らしいものが好きだった。

 彼は小動物を愛し、小さな子供も大好きだったのである。

 それはもう、できればずっとみつめていたい。可能ならば撫でたい。泣かれないなら抱っこしたい。心にそんな願望を抱えていた。

 だがしかし、岩石のごとき大男である彼は、見た目の厳つさ故に小動物には逃げられ、他人の子供には泣かれるのが常であった。


 故に、彼は妻に似た可愛くて小さい子供が欲しかった。

 もちろん、自分に似た息子達のことも心の底から愛していたが、それでもやっぱり、妻の愛らしい容姿を受け継いだ天使のような子供が欲しかったのである。


 口に出しては言われぬその願いを、良き妻となった王女は悟っていたのであろうか。

 彼女はやがて八番目の子供——末っ子を産んだのだった。




 ***



 王立学園の入学式。

 スフィノーラ侯爵家の令嬢テオジェンナは、生徒会に所属する二年生として新入生の案内役を務めていた。


 スフィノーラ家はゴッドホーン家と並び武勇を響かせた軍人家系であり、テオジェンナもまた他家の令嬢のようなドレスは纏わず、颯爽と騎士服を着こなす麗人であった。


「あれがスフィノーラ家のテオジェンナ様……」

「噂に違わず、気高くお美しい……」


 令嬢達は噂に聞く麗しの君の勇ましい姿に、頬を染めて溜め息を吐く。


「テオジェンナ、また貴女のファンが増えそうね」


 周囲の浮ついた空気を読みとってくすくす笑いを漏らすのは、テオジェンナの友人である公爵令嬢ユージェニー・フェクトルだ。

 美しく優雅な仕草で小首を傾げるさまは完璧な淑女そのものだが、テオジェンナは眉をしかめて友人を見やった。


「よしてくれユージェニー。からかわれるのは好きではない」

「あら、ごめんなさい」


 ちっともすまないと思っていなさそうなユージェニーは、凛々しい友人の顔を見上げて美しく微笑む。


「でも、いつも冷静な貴女が今日はやけにそわそわしていたから気になって」


 その言葉に、テオジェンナはぎくりと肩を震わせた。

 心を乱さぬよう努めていたつもりだった。だが、浮ついた気分を抑えきれていなかったようだ。テオジェンナは己の未熟さに恥じ入った。


「もしかして、どなたか気になる方が入学するのかしら?」

「そんなわけがないだろうっ! 私は何もっ……」


「あ」


 ユージェニーの軽口に、むきになったテオジェンナが否定しようとしたその時、新たに校門前に到着した馬車から降りた少年が短く声をあげた。


「テオ!」


 鈴を転がすようなその声に、テオジェンナは雷撃に打たれたかのようにびくんっと全身を震わせた。


「久しぶり! テオ!」


 たたた、と軽い足音を立てて、小柄な少年がテオジェンナの元へ駆け寄ってきた。


「テオ?」


 背を向けたままのテオジェンナに、少年がくりっと小首を傾げる。

 あどけない目で見上げられ、テオジェンナはぎ、ぎ、ぎ、とぎこちない動きで振り向いた。


「……ルクリュス」

「テオ。会いたかったよー」


 ルクリュスと呼ばれた少年は、純粋にテオジェンナとの再会を喜ぶ様子でふわっと微笑んだ。


「……っぐぅ!」


 その笑顔を真正面から見たテオジェンナは胸を押さえて呻いた。


「テオジェンナ?」

「な、なんでもない……平気だ」


 戸惑ったように声をかけてくるユージェニーに答えるテオジェンナだが、胸を押さえたままぎりぎりと歯を食いしばっており、平気な様子には見えない。息づかいも荒い。

 ユージェニーはいぶかしげに眉をひそめた。


「そう? それで、こちらの御方は」

「あ、ああ。紹介しよう」


 テオジェンナは背筋を伸ばし、きりりと顔を引き締めた。


「彼の名はルクリュス。ゴッドホーン侯爵家の子息だ。ルクリュス、こちらは私の友人であり王太子殿下の婚約者であられるユージェニー・フェクトル公爵令嬢だ」

「まあ。ゴッドホーン家の」


 ユージェニーはわずかに目をみはった。

 ゴッドホーン家の武勇は近隣諸国にまで響くほど。公爵家の人間であるユージェニーであっても、王国の剣、ケルツェントの銀の盾、と呼ばれる侯爵家へは深い敬意を抱いていた。


 テオジェンナの紹介を受けて、ルクリュスはユージェニーの前で畏まって礼を取った。


「ご紹介に預かりました。ゴッドホーン家の末子ルクリュスと申します。フェクトル公爵令嬢にお目にかかれて光栄の極みです」


 やわらかい夕日のような色の髪がさらりと揺れた。


「こちらこそ。ゴッドホーン家の勇猛さと忠義は王国の宝と音に聞こえております。お会いできて光栄ですわ。フェクトル公爵家のユージェニーと申します」


 ユージェニーもカーテシーをして挨拶を交わす。


「勇猛と呼ばれるにふさわしいのは父と兄達にございます。私は見ての通り軟弱者でして。勇士と呼ばれる身にはなれぬと思い定め、せめてゴッドホーン家の恥とならぬよう勉学に励みたい所存です」

「まあ。さすがはゴッドホーン家の方ですわ。素晴らしいお心ばえです」


 少年の殊勝な物言いに、ユージェニーは温かな微笑みを浮かべた。


「で、では、ルクリュス。もうじき入学式が始まるので、我々はこれで」

「あ。そうだね」


 テオジェンナはユージェニーを促してその場から立ち去ろうとした。

 それを、ルクリュスが呼び止めた。


「テオ」


 親しげな呼びかけと共に、春の日射しのごとく辺りの空気を暖めるようなやわらかい笑顔でこう言った。


「今日から同じ学校に通えるなんて嬉しいよ。昔みたいに、テオと一緒に仲良く過ごしたいな。ふふ」


 ことり、と首を傾げて、ルクリュスは融けた飴のような瞳を緩ませる。

 小さく手を振り、ふわりと軽やかな動作で身を翻し、ルクリュスは去っていった。


「ゴッドホーン家の方は皆様、体格のよろしい方ばかりと思っていたわ。ルクリュス様は王女殿下であらせられた侯爵夫人に似ていらっしゃるのね。……テオジェンナ?」

「——はうぅうううぅぅっ!!」


 ルクリュスの姿が見えなくなった途端、テオジェンナが頭を抱えて絶叫した。


「あーっ!! 可愛いいいいぃぃっ!! 私の小石ちゃんんんっ!!」


「……は?」


 久方ぶりに再会した幼馴染の愛らしさに悶えるテオジェンナには、呆気にとられる周囲を省みる余裕などなかった。





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