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姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第六章 正義の味方と姫騎士さん
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第四十八話



空にうっすらと暗幕がかかる時刻。


夏至を過ぎたばかりの7月下旬においては、夜の8時にはまだ西の果てに残照が残っている。

その中で来客はゲートをくぐり、帰宅の途につく頃合い。


だが、何度もこの遊園地に通うような常連がいたなら、なぜかヒーローショーのあたりだけこうこうとライトがつき、勇壮な音楽が流れてることに疑問を覚えただろうか。


「今日ってナイトオープンか何かやってるんだっけ?」

「えー知らない。でも他の遊具は止まってるよ」

「リハーサルか何かじゃない? 回によって怪人とか変わったらしいし、頑張ってるよねー」


そのような声も段々と減り、遊具のスタッフや売店の店員も帰り始める。だがヒーローショーが続いてることに疑問を持たない。持てないと言ったほうが正確だろうか。


「橘姫はどっかに消えたっすね」


照明塔の上で黒架が言う。僕たちはスタッフに見つからないように隠れておいて、暗くなる頃に這い出してきた格好だ。


「橘姫はさっきの戦いでも見なかったな。察して逃げたのか、それとも姫騎士さんの影響を受けにくかったのか」

「おそらく後者ですね。橘姫さんは自分を組織の一員と考えてなかったんだと思います。だから最終決戦に来なかったんです」


まあ実際の特撮でもありそうな話だ。何げに橘姫にとっては紙一重の危機だった気もする。


「とりあえず次の回まで時間つぶすっすよ」


すとん、と降りてくる黒架。かぶっていた帽子はコウモリに預けていたので、白いロングワンピースに金髪を垂らした姿である。すらりと伸びた佇まいはまさに女王というべきか、夜闇の中にあっては神々しさすら覚える。


「ところで、夕飯はどうしようか……」


ぽつねんとつぶやく。

夜8時の回は閉場から逃れるために行けなかったが、そうなると次は夜10時の回だ。さすがに空腹を感じてきた。


「みんなでどっか食べに行くっすよ。10時までに戻ればいいっす」


黒架が言う。それに一人が手を上げて応じる。亜久里先生だ。


「あまり出たくない。橘姫がいるんでしょ。こちらを補足してる可能性があるし、私達が消えると何をやらかすか分からない」

「そうですね……確かに」


その背中にはリュックを背負い、首だけ出した桜姫がくうくう眠っていた。


「桜姫って眠るんですね」

「当たり前でしょ。機械だって眠るんだよ。電源を切ったりスリープしたりする以外にも、自己診断とかデフラグとか、意識を内部に向けてる瞬間がある。それがコンピュータにとっての眠り」


そういうものだろうか。桜姫は人間のようなふるまいが多いし、単なる創造者のこだわりかも知れない。


それはそうと、出ない方がいい、というのは確かにそうだろう。これを一種の超常現象と考えれば、この場を動くのは得策とは思えない。


「コウモリに何か持ってきてもらうっすか?」

「買い物とかできるの?」

「いや木の実とか」

「気持ちだけ貰っとく……」


売店から何か拝借するか、手紙と現金だけ残して。あるいはどこかに防災用の食料でもないか……。


「みなさん。ハンバーガーでもいいですか?」


姫騎士さんが言う。ハワイ柄のチューブトップに白のジャケットという姿は夜でもよく目立つ。


「勿論いいけど、売店はもう閉まってるし……忍び込むの?」

「いえ、こちらの方がハンバーガーもできると言ってます」


姫騎士さんの示す、それはアイスの自販機である。円錐型のアイスが出てくるやつだ。ゲーセンにあったので一時期よく食べてた。

しかし「調整中」の紙が貼ってあるし、通電もしてなさそうだが。


「この方、昔はハンバーガーを焼いてたそうです。何とかできると思います」

「喋ってるの?」

「いえ言葉は発してません、ジェスチャーです」


ジェスチャーしてるのか、怖いな。


「ちょっと待って」


ずい、と進み出る亜久里先生。


「姫騎士さんばかりに活躍されちゃお株を奪われるからね、ここは私がやるよ」


と、先生は箱型端末からコードを伸ばし、自販機の硬貨投入口に突っ込む。


「確かに位相の乱れがある。小規模だけどね。時流をさかのぼって干渉。多元因果律を接合。重奏アンサンブル概念ノーションの顕現を」


ばち、と空間に電気のひらめくような音。


果たして眼の前にあったのは、ハンバーガーの自販機だ。

古いサービスエリアなどにたまにあるが、これはそれよりも洗練されて見えた。メニューは24種類あってタッチパネルで選択。トッピングやサイドメニューも完備しており、支払いも各種電子マネーが利用できる。ロカボやヴィーガン仕様のバーガーも作れるらしい。


