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プレゼント  作者: 灰谷千秋
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とある記者の独り言

まさか、そんな、あの子が。



人間は考える生き物である。

人間は嘘をつく生き物である。

人間は隠し事をする生き物である。

人間は鈍感な生き物である。



故に人間はひとつの面から眺めてはならない。


同じ人でも照らす光で色の変わるアレキサンドライトのように様々な側面を持つ。


同じ人でも地中に埋まる功績のように本人の印象とは正反対のものを抱えていることがある。



故に、いかに温厚な人間でも内には獰猛な虎を飼っている事、なんて珍しいことではない。




人をろくに見ずに判断してしまうのは、自らの首を虎に差し出してるも同様の所業なのである。


2.





最近、日本を騒がせている大事件がある。


某県中心部にあるショッピングセンター。多数の人々がそこに集う日曜昼、その平和な景色を一瞬にして惨劇に変えた爆弾テロ事件。


建物内のあちこちに仕掛けられた爆弾は、ショッピングセンターの広場にあったものが爆発したのを皮切りに次々と人の命を奪っていった。


1番はじめの爆発音と悲鳴に気がついて逃げ出した客もいたが、広範囲を吹き飛ばす威力の武器にパニックの中正しく対処するのは至難の業。生き残ったものは僅かだったという。



治安の良さと事件率の低さに胡座を書いていた日本国民の肝を、細胞の核から震え上がらせたこの事件。


その主犯だとして追われている男は、昔は気弱で優しい少年であったそうだ。


連日、液晶にデカデカと映し出される彼の顔は、色白で、肌にはツヤがあり、公表されている歳の割には幼く見える柔和な笑みを称えていた。

未だ少年という言葉が適用できそうなその表情は、とても無差別テロを行う人物のそれには見えない、と私は思う。



テレビのインタビューで彼の中学時代の担任が語ることには、彼は


「如何にも『優しい子』で人を傷つけるようなことをしたりするとか問題を起こしたとかは一切なかった」


のだそうだ。


そんな子が、どうして。そう語る教師の声色は、困惑に満ちていた。



テレビを見ながら、私は自分のノートのページを捲る。

報道ではまだ明らかにはなっていないが、取材の過程で私はこの男に関してもうひとつ掴んだことがあった。



彼はいじめられていた。


同じ学校の生徒の発見によって発覚したそれは、一応加害者と被害者の間で示談と謝罪が行われ解決となったそうだ。しかしながら容疑者の情報が公開されて間もない今、この情報を流してしまうと様々な憶測を呼び事態の混乱を招くだろう。

そう判断した上層部により情報の公開は時期を待つとの判断がなされた。



いじめられたことに対しての、復讐。

安直かつ最も多くの人がこの情報を耳にした時に頭に浮かべるのが、この結論だろう。


それがきっかけで始まるのは、恐らく遺族の方々への取材の殺到や、野次馬による所謂凸行為の横行。


私1人、ぽっと考えてみただけでもこれだけの混乱が予想できるのだから、上層部の判断は賢明と言えるだろう。

せっかく掴んできた取材の成果をお預けにされたと言う少々残念な気持ちは、遺族の方々のためにも飲み込むしかあるまい。



きっと情報を知った大勢の人達がそうするように、私も既に事件について様々な憶測を巡らせている。


その結論は、私が思う衆人が導き出すそれとは異なるものだ。


古今東西、最もそんなことが起き始めたのはつい最近なのだが、この手のテロが起きた例を振り返って見てほしい。


起きたことのスケールもそうだが、大体のことについて組織的、かつ一定の思想の元行われたということが共通点として見いだせないだろうか。


爆弾テロを起こすには、それ相応の量の爆薬の確保は勿論、爆弾作成の技術、そしてそれを設置するための人手が要る。

一個人がそんな大規模な爆弾テロを起こすのは、過去の例を見ても不可能に近い。


ここ数年ほど前から、警察関係者と話すと結構な頻度で日本の犯罪の裏に彼等ありと言われるほどの巨大犯罪組織の存在が話題に上がる。

最近それの関係者と見られる人物の隠し口座が発見されたとの事で警察は大いに湧いた。

きっとまだ彼らは資金源を隠し持ってるに違いない、と対策本部まで立てられて、摘発にやっきになっている。

それくらい大きな組織が一枚噛んでいるとかでもないと実行は現実味がない。


故に復讐なんて、と言っては良くないかもしれないが、そんな個人的な理由で爆弾テロを行えるほど人やものを動かすのは難しい。


これ以上掘ると何がまずいものを起こしてしまいそうなのでこの辺で止めておくが、兎にも角にも復讐だけ、なんて事はないだろう。



そういえば、この事件がセンセーショナルに報道されているせいで霞んでいたが、もうひとつ気になる事件が起きている。





件のテロの2日前、とある県の繁華街で女性がビル屋上から飛び降り自殺をした。


夜、ちょうど街が賑わいを見せていた頃に起きたこの事件は、かなりの人数に目撃された。

目撃者の1人が言うには、彼女は飛び降りる直前に大声で叫び、道行く人の注意を自分に引き付けた上で身を投げたそうだ。


彼女の遺体は全身、特に顔面の損傷が激しく遺体を見ただけでは身元の判別が不可能だったため、DNA鑑定による身元特定が行なわれた。

採取したDNAと警察のデータベースを照合してみて、警察は再び湧いた。彼女は例の犯罪組織の関係者であるとして、警察が追いかけていた人物であったのだ。


彼女の身につけていた衣服のポケットの中からは、何かが記された紙が見つかったがどうやら血に浸ってしまったようで鑑識が解読を急いでいる。


警察の話によると、発見時彼女の身体は非常に痩せており、腹部には打撲によるものと思われる無数の傷があった。


彼女が自殺の前に何か別の事件に巻き込まれていた可能性もあるとみて、警察は捜査を進めている。



わざわざ人に見せるようなところで行なわれた飛び降り。

一体彼女は最期に何を思い、自らの命を断つ選択をしたのか。



件のテロリストもそうだ。彼は、彼等は一体どのような思想の元、大勢の罪なき人を殺めるという行動に出たのだろうか。



今、もし彼らに合ってまともに話をすることが出来たとして、そしてその理由がその口から発せられたとして。



そんな機会が現実にはありえない今、他人である我々には得られた事実から彼等の本心を推し量るしか残されていない。



一体なぜ優しい少年は殺人者へと変貌したのか。はたまた元からそういう人物だったのか。



彼らに関する何れの問の答えも、彼ら自身から述べられることのない限り。


その心の中に眠り続けるままなのだ。


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