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姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第九章 静止した夜と姫騎士さん
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第七十六話



方向性のない加速。


脳の内側に迷い込むような酩酊感。


おそらく百回乗っても慣れることのなさそうなそりの旅。移動が終わった時、上空から降り注ぐのは陽の光だ。


潮風を含んだ陽気な風。断崖絶壁の上は芝に覆われ、羊が放し飼いになっている。


遺跡もある。オリエント様式と言うのだろうか、大理石の丸い柱と、朽ちて下半身だけになった石像。


その向こうにあるのはコンクリートの建造物だ。長方形を並べたような幾何学的な建物。建物の前にはヘリポートもあり、テニスコートなども見える。


「ここって……島ですか」

「そう、地中海にある小島。私は8歳から10歳までここにいた」


先生は潮風を受けて歩を進める。地中海の風を受けてメイド服のスカートがなびく。先生はどんなシチュエーションでもメイド服を割り込ませることに長けている。


「前に聞きましたね、天才たちを集めたプロジェクトだとか」

「某大学の主導という建前だったけど、実質的なスポンサーは世界的な大企業、というより財閥とか個人投資家とか、とにかく千億ドル単位のプロジェクトだったらしい」

「あの施設だけでそんな大金が?」

「人材だよ。私は拾われたようなもんだけど、ここに集められたのは本当の天才ばかり。彼らはそれぞれ国家を背負うようなプロジェクトを抱えていた。集めるのは大変だったらしい」


やがて人が見えてくる。建物の入り口付近にベンチがあって、それに座っているのだ。


金髪で長身、白人男性のように見える。


見える、と言ったのは、その人物はお面をかぶっていたからだ。白くのっぺりとした皿のようなお面、目の部分にだけ細長い穴が見える。


「ロブ、あなたが来ないと始まらないわよ」


そこに女性の声。今度は色黒で肉付きのいい女性。やはり皿のようなお面をつけている。


「先生、お面をつけるルールでもあったんですか?」

「ないよ。ここが私の過去だからだ。私は彼らの顔を覚えてないんだ」

「え……」

「彼らを表現するものは論文だ。私は彼らを論文でのみ認識してる。だから顔がないんだろう」


男女の二人は連れ立って建物の中へ。僕たちは後ろからついていく。いつしか忍び足をする遠慮も無くなって、大股で後を追う。


「はいてく!」


建物にはいくつのものセキュリティがあった。二人は手首の静脈や虹彩認証で突破していく。僕たちは開いたドアが閉じる前に滑り込む。


「先生、これ後で出られなくなったりしません?」

「中から外へ出るなら何とでもなるよ」  


まあ重奏アンサンブルの中であまり気にしてもしょうがないか。


桜姫は物珍しそうに絵画とか彫像を見ている。科学関係のプロジェクトのはずなのに美術品がやたらと多い、しかもどことなく高価そうだ。


「なぜこんなに美術品が?」

「これもプロジェクトの一部。古今東西の天才と呼ばれる人の作品を集めていた。私たちの脳に影響を与えることが期待されていた。これは脳の極限に挑むプロジェクトだった」


やがて、広間に至る。


円形の空間に10の椅子。


黒髪黒瞳の少女もいた。先生だ。先生だけはお面をかぶっていない。


他のメンバーは人種も性別もさまざま、彼らは資料どころかタブレット端末すら持ってない。お面をつけているが、みな聡明そうに見える。


一人の人物が指を鳴らす。その背後に複数のディスプレイが浮かぶ。


「砂岸改造についての検討は終わった。いくつかアイデアが出たから精査を頼む」

「メイヤー、材料工学については進んでるのか」

「いくつか良質なものは生まれたが、正確な数値はこれから出す。オヴァーノン博士の半導体設計の結果によっては進展がある」

「その件だが、40フェムト単位の設計でサンプルはできた。爆発的な速度向上には専用設計がいるな。心理学のマー教授の方は」

「大脳生理学を基準にして検討中。悪くないけど汎用モデルにして組み直したいの、明日また発表するわ」


彼らは何かを報告し合っているようだ。少女期の先生はそれらの言葉をノートに取っている。


彼らは皆それぞれ違う言語で話している。だが聞こえるのは日本語だ。唇の動きと言葉が噛み合っていない。広間のどこかに自動翻訳装置でもあるのか、それともここが重奏アンサンブルだからか。