「ハンバーガーの自販機は色々な理由で少なくなって、ここにあったそれも改修されてアイスのそれになった。でも、いわゆる並行世界では生き残って進化を続けていた。それを引き出したよ」

「おおー、すごいっす先生。これならどこでも好きなもの食べられるっす」


僕たちはめいめい注文する。テリヤキバーガーにビッグサイズバーガー、フィッシュフライのサンドに野菜バーガーなどなど。

桜姫はもそもそと起き出して、目玉焼きペーコンバーガーを頼んでいた。


「うん……美味しい。パンは焼きたてで香ばしいし、パティも冷凍とは思えない。たっぷり空気を含んでてジューシーで」


合わせるのはやはりコーラだろう。テリヤキの和風の旨味をたっぷりと味わう。


ふと横を見れば、先生が箱型端末を操作していた。


「何やってるんですか?」

「清掃業者と警備会社に今日の業務のキャンセルを出してる。表向きは害虫が出たから大規模消毒するって内容でね。人が少ない方がいいでしょ」

「そうですね、何が起こるか分からないし……」


もっちゃもっちゃと咀嚼音が聞こえる。見れば桜姫だ。また別のバーガーを大口開けて食べている。


「お、おいしい? 桜姫」

「あじ!!」


そうだね味がついてる食事って大事だね。


重奏アンサンブルってのは、本当はこういう使い方をしたいんだよね」


先生が言う。もう操作は終わったのか、箱型端末を押さえつけてスマホに戻す。


「私にとっての重奏アンサンブルってのは、いわゆる並行世界なんだよね」

「並行世界……パラレルワールドってやつですね」

「そう、あったかも知れない世界、選ばれなかった可能性、蝶の羽ばたきで分岐したもう一つの世界。そこに触れられるなら、こうしてハンバーガーも食べられる。失われた美術品を見ることもできる」

「……」

「私は欲張りだからね。一つしか選べない、ってことが我慢できないんだよ」


それは、遠回しに僕のことも言ってるのだろうか。

黒架と姫騎士さん、しかし僕はとても選ぶなんてできないし、そもそも選べるような立場ではない。


と、先生ははっと気づいた様子で顔を上げ、遠くにいる女性陣と僕を同時に視界に収めて、慌てて手を振る。


「ああ違う違う、君のこと言ってるんじゃないよ。恋愛の話じゃないの」

「先生は……」


ふと湧いた疑問、夜の遊園地という異色の舞台にあって、その言葉がするりと出てくる。


「何か、手に入れたいものがあるんですか? 選ばれなかった、もう片方……」


きっと、いつもの先生なら何とでもごまかしただろう。

だが、この非日常。

夜の遊園地という独特の世界において、亜久里先生というツワモノにも意識の隙間を突かれた瞬間があったのか。


先生はコンマ数秒、意識と感情が離れるかに思える。真っ白で無垢な、少女のような表情が見えて。

そしてさっと顔を背けて、おどけたように言う。


「そりゃーもちろん、山ほどあるよ。若くして死んじゃった科学者に話を聞いてみたいし、贅の限りを尽くした恒星間ロケットも見てみたい。エベレストより高いビルディング、空を飛ぶ豪華客船、そんなものが実現してる世界を見てみたいんだよ。重奏アンサンブルがそれを可能にする」

