第四十七話 【秘史めきの果て焼け野が原】
会議はつつがなく終わって、私は昼中くんと情報をやり取りする。
「そう……そんな感じで、かなりの規模っすよ。私はもう少し探ってみるっす」
通話を終えると談話室へ。
そこに橘姫がいたので接触を試みる。
「あんた、この組織に手を貸してたっすか?」
「イエス」
橘姫はカフェオレを飲んでいた。あいかわらずの暴力的なボディをメイド服に包んでいる。なんとなく亜久里先生に似ていると感じるのは何故だろう。創造者と被創造者の関係のためか。
橘姫も同族の仇ではあるが、なぜかソワレと対峙したときよりは落ち着けている。メイド服の魔力か、それとも私も少しは慣れたのか。
「この組織と地下空間は、地上のヒーローショーから生まれした重奏。私はメカニカルチーフとして、技術を提供していました」
「かなりの規模の組織っすよ、何年も前からっすか?」
「ノー、スリーウィークス」
3週間前?
そんな馬鹿な、これだけの施設と、あの怪人たちを生み出すには長大な時間と、莫大な費用が……。
自販機に背中をつけた構えの橘姫は、私の疑問を察したかのように言う。
「どこからともなく湧いてくる、重奏とはそういうものです」
「……」
確かに、西都の地にあった鏡面結界と吸血鬼の城、あれを私の母は一夜で創り上げたと聞いている。
極まった科学ならば、時間やコストの概念すら無視してくるのだろうか。
「私の目的は、ジャスティスマスクの奪取です」
「それ組織の目的と同じっすね」
「あのマスクの科学力は未知です。手に入れて解析したかった。そのために様々なオペレートを行いました」
聞くところによれば生物的な怪人をさらにサイボーグ化したり、毒物にレーザー狙撃、爆発物での脅迫や、人質作戦もあったという。
しかし、どの手段でもジャスティスマスクの打倒には至らなかった。
「不可解です」
データでは完全にジャスティスマスクの力を上回っていた怪人も、打開の道など一つも見えない作戦すらも打ち破ったという。
「なぜあの男を倒せないのか、わけがわからない」
「……まあ、ヒーローっすからね」
悪はヒーローには勝てない、そういう道理だろうか。
しかし、怪人は数千もいるという。数週間でその規模になるなら、ジャスティスマスクが倒すより怪人が増えるほうが早くなる。
この戦いはどのような形で終わるのだろう。
というより、終わりなんて存在するのだろうか。
吸血鬼と人間は争っているだろうか。マフィアと警察は、幽霊と拝み屋は、いつかはどちらが滅びる、という性質のものではない。
あるいはヒーローと悪の組織なんてものも、常態として世界に食い込むのかも知れない。
「早くこの組織を消滅させないと、こんなものがリアルになったらテリブルです」
……。
重奏、何らかの世界観が、重なり合って存在するという概念。
生まれて三週間ばかりの新しい世界観。定着するか、消えるのか。
そのとき、私の形態に着信が。昼中くんからのメッセージだ。
――黒架、すぐにそこから離れて。
※
「姫騎士さん」
合流したのは午後6時のステージ直前。夏場の空はまだ青さを保っているが、日はだいぶ傾き、来園者も帰り始める頃である。服が乾くのを待ったりして手間取ってしまった。
「黒架と連絡を取り合ってるんだが、この地下にある施設は……」
僕は黒架から聞いた話を復唱する。怪人が数千人もいること、橘姫が関わっていること、黒架は歓迎されているらしいこと、などだ。
「そうですか……ではひとまず戻っていただいた方がいいと思います。長くいるのは危険かもしれません」
「分かった、黒架にメッセージ入れよう」
というわけで簡単な文面を。
――黒架、すぐにそこから離れて。
――了解っすよ。
姫騎士さんはヒーローショーの列に並び、こめかみに指を当てつつ述べる。
「昼中さん、この場所が少し分かってきました」
「そうなのか、さすが……」
「まず、この場所を生み出してるのは空御門さんです。しかし、なぜ生まれたかがよく分かりません」
「? どういうこと?」
「よく見えないんです。複雑に絡み合っているのか、見えないようにしているのか。その根底にあるのは飢えです」
「飢え?」
僕たちはスタッフの手により案内される。夕方の回とはいえ観客は8割ほど入っていた。司会者のお姉さんは先程と同じく快活であり、家族連れも一人客も楽しそうに笑っている。
僕たちはまたARゴーグルをかけていた。僕の隣りに座って、姫騎士さんはやや声を落として言う。
「この場所は何らかの強い願望によって支えられています。空御門さんには何かしら目的があるんです」
「それで、ヒーローになった、ということだね」
「そうです。その願望を満たしてあげれば、この場所に安定が生まれるはずです。でも何だか見えにくくて……」
ヒーローになった目的、ヒーローとして成したいこと。それは多くのヒーローもので語られるテーマだろう。
しかし、本人が意識してないというのは何だろう。意識してないというのは、意識から排除してるということか。
「例えば……大金が欲しい、尊敬を集めたい、女性にもてたい、とか……」
表面的には正義を謳っていながら、本当の目的はひどく卑小で個人的な動機、自分でそれを認めたくなくて、心を押し殺したままがむしゃらにヒーローとして戦う。ありそうな話だ。
「空御門さんは、この戦いがいつ終わるのだろう、と言ってたよね……」
早く終わらせて、ヒーローとしての力で何かをしたい? 例えば、もっと大きな戦争を止めるとか、個人的な目的を果たすとか。
例えばそれは私利私欲の行い。悪と呼ばれることであったり、復讐であったり……。
「では終わらせましょうか」
そうか、では空御門さんに個人的な事情がないか調べないと。今はあまり気が進まないけど、先生に頼んで……。
……。
「え?」
いま、姫騎士さん何て言った?