「この人たちって何を研究してたんです?」

「タイムマシン」


え、と先生を見る。タイムマシンだけは絶対にありえないと言ってたのは先生では。


「彼らには課せられた使命があった」

「使命……」

「人類が到達しえない場所に到達すること」


空間がふいに暗くなる。


浮かび上がるのは太陽系の模式図だ。中心に太陽。そこから近い順に水星、金星、地球、火星。


それらはぎゅっと縮んで、ほとんど点のような光球になる。


そして部屋の端の方に、もう一つの光球。


「宇宙進出についてだが、その後の見解は」

「世代間宇宙船には解決すべき課題が多い、運べる人口もせいぜい二千人」

「超光速航行のほうも進めてる」

「恒星系以外の惑星系が近くにないか探せないかな」


「人類は行き詰まりを感じていた」


先生は床にかがみ込んで言う。


「アポロが月面に降りてから50年以上、人類はまだ火星にすら行けない。さらに百年も待てば行けるだろうか。人類の抱える諸問題が解決すれば行けるだろうか。いや、そもそも本当に行けるのだろうか。人類はそろそろ本気で考えねばならなくなった。自分たちがどのような「幼年期の終わり」を迎えるのかを」

「なるほど……宇宙船の開発が使命なんですね?」

「違うよ、彼らが探求していたのは全ての分野だ」


彼らは喧々諤々と議論を続ける。内容は難解そうなものもあれば、SF小説についての気楽なものもある。日本の漫画やアニメにおける創作物についても。


「摂氏5000度でもけない金属。狂犬病の特効薬。常温超伝導。超能力や宇宙人の発見。彼らは人類が積み上げてきた妄想の山と戦っていた。何が現実的な可能性であり、何が実現不可能なことかを考えた」


それは……リソースの集中だろうか。

実現不可能だと思われるプロジェクトはばっさりと切り捨てて、可能そうなことに投資する。人類がどんな未来を迎えるかを模索する。


このプロジェクトを計画したのは大企業とか大富豪らしいが、彼らにとってそのような「選択と集中」は大きな意味を持つのだろう。


僕がそう言うと、先生は首を振る。


「そうじゃない。言ったでしょ。何が可能で、何が不可能かを模索していたって」

「……?」


「マイナス450度ね、実現できそうだよ」


ロブと呼ばれていた白人男性が立ち上がる。彼は黒革張りの手帳を持っていた。


「時間遡行機については切り捨てよう。水素生産プラントのほうは続行だ」


先生はそのロブを横目で見て言う。


「彼らは決めることを求められた。何が不可能で、何が可能かを決める・・・のは彼らだった」

「……? すいません、よく意味が……」

「今ロブが言ったように、彼らはタイムマシンは不要だと判断した。だから人類は未来永劫、タイムマシンに到達することはない」

「え……」

「タイムマシンが存在することにはデメリットが多すぎるからだ。誰かが人類の生まれる前に行き、人類の祖先であるネズミのような哺乳類を殺す。それだけで全人類は消滅する。その可能性を考えればタイムマシンの発生は容認できない」

「それを……誰かが決めるんですか? 決められるものなんですか?」


「望まれざる訪問者がいるな」


はっと、賢者たちのほうを見る。


だが僕たちに反応したわけではない。空中に浮かぶのは建物と島の模式図、そこに高速接近する輝点がある。


「迎撃兵器を無効化してる。複数のチャンネルで島の防衛機構にアクセスも」

「接近に気づくのが遅れたな。重奏アンサンブルからの敵か」


彼らも重奏アンサンブルを知っているのか。


「マニュアルで迎撃しよう。マー教授とミス・アグリーはここにいて」


名指しされたのはアジア系の女性と少女期の先生。他の人物は部屋を出ていく。


「先生、橘姫ですか」

「そうだね、桜姫も感知してる。私たちも打って出よう」

「ぶちかま!」


……。


橘姫の接近。それは、何か変じゃないか?


ここは先生の過去であり、先生の記憶を元にした重奏アンサンブル


では、なぜ橘姫には気付いたのか? 彼女が敵意を持った略奪者だから? 


いや、それとも。

彼らはもしかして、最初から僕たちに気づいていたのか? その上で無視していただけ?


