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姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第四章 百眼の蛇と姫騎士さん
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第二十六話



気まずいとは思ったが、僕は貼られているリンクを辿る。

どこかのアングラ的掲示板、スレッドのベージビューが表示されるタイプのようだが、一つのスレッドだけ突出している。


そこにあったのはいくらかの画像。明るめの内装とメイド服のアップ。地を這うような角度で店内を写し、スカートがカメラの上を通りかかる瞬間のカット。かなり露骨な画像である。


他にも控え室での歓談の様子。遠慮なく足を組むメイドさんたち。スカートの裾をばたつかせて空気を取り込む様子。さらに。


画面を閉じる。これ以上は見てられない。

画像を貼った人間は店名を明かしていないが、蛇の道は蛇と言うべきか、スレッド内ではごく当然のように西都の名前が上がっている。


ともかく明日、先生に報告しなくては。

僕は内臓がぐるぐる回るような、嫌悪と苛立ちの混ざった感情を抱いて目を閉じる。寝付きは最悪で、案の定、悪い夢を見た。





「知ってるよ」


翌日、昼休みの保健室である。僕一人で訪れた。

まあ知ってるのは当然か、お店のSNSにもコメントで知らせてる人がいたし。

僕は声のトーンを落とし、小兎のように周囲の気配を気にしながら話す。


「犯罪ですよ。警察に通報しないと」

「もうしてる。今日はお店を休みにした。警察の人が来てくれる予定」


先生の手は編み棒を握っている。銅線のようなごわついた質感の糸を編み、刺繍のようなものをこしらえている。聞くところによれば一種の電子回路らしい。趣味の工作というやつか。


「画像をネットに流されたからね、女の子には申し訳ないことになった」

「犯人は捕まりますかね」

「捕まるよ、というより」


先生は言い、編み棒がぎしりと弓なりに曲がる。


「捕まえちゃう」

「……」





夕方、何となく心配になって、黒架を誘って「はんど☆メイド」へ。


お店の外に二人の警察官がいて、メイド姿の先生と話し込んでいた。お店は休みなのになぜメイド服なんだろう……。


「それにしても先生よく働くっす。保健室の先生もやってるのに」


先生は毎日おおよそ17時まで西都高にいて、帰宅してすぐメイドに変わる。メイド喫茶の方は家業とは言ってたが、事実上の二足のわらじには違いない。というかなんで養護教諭やってんだろう。いろいろ正体不明というか、説明不能な人だ。


