表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第三章 無限のお宿と姫騎士さん
20/94

第二十話 【虹神懸る如く月樹の宿】3



「な……!」


何かを射ち出した。メイドに。先生の仲間ではないのか。


黒煙の中で光がきらめく。

一瞬、煙に裂け目が生まれる。ケーキを切り分けるように分断される錯覚。爆発の中心から弾ける斬閃。周囲のあらゆるものを斬りさいなむ。


「ノーグッド、通常炸薬で私のボディはフェイタルにならない」


肩にかつぐ、長く肉厚な両手剣。メイドの周囲では蛇のうねるような条痕が刻まれている。

剣は足元にある麻袋にかざされる。先生は目から炎を吹くかのような怒りの形相。


橘姫たちばなひめ……! まだそんな真似を!」

「この程度はノープロブレム。アンサンブルスペースはリアルの延長。それはあなたも承知の」


返答は最後まで言えなかった。先生が反対の腕を突き出し、その先端が目を焼くほどに輝く。


せっかちインペイシェント


橘姫と呼ばれたメイドは跳躍して後退。一瞬後、元いた地点から猛炎が噴き上げる。

そして焦点が動く。壁を、天井を超高熱のレーザーが爆散させながら追いかける。


「ここです」


橘姫が天井付近まで跳躍。ジェットの火がその全身を炎上させるかに見えて、人間には絶対に耐えられない速度で回る。


ごうん、という鈍い音。それは木材、石材、鋼材がまとめてぶった斬られる音だ。天井に裂け目が生まれ、水のカーテンが降ってくる。それはレーザーに触れて白霧の爆発となる。

雪崩が押し寄せるような白の奔流。視界が効かなくなる。


「うっ……こんなもの吹き飛ばして」

「ノーグッド、遅い」


霧を突き破り、飛び出してくるのはメイド。そのパステルカラーの体が両手剣を振り。


僕の体が投げ出される。急に重力の腕が僕を掴み、真下にあった屋台の屋根に墜落。


「うおっ」


黒架が手を離したのだ、と気付いたときには、彼女は黒い矢となってメイドと交錯。がいんと火花を散らす。


「おっと、これはミステリアス、ヴァンパイアですか」

「久しぶりっすね、同族が世話になったっすよ」


黒架の爪が伸びて五指剣チンクエディアのように変化している。吸血鬼の能力か。


僕は屋台の屋根から降りて、中二階部分に向かう。あちこちに気絶している人影があるが、もはや逃げ惑う一般客はいない。半壊している階段を登って先生の元へ。


「先生!」


メイドと黒架の斬り結ぶ様子、先生は茫然と見つめている。その左腕ではレーザーユニットらしきものから白煙が上がり、浴衣の袖が焦げていた。


「先生! それを外して!」

「う、あ、ああ」


ばちん、とバネの音がしてレーザーユニットがふっ飛ぶ。


「あれは……まさか吸血鬼。かなり高位の重奏アンサンブルの住人、しかもあんなに明確な存在相を……」

「先生、あのメイドは何なんですか、先生とどういう関係なんですか」


先生は僕を見て、ふいに正気に戻ったように眼の焦点を合わす。


「あれは……私が作ったロボットだ。重奏アンサンブル世界との境界を超え、どんな世界でも生存し、調査できるロボットだった。十年前に私が作ったんだ」


十年前……?

それはもしかして、先生が飛び級で進学したという大学でのこと。

そして先生は、その研究で何かを「しくじった」と語っていたが……。


がいん、とひときわ大きな音。

見れば黒架の爪が大きく弾かれ、胴部に直蹴りが叩き込まれる瞬間だった。


「黒架!」


その体が僕たちの脇を抜け、木戸を突き破ってどこかの客室に打ち込まれる。

天井からは滝のように落ちかかる水、それがメイドに触れると、強烈な水蒸気が立ち上る。体を冷却しながらメイドは腰に手を当てる。


「ノーグッド、私はヴァンパイアよりスピーディ」


並のハンターなら圧倒できるはずの吸血鬼の姫。それをさらに何段階も上回るというのか。あのメイドの性能は、どれほどの……。


「昼中くