表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第七章 甘味の王と姫騎士さん
54/94

第五十四話



8月となり、暑さがずっとピークを維持し続けるような日々。

山あいの西都の町では山がエメラルド色に燃え上がり、コンクリートの照り返しで観光バスが銀色に光るような季節。


「暑苦しい顔でどうした」


店に入った途端に言われた。白髪の老紳士、ソワレは商品棚の整理をしていたようだ。


「第一声がそれかよ」

「客でないことぐらいは分かる、足音とかドアの開け方でな」


言われて僕は言葉に詰まる。気の焦りが動きに出ていたのか。気をつけよう。


「単刀直入に言う。強くなりたいんだ」

「筋トレでもしろ」


間髪を入れず言われる。だが僕も引き下がれない。


「やってる。だが足りないんだ。怪物とも戦えるぐらい強くなりたい。武器も欲しい」

「なぜ私に言うんだ?」

「この町で一番強いからに決まってるだろ」


白炎びゃくえんのソワレ。

オカルトの世界では伝説と呼ばれてる人物らしい。師事するならこいつしかいない。黒架との因縁も考えると頼みにくくもあるが、もうなりふり構わないと決めたのだ。


「ふむ」


ソワレは少し考える風に、顎に手を当ててから言う。


「かの姫騎士どのに何か起きたか?」

「答えたくない」

「……最初から決めてたような返答だな」


姫騎士さんの力は加速度的に増しており、それによって重奏アンサンブルの事件も深刻さを増すかに思える。

僕が姫騎士さんを守らなくては、毛の先ほどでも役に立たなくては。そのためには真っ当な鍛錬ではとても追いつかない。


「あんたはキンダガートンの予言とやらでこの街にいるんだろ。この世の滅びを防ぐために。僕が強くなれば役に立つこともあるはずだ」

「とても間に合わんよ。我々の世界で一人前になるには20年はかかる。例外的に若くして前線に立つ者もいるがな。生まれ持った異能を持つとか、魔女の血を引くとか、魔術的な強化を受けているとかだな」


自分を内省する。生まれ持った超能力の心当たりはないし、親族に魔女がいたという話も聞かない。というより両親は新潟の旅館にいるらしいが、祖父やそれ以外の親族の話を聞いたことがない。両親について深く考えると憂鬱なので思考を打ち切る。


「わかった、じゃあ魔術的な強化とやらを」

「もののたとえだ」


ソワレはあきれたように言う。


「今は禁忌となっている。だいたい、お前を鍛えるぐらいなら知り合いのハンターを呼ぶ方が遥かに役に立つ」

「……」

「そんなことよりケーキを食べていけ」


と、ソワレが取り出すのは皿に乗ったショートケーキ。全体が濃緑色をしていて、アラザンの銀色の粒がふりかけてある。ホールケーキを切ったものらしく、断面は黒と緑の縞模様になっていた。


「なんか……緑が濃いんだけど」

「新作の抹茶ケーキだ。ほうれん草を練り込んで色を濃くしてある。今度の大会に出す予定だ」

「大会?」


問い返した瞬間に思い出した。西都の夏祭りだ。温泉街である西都にはその手の小さなイベントが多く、スケッチ大会とかカラオケ大会、草野球にどんぐり拾いに漫才大会と月イチで何か行われている。


そして今月は甘味処が集まってのスイーツ大会だった。地元のラジオ局も来るし、地方紙にも記事が乗る。それなりに歴史のある大会だ。


「そんなのに出てていいのか?」

「構わんよ。私の正業は裏の仕事だが、ハンターには表の顔を持ってる者も多い」

「そういうことじゃなくて、あんた潜伏のためにケーキ屋やってるんだろ、別に大会なんか出る必要……」

「この町では何が起こるか分からん。町で起きるイベントはなるべく近くで見るつもりだ。先月の子供相撲大会も観戦した。これも昼日中ひるひなかの守護者、闇を払う剣、教えに殉ずる火クォ・ヴァディスとしての役割だ」


なるほど。まあイベントを無視するのも何か違う気もする。


とりあえずケーキを食べろ、とソワレの目が言っていたので、手近なテーブルに座って食べてみる。うん、お茶の風味と、内部に閉じ込められたチョコソースの濃厚な甘さ。ふわりと香るほうれん草がアクセントになってるし、甘さに深みが出てる気がする。


「悪くない……生地も丁寧に仕上がってるし、隠し味に何か……まさかドングリか?」

「その通り、アク抜きしたドングリを砕いて混ぜている。野性味を感じるだろう。ほうれん草もこの町の農家から仕入れたもの。鶏卵と生乳も、お茶も県内のものだ。つまりこれは西都のすべてを凝縮したケーキなのだ」


おお……とさすがに感嘆の声が漏れる。すごいけどそこまで本気出さなくても。


「隣のケバケバしい店にあてられて客足が今ひとつだったが、ここで一気に知名度を上げてやる。あのような浮ついたメイド喫茶の後塵を拝するわけにはいかん」


なんか役割とか色々言ってたけど、そのへんに本音がありそうだな……。


「……なるほど、間に入ってるチョコソースも一級品……どっしりと甘いけど生地が軽いから最後まで食べ飽きない……」


僕はしっかりと味わって最後の一口まで食べ終えると。

がらん、とやや乱暴にフォークを置く。


「だがダメだ。このケーキじゃ『はんど☆メイド』には勝てない」

「なに!?」


ソワレが磨いていた皿を取り落としそうになる。この人が動揺するのはきっと珍しいことだろう。


「隣もスイーツ大会に参加すると言っていた。僕はそのメニューを試食させてもらったが、恐ろしい完成度だった。この抹茶ケーキも悪くないが、あれには及ばない」

「くっ……出るだろうとは思っていたが……」

「僕が思うに、ある要素で隣のスイーツには勝てない。そこを改善できれば勝算はある」

「そ、それは何だ」


僕はカウンターに両手をつき、ソワレの目を正面から見る。


「教えてもいい、その代わり……」

「む……」


葛藤が見える。

僕から助言を受けるのも本当は不本意だろう。だがそれに勝るほど勝利への執着も見える。歯噛みする気配。そして両手を肩まで上げる。


「分かった……少しだけなら指導してやろう」

「ありがとう、ソワレ、いや師匠」

「気持ち悪いことを言うな。それで、私のケーキに足りないものとは」


がたん、と立ち上がる。


「それは明日伝える。まだ日数はあるだろ」

「……仕方ないな。明日は朝6時に来い」

「分かった」


店を出て、僕は小さく拳を握る。

これで劇的に強くなれるとまでは思わないが、ともかく何かしなければ、という心の焦りが少しは静まった。今日は筋トレをそこそこにして早く休もう。


と、僕は帰路につく前に、隣の「はんど☆メイド」に入っていく。


西都の町のスイーツ大会、出場するかどうか聞いておかねば。





「それで指導の約束を取り付けたわけ?」


メイド喫茶の二階、リビング兼オフィスにて亜久里先生と話す。先生はいつものようにぴしりと決まったメイド服である。

先日の遊園地での場面が思い出されるが、だからって敬遠するわけにもいかない。それに先生の言うとおり、僕から先に泥に踏み込むと決めたのだから。


「出るんですか?」

「もちろん出るよ。パフェでも開発しようかなと思ってる。あるいは甘いリゾットのオムライスでもいいかな、ラズベリーソースでお絵描きするの」


先生ならかなりの水準のものを仕上げてくるだろう。


「それで隣の『Flamme blanche』の抹茶ケーキですけど、先生から見て欠けてるものってあります?」

「昼中くんってだいぶ図太くなってきたね」


と言いつつも、先生は例の箱型端末を取り出して何やら分析を始める。


「地元の品にこだわってる感じでしょ。抹茶にほうれん草だったっけ。チョコソースで層状にしてるなら、上にアラザンがかかってたんじゃない?」


アラザンについては説明を省いていた。さすが亜久里先生である。


「欠点なんて明らかでしょ、地味なんだよ。ケーキにほうれん草という発想は割とあるけど、パウンドケーキとかパンケーキに合わせるのが一般的。ショートケーキに合わせれば物珍しさは得られるだろうけど、人気で一番を取るとなると難しい」


まあ僕もそんな感じだろうと思っていた。あのケーキは美味しいし丁寧な仕事だったが、華やかさがない。


「じゃあ、どうすれば『はんど☆メイド』のスイーツに勝てますか?」

「君どういう質問してるか分かってる……?」


しかしこの質問は先生の脳細胞を刺激したらしい。腕を組んで考える。


「そもそもほうれん草って秋から冬の野菜だからね。確かに夏場のほうれん草も注目されてるけど……猛暑に耐えるために品種改良されてたり……」


そしてぽんと手を打ち、キウイのような酸味のある笑い方をする。


「じゃあ、もっと地味にしようか」

「え?」

「ほうれん草という着眼点は悪くない。パフェやケーキには華やかさで劣るけど、より味を高めれば質実剛健なものと評価される。他のスイーツが華やかなだけに見えるぐらい質を高めれば勝てる」

「なるほど……それで具体的には」

「こっから先は有料」


ぴしゃり、と手刀でシャッターを下ろす。


「お金とるんですか生徒から」

「そうじゃない。姫騎士さんを審査員に誘ってほしい」

「え……」

「その後、三人の関係はどうなの」


にやりと目を細めて聞いてくる。姫騎士さんが先生の研究に関係するというだけではないだろう。興味の色がにじんでいた。


「別に何も……遊園地の件からまだ数日ですし、黒架とは家でゲームしたぐらいで、姫騎士さんは剣道部で忙しくて……盆が開ける頃に富前ふぜん霧街道きりかいどうに行こうって話になってますが」

「スイーツ大会はその前になるね……じゃあ審査員ぐらいできるでしょ。拘束は半日ぐらいだし」


姫騎士さんはもはや西都の誇りであり、県レベルの有名人である。全国大会二連覇というだけではない、その容姿のためもあるだろう。


「こっちからも町会に手を回して審査員として呼ぶよう働きかける。昼中くんは姫騎士さんを誘ってくれればいい」

「……何か期待してるんですか。刺激しないで、そっとしておいた方が」

「そうは思わない。受け身では対処できないよ。なるべく姫騎士さんの動向は把握しておきたいし、この町で行われるイベントにも関わっておきたいの」


ソワレも似たようなことを言っていた。

世界の滅び、科学とオカルトの両方が予言したというその一文、姫騎士さんがそれに関係することはもはや疑いようもない。


問題は、いったい何が起きるのか、誰にも分からないという事だが……。


「……分かりましたよ。誘うだけなら」


何かが起きるならそれも仕方ない。僕がタイミングを選べることでもない。

何かが起きるなら、僕はその場にいたい。それだけだ。


先生はにこりと笑い、背もたれに体重を預けて腕を組む。


「うちも本腰入れて頑張るよ。優勝は難しいと思うけどね、無限堂・・・和菓子・・・に勝つのは・・・・・……」


どん、と音が鳴る。

それは二階の隅にあった柱時計。その振り子が金属音を鳴らしたのだ。見れば振り子が途中から破断しており、先端のおもりが落ちている。


「! 実相感覚器フィックスセンサーが」

「え……?」

「無限堂か……? なるほど自覚できない。これも姫騎士さんの力なのか」

「どういうことです」

「あの振り子は世界の揺れを感知するセンサーになってる。重奏アンサンブルが発生するときの独特な振動を感知して自壊する。成功率は3割もないけどね」

「……」


では、また起きたのか。

亜久里先生が言う重奏アンサンブル概念ノーション、オカルトの世界では結界などとも呼ばれる不可思議な世界。


無限堂……子供の頃から・・・・・・知って・・・西都の名店。それが名状しがたい何かだというのか。



そして、それは姫騎士さんにどのように関わるのか……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 待ってました。ワクワクです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