僕は少女期の先生を見る。


その黒一色の瞳と目が合った。だが、すぐにノートに視線を落としてしまう。


「先生、みんな僕たちに気づいてます」

「気づいてないよ。言ったでしょ。彼らはタイムマシンを否定してる。私がそこの女の子と同一人物なことは建物のセンサーで分かっている。同一人物がいるのは矛盾だ、だから彼らには見えていない」

「見ないフリをしてるだけでしょう」

「まあね。厳密にはそうだよ。敵対しない限りは黙殺する。見るものと見ないものを自分で決めている。だから天才なんだ。彼らはそういう役割を持ってプロジェクトに参加したんだ」


つまりは、傲慢ではないのか。


それは科学者という人種のスタンスに似ている。理論的にありえないものは存在しない。見えていたとしてもなにかの間違いだと黙殺する。


この世界にも吸血鬼やバク飼いの一族はいるのだろうか。いるとしたら科学者たちはどう向き合うのか。


切り捨てる。


科学者という人種が、吸血鬼を理論的に否定した。魔法も、呪いも、魔獣たちも。


だから存在しなくなった。


あの賢者たちは、世界の可能性を切り捨てていき、あるべき形に造形する彫刻家のようなものなのか。


「ワールドオーダーズ・ルールブック」


先生はそうつぶやく。


「ロブの持っている手帳、あれが世界の設計図。世界に存在するべきルールをまとめた物理法則そのものだ。橘姫が狙ってくるとすればそれだ」


世界のルールを定める手帳……。

もし、その手帳に「タイムマシンは実在する」と書けば、それが世界のルールとなる。


そんなことを決める権利が彼らにあるのか。

それとも、誰かが決めねばならない事を、彼らに押し付けただけなのか。


やがて建物の外へ。


並走すると分かるが、やはり彼らは僕たちに気づいている。体がぶつからないように間合いを取るからだ。


「私たちは建物から離れて戦おう、桜姫、上空にて陽動を」

「ようどう!」


ぴょんと数メートル飛び上がって、ジェットをふかして一気に遠ざかる。爆圧のような噴気が僕たちを打つ。


上空には黒い影。


橘姫……しかも数十体いる。本体と同程度の性能なのか、それとも外見だけなのかは分からないが、複製技術はだいぶ進歩してるようだ。


その中の一体が地上まで降りてくる。長身のメイド服。先生よりさらに足が長く、眼光は鋭い、どうでもいいが褐色のタイツが攻撃的な印象を与える。


「ミスターロブ、あなたの手帳を渡しなさい」

「君はミス・アグリーの作ったロボットだな、造形に癖が見える」


皿のようなお面をかぶった男性は、ずけずけと近づく。


「なるほど不格好だ。自己進化の核も不完全だし、複数の重奏アンサンブルから技術を取り込んでいるな。武装に統一感がない」

賢者たちワイズマンズ、抵抗はバッドシング、手帳を渡しなさい」

「どうかな? 君ぐらいねじ伏せるのはわけもないが」


馬鹿な、橘姫の戦闘力が分かっていないのか? 生身の人間で勝てるわけが……。


「昼中くん、もう少し離れよう」

「先生、賢者たちが危険です、助けないと」

「大丈夫だよ、彼らは強い、知の巨人というだけじゃなく、物理的な影響力という意味でもね」

「え……?」


橘姫が動く。

僕の目がそれを捉える。コンマ以下2桁の世界、見せしめに一人を斬ろうとしたのか、腰にさしてあった剣に手をかけ、それを音速で抜き放ち――。


ざん、と。

切断の音が響き、橘姫の・・・上半身が地に落ちる。


「え――」


次の瞬間、メイド服がさいの目に斬り刻まれる。装甲も、内部機構もすべて刻まれ、さらに微細に切断。砂鉄のようなものになって地に積もる。


守護妖精ピルグリム、そこまで」


ロブの肩で何かが飛んでいる。護身用の小型ロボットか? 分身とはいえ橘姫を圧倒するとは。


「プロジェクトは失敗したんだよ」


先生が言う。


「彼らは人類には扱いきれない技術を消去した。計算違いだったのは、技術を消すためには彼ら自身も消える必要があったことだ。彼らは人類が到達できない技術を持って、重奏アンサンブルの彼方へ消えてしまった。彼らが自らを消すために生み出した最後の技術、それが重奏アンサンブル概念ノーションだ」


何だって。


それは、しかし、それでは先生の研究テーマとは……!


思考できたのはそこまでだった。


上空から無数の砲弾とロケットが降り注ぐ。僕は先生の体を抱えて後方へ飛んだ。


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