警察が帰ったのを見てから声をかける。


「先生」

「おや、来たの?」

「昼に話した件で……なんだか心配になって」

「まあお茶ぐらい出すから上がって」


先生は僕と黒架を店の方に通す。桜姫がとてとて走ってきて、紅茶を入れてくれた。


「せいろん!」


今日はセイロンティーらしい。軽い口当たりの割に濃厚な香りだ。アッサムティーとまったく同じ味な気がするけど気のせいかな。


「昼中っち、盗撮画像ってそんなきわどかったんすか?」

「かなり……あまり直視しなかったけど、下着も見えてたし、控え室のオフショットもあった」

「何枚ぐらいあったっすか?」

「よく分からない。スレッドが伸びてたから数十枚あるのかも」

「どんな下着だったっす」

「すごい食いつくな」


まあ黒架の彼氏としては語りにくい話だけど、ぼかすのも違う気がする。先生は腕を組んで口を開く。


「画像は41枚あった。下着も見えてたけどそれ以上にきわどいカットはなかった。更衣室は覗かれてないみたい。カメラは十箇所以上」

「そんなに……」

「もう全部回収したけどね」


ばらばら、とテーブルに巻かれる黒い粒。


「え、これって」

「画像を送信する電波式が七つ、メモリーに蓄えておく形式が三つ。油断した。私が学校に行ってる間に仕掛けられたみたい。セキュリティを強化しないとね」


さすがは先生と言うべきか、この豆粒のように小さいカメラをあっという間に見つけ出すとは。


「ただ、製造番号やメーカー名がなかった。部品を組んでの手作りかも知れない。よほどの暇人だよ犯人は」

「こんな小さいと高そうっすね」

「高いね、この十個で部品代だけでも百万を超える」

「ひゃっ……」


黒架が固まる。


「ま、もらってやるつもりもないけど」


先生はその中の一つをつまみあげ、ペンチ型の爪切りでぱちりと押しつぶし、中の糸くずのような配線を引っ張り出す。ちょっと怖い。


と、その時、からんからんとドアベルが鳴る。後ろの勝手口の方だろうか。


「てんちょー」


そして入ってくるのは快活な印象の三人。瞬間、トラックで花を流し込まれたように空気が変わる。

三人は女子大生だろうか。明るめの髪色に目元がぱっちりした化粧。みんな素晴らしくスタイルがいいし、靴も小物も目新しいデザインで、どこか都会的である。


「お店休みってほんとですかー?」

「ほんとだよ、電話で言ったでしょ。盗撮被害が出たから」

「あたしらそんなの気にしませんよー」

「よくあることだしー、下はアンスコ履いとくようにしますからー」


あっけらかんとした様子である。深刻に捉えていただけに気が抜けてしまう。


「もうカメラは解除したから、明日はまた開けるからね」

「はーい」

「桜姫ちゃんまたねー」

「またこい!」


桜姫は元気に手を振り、女の子たちは帰っていく。


「なんというか……すごくレベル高いメイドさんですよね。西都にもあんな美人がいたなんて」

「違うよ。美人はどこにでもいるの。特別な素地があるわけじゃなくて、磨き方次第」

「磨く……」


店長は壁を見上げる。在籍してるメイドさんのシフト表だ。七人ほどが入れ替わりで出勤してるらしい。


「基本的には面接に来た子はみんな合格したの。着飾り方とか体の作り方はマニュアル化できるからね。春先から2ヶ月かけてみっちりと鍛えたんだよ。化粧の仕方からバストアップまで」

「に、2ヶ月でそんなに変わるものっすか?」


黒架が思い切り身を乗り出して言う。


「科学の力も使うけどね。矯正下着とか特殊な化粧品とか。あの子たちは西都にごく普通にいる女の子だよ。メイド姿になると変身するの、プリキュアみたいに」

「はあ……」


それはそれですごい話だが、とりあえず盗撮の件は解決したようだし、それでいいとするべきか。


帰り道、黒架が言う。


「昼中っち、なんだか悩み事の顔っす」

「悩みというか……気になってるんだよ、盗撮のこと」

「まあカメラ10台は異常っすね、ストーカーかも」

「もっと大きな事件に発展しないとも限らないし……犯人が他にどんな画像を持ってることか」

「亜久里先生なら大丈夫っす、タダモノじゃないっすから」


それはそうだろう。今日だってあっという間にカメラを見つけていた。


だが、僕の中にざわつきが消えない。


何だろう、この心臓を撫でられるような不安は。

僕はなぜ、こんなにも落ち着かないんだろう。





騒動は終わらなかった。


あの掲示板にはまだ盗撮画像がアップされ続けている。

更衣室やトイレなどは撮られてないが、ローアングルでスカートの中を狙う画像。天井付近から胸元を狙う画像など毎日何十枚もアップされている。掲示板には固定層が貼りつき、スレッドが立つやいなや凄まじい勢いでレスが流れる。


「まったく、いつの間に仕掛けたんだろう」


先生はニッパを使って隠しカメラをぱちぱち解体している。今日は七つだ。集音マイクもあった。


「てんちょー、気にしても仕方ないですよお」

「私たち平気ですからー」


女の子たちは本当に気にしてないのか、いつもと変わらない様子である。

控え室にて、メイドさんたちが口々に言う。


「そもそも私たちってホームページに顔も出てますしー」

「東京だと路上撮影会なんかもやってましたしい」


なぜそこまで平然としてるのだろう? 

彼女たちはいつも堂々としているし、自信に満ちていて愛想が泉のように湧き出てくる。メイド服という鎧をまとっているからだろうか。盗撮もストーカー的被害も、それはメイドという別人格の話であって、一人前のメイドである自分たちはそんなことに動じたりしない、という様子である。


同じくメイド服を着ていた亜久里先生は、眼を三角にして頬杖をつく。


「君たちが良くてもこっちが気にするよ。営業中にこのカメラを全部仕掛けるのは無理だ。忍び込まれてるんだよ、不法侵入だ」

「先生、セキュリティを強化するって話は」

「してるよ。赤外線、熱感知、硫化水素感知、重量センサー他いろいろ埋め込んだ。人間が歩き回れば警報が鳴るはず」

「うーん……?」


ぽん、と両肩にメイドさんが手を置く。


「まあまあ、カタく考えない。警察の人もパトロールしてくれてるし、そのうち捕まるよお」


……だと良いんだけど。





「で?」


こぽこぽ、とポットの湯が沸く気配。


「それをなぜ私に相談するのかね」


日曜の午前中である。


白ワイシャツに藍色のベスト、黄褐色の蝶タイという姿で紅茶を入れつつ、白髪の男は不満げだった。

僕はケーキ屋の窓から、隣のピンクの建物を見つつ言う。


「どうしても信じられない。店内には山ほどセンサーを置いてるんだ、その全部を回避できるなんて」

「昼間に客として訪れて設置すればいい」

「閉店後に隅から隅まで調べてる。電波探知も、磁力センサーとかでも、でもその時は見つからないらしい」


ふむ、とその店主、ソワレは顎を撫でつつ考える。


「透明人間ではないのか」

「……まじめに言ってるか?」

「まじめだとも。姿を隠すことのできる怪物はいくらでも存在する。この国で言えば天狗などだな。天狗の隠れ蓑という言葉は知ってるだろう? 天狗は女好きらしいじゃないか。のぞきをしても不思議ではない」


ソワレは本日のおすすめだというカフェロールと紅茶のセットを出す。所作は上品で余裕があり、ダンディな色男と言えるだろう。ケーキだってちゃんとしてるのに、なぜか僕以外に客は見えない。


「姿が見えない、というのは怪物を怪物たらしめる要素の一つだ。人は姿の見えない視線だけの存在が不気味なのだよ。それを妖怪や怪物にあてはめて恐れた」

「怪物……じゃあ、そんなやつがこの町に」

「言ってみただけだ、そんな存在の気配はない」


ソワレはグラスを磨きはじめる。どうも本当にまじめに取り合う気が無いらしい。言葉が軽い。


「ないのかよ」

「私を誰だと思っている。この町に人外の怪物がいて、悪事を働いてるなら必ず気付く」

「……」


この町にはいない……。しかし、では誰がカメラを。


「犯罪なんだぞ、隣のよしみで何かないのか」

「内部犯だろうな。店員のメイドたちが怪しい。よくある話じゃないか。わざと自分の盗撮風画像をばらまいて人気を得ようとする」

「……その説は考えなくもないけど、どうもそんな子たちには見えないんだよな。それに閉店後にカメラが見つからないことの説明がつかない」

「私はその先生とやらはときどき見かける程度だが、完璧な人間などおらんよ。セキュリティの穴などあって当たり前だ」


……。

なんだろう、答えにニアミスしている気がしてならない。

それは最初からだ。僕たちは惑星の周りをスイングする衛星。答えの重力に引き寄せられてるのに、そのそばをかすめてたどり着くことがない。


何か、真実はすごくシンプルなことなのに、僕達がそれを見落としている、ような……。


「完璧なものはない、怪物のようなのぞき魔、内部犯の可能性……」


怪物。

その言葉が僕の琴線に触れる気がする。


そう、犯人はおよそマトモではない。異常な執着、そして能力、人ならざる怪物のような……。


その時。

突如として向きを変えた衛星が、僕のこめかみを打ち抜く。


「……まさか!」


僕は大急ぎでケーキと紅茶をかきこみ、立ち上がるやいなや代金をレジ横に置いて店の外へ。


「ごちそうさま!」

「こらちゃんと味わえ!」


まさか、そんなことがありえるのか。

僕は隣の店舗へ。


ばん、とドアを押し開ければまだ開店前なのか人はおらず、小さなモップで掃除してた桜姫が歩いてくる。


「おかえり!」

「ただいま桜姫、先生は?」

「ここにいるよ」


カウンターの奥から先生が出てくる。手に大きなアンテナを持っており、カメラを探していたようだ。


「どしたの急に、なんか慌てて」

「先生、のぞき魔の正体が分かりました」

「え……?」


僕は脇にいた少女をすくい上げる。


「桜姫です」



「犯人は、桜姫をハッキングしている!」



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