「……」


並行世界、超技術、失われたもののサルベージ。それは確かに夢のある話だ。

だが、今の反応、何かをごまかしたようにも思える。


亜久里先生の研究テーマ、それはすなわちライフワークであり、亜久里先生という人格そのもの。


一体、何を……。


「そうだ、みんな遊具に乗ってみない? 動かせるよ」


先生が提案。離れたとこにいた黒架がさっと手を挙げる。


「マジっすか! じゃあ木製ジェットコースター乗りたいっす! 昼間は列が長すぎて乗れなかったっす!」

「先生、私はあのバスケットボールたくさん入れるやつがしたいです!」


姫騎士さんも乗り気である。先生はメイド服の袖をまくって立ち上がる。


「夜10時のステージまで1時間弱か、じやあちゃちゃっとやるよー」

「先生、重奏アンサンブルを使うんですね?」

「ん? いや普通に操作台で動かすけど」


先生はカギを取り出す。その先端は銀色で、奇妙なことに液体のように形を変える。


「電子制御が可能なカギだよ。ディンプル錠でも棒カギでも問題なく開ける。操作パネルが電子制御ならすぐハッキングするから」

「……」


やっぱり根は悪い人な気がする……。





「夜の遊園地か……」


月は明るく、白っぽい遊具の骨組みや、カラフルなメリーゴーラウンドのテントなどが見えている。


遠く響く夜鳴き鳥の声。じっとりと汗ばむような夏の熱気がだんだんと静まり、巨人が歩みを止めるような静寂と、水辺の石に触れるような涼しさが降りてくる。


その中で遊具が回る。

コースターが高速度でカーブをまわり、木馬が音楽とともにまわり、観覧車は夜空をゆっくりとまわる。


僕は観覧車のゴンドラに揺られている。眼下には七色のきらめき。先生があちこちの遊具を稼働させているようだ。


「ふわー、綺麗っすねえ」


向かいには黒架。夜の中にあってその顔立ちに赤みがさすかに思える。それは血液の色とか皮膚の作りとはまったく違う次元。存在そのものが持つ高貴さが黄金色に輝くような、そんな感覚。


「黒架、だいぶ健康的になったよな」

「そうっすか? 最近よく眠れてるから、そのせいかも」

「そうだな、眠りは何より大事だ」


黒架は指をつんと立てて、そこから爪を伸ばして見せる。


「魔力も充実してるっす。例えばこの爪、前は石とかは切れなかったけど、今は鉄でもいけちゃうっすよ」


両手の人差し指の爪が伸びて、それを打ち合わせる。きいん、と金属的な音が鳴った。


「そうか……吸血鬼の階梯を登る、ってやつかな」

「不思議なものっすね。吸血鬼のおさを務めてたときはまるで力が伸びなかったのに、今は夜に佇んでるだけでたくさんのことが分かるっす。夜の奥に潜むものと意思を交わしたり、錬金術の書もすらすらと読める。そのうち身体を霧やコウモリに変えることもできそう……」


黒架はどこか陶然とした眼でそう言う。ぞくりとするような切れ長の目。ある種の万能感を楽しむような眼だ。それはまさしく夜の女王というべきか。


「黒架」

「どしたっすか?」

「好きだよ、愛してる」


黒架は数秒ほど固まって。

ゴンドラががくんと揺れた拍子に、耳まで真っ赤にする。


「なな、何言ってるっすか」

「やっぱり顔が赤くなってるな……それ血液とは関係ない変化なんだな」

「なー!! そんなこと試したっすかー!」


僕は立ち上がり。黒架に覆いかぶさる。


「ん……」


時が止まる。


不思議だ。もう何十年も連れ添ったような気がする。

あるいは双子のような、右手と左手のような自然な交わり。

黒架の熱い吐息を感じる。僕の胸も黒架と同じリズムで高鳴ってると感じていた。


もっと早くこうすべきだった、と思える。

名残惜しく席に戻ってから、僕も己の頬の火照りを確かめる。


「昼中っち……」


潤むような黒架の眼。僕は熱い気持ちに満たされるのを感じる。


「どうした黒架、泣いてるのか、そんなんじゃこれから思いやられるな」

「な、泣いてないっすよ」


笑うような泣くような、そんなめちゃくちゃな感情になって黒架の美しさが少し崩れる。そんな様子も愛おしいと思う。


黒架は何よりも大切で、かけがえのない人。


――では、姫騎士さんは?


「……」


僕は夜景を眺める。ゴンドラはまだ高く、地上に落ちるまではしばらくかかる。


ああ、今だけは。


今だけは、この世界に二人きりなのに。


なぜ、選択肢など存在するのか。

あるいは、存在するように見えるのか。

本当はありはしないのに。選ぶことなど出来るわけがないのに。


それでも、悩むことからは逃げられないのか。


だが、それでも受け入れよう。


黒架と僕以外の人間がいる、そんな不完全で混沌とした世界を受け入れねばならない。




あと、ほんの数十秒で、夢から覚めるのだから……。


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[気になる点] ゴンドラって観覧車ですよね?あってますよね?
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