「ひとまず戦いを終わらせましょう。地下にいる怪人さんに全員出てきてもらえば一回で終わります。敵との戦いが終われば空御門さんの目的も見えるかも」
「いや、そんなことできるわけが」
「そうなのですか?」
姫騎士さんはきょとんとしている。ステージではさっきとは別の怪人が出てきて、表面張力がどうのと解説している。
「ええと。怪人は一回の戦いに一体というルールがあるんだ。もし複数がありなら、怪人側だって一度に何体も出して来てるだろうし」
姫騎士さんは家でもテレビを見てないようだったし、特撮の機微には疎いのだろう、仕方ないことだ。
「では、それも含めて何とかしましょう」
「話聞いてた?」
「複数の怪人が出てくる場合を探してみます。昼中さん、ちょっと失礼しますね」
と、姫騎士さんは頭を寄せ、僕と側頭部を合わせる。ゴーグルのプラスチック部分がカチンと鳴った。
「ちょ、ちょっと」
「たくさん入ってます……昼中さん、好きなヒーローについて考えてください、ジャスティスマスクさん以外で」
ARゴーグルがあるため肌は触れてないが、吐息がすごくかかる。
いかん、動揺するな、これはいつもの儀式だ。ヒーローのことヒーローのこと……。
「私の言葉を聞いててください」
「わ、わかった」
「味方と敵と永遠がじゃんけんをします。味方は敵に勝ち、敵は永遠に負け、味方は永遠に負ける」
「……? それ、三すくみになってないような」
「静かに」
ぴしりと空気を張り詰めさせる姫騎士さんの言葉、その響きの前に僕は木偶になる。ヒーローショーの喧騒も、子供たちの歓声も遠ざかり、広大な地平の中に姫騎士さんと僕だけがいるような気分に。
「じゃんけんぽん、味方、敵、永遠、永遠、敵、永遠、じゃんけんぽん、味方、敵、永遠、味方、永遠」
それはだんだんと早くなる。姫騎士さんの声自体が高音になり、ゴムを指でこするような高周波音に。僕はヒーローのことを考え続け、そこに姫騎士さんの呪文のような言葉が。
「じゃんけんぽん、味方、味方、敵、永遠、永遠、味方、敵、敵、じゃんけんぽん、味方永遠敵永遠味方味方永遠永遠敵永遠」
「じゃんけんぽん」
「永遠が、負ける」
はっ、と周囲を見れば。
そこは果ても知れない荒野。観客席には誰もいない。野外ステージと扇型の座席が荒野に飛ばされ、僕と姫騎士さんだけがそこに。
いや、何かが。
地平線を埋め尽くすほどの人影、それは怪人だ。獣のような、重機のような、あるいは炎や氷をまとった姿の怪人たち。
「ここは……」
「秘史めきの果て焼け野が原」
歌うような言葉。その言葉が世界に実在を与えるような感覚。
「いつか起きるかもしれない最終決戦です。少し手間取りましたが、過程を吹き飛ばして導きました」
怪人たちは疑問にも感じていない。誰もがこの日のために牙を研いできたと言いたげに、全身から闘気をみなぎらせている。
これは、今までの結界や重奏とも違う。隠された場所でもなく、概念的な場所でもない。いつか起きるかも知れない戦いの具現化、いわばタイムマシンに近い行為。
あるいは、それよりも奇妙で強力な。
「クックック、今日こそお前の最後だジャスティスマスクよ」
数千人の怪人を背に、大幹部らしき怪人が宣言する。顔のほとんどが機械で、袈裟のようなものを着た怪人である。
「くるならこい! たとえ百万の敵が相手でも、オレの正義はくじけない!」
ジャスティスマスクも正義の炎を燃やしている。しかしいくらなんでも多勢に無勢、これでは一気に押しつぶされて……。
「ちょっと待っただぜ!」
はっと後方を振り向けば、空飛ぶサーフボードに乗ったシャープな姿。
「うわっ……ジャスティスオーシャン!?」
ジャスティスマスクの三代前のヒーロー、しかも海と太陽を操る最終形態で。
「この私もいるぞ!」
疾風と共に現れるのはジャスティスマネー、ビジネススーツのようなフォルムが特徴だ。
陽炎の彼方から歩み出てくる。ジャスティスグレイト、ジャスティスフォーミュラ、ジャスティスイービルまでいる。
そして、武骨で大きな青のボディ。背負った四連バズーカ。
初代ジャスティスアーマーが、ジャスティスマスクに握手を求める。
「ここまでよく戦った。ここから先は、我々にも手伝わせてくれ」
「ジャスティスアーマー……」
これはあれだ、映画だ、映画のやつだ。
「こ、これを姫騎士さんが?」
「ええっと……」
姫騎士さんは、自分でやったことながら、今ひとつ流れをつかめてないような顔で答える。
「私、特撮とか見ないのですけど、昼中さんの中にこういうイメージを感じたので、引き出してみました」
そうか、ジャスティスマスク。それが現実に存在するなら、他のすべてのヒーローも実在する。
空御門氏が特撮を現実にできるなら、姫騎士さんにも同じことができるのか。
これは途轍もないことを意味する。どこかの星雲から来たヒーロー家族も、改造バイクで石切り場を駆けるヒーローたちも、あるいは現実のものとなるのか。
そして戦いは始まっている。
数千もの怪人と戦うのは数十人のヒーローたち。しかしいずれも最終フォームだ。並の怪人など簡単に蹴散らす。
噴水が噴き上がるように数十の怪人が打ち上げられ、光線技が敵の密集したあたりを薙ぎ払う。
「くそっ、こんなことが!」
逃げる影がある。不思議なことにこの戦況にあっても誰も僕らを狙わないし、重要な人物の動きは把握できるように思える。敵の幹部はそれぞれ歴代のヒーローと戦っており、ジャスティスマスクは怪人を投げ飛ばしながら、敵の首魁を追っている。
それは袈裟を着た怪人だ、あれが親玉か。
それにジャスティスマスクが追いすがる。
周囲の破砕音、爆発音に負けぬように声を張る。
「機械僧正フェイスドール! これで最後だ!!」
ジャスティスマスクの拳が真っ赤に光り、怪人を追い抜くように交差。
袈裟を着た怪人は手足を振り乱しながら、ややスローになって倒れ込み、そして大爆発を起こす。
天まで届くような火柱。それは戦いの終焉を告げる合図に思えた。
残りの怪人はちりぢりに逃げ出し、そして歴代ヒーローたちがジャスティスマスクに駆け寄ってくる。
「やったなジャスティスマスク!」
「お前こそ真の正義だぜ!」
「ああ、みんなありがとう」
「だが、戦いはまだこれからだ」
え。
「次のステージも見に来てくれ! オレはまだまだ戦い続けるぞ!」
ステージの上、高らかに宣言するジャスティスマスク。司会のお姉さんが拍手を促す。
人の気配。周囲に観客が戻っている。
遠景は荒れ果てた荒野ではなく、夕方の迫る遊園地の眺め。
「戻ってきたのか……」
姫騎士さんを見る。
彼女は口元に手をあて、ステージをじっと見つめていた、その眼は常になく緊張をはらみ、疑問と警戒の混ざった視線が投げられる。
「干渉されました。戦いを終えたくないようです」
「干渉……まさか、姫騎士さんの力に抵抗したのか」
「強烈な意思を感じます。この感覚は一体……」
あれだけの戦いを終えて、まだ続けたいのか。
ヒーローを続ける理由とは、戦う動機とは、一体なんだ?
いや、それ以前に、姫騎士さんの力にあらがうほどの素質が、あの空御門氏にあるのか?
何かがおかしい気がする。
何か、空回りしているような、何かをひどく大袈裟に扱っているような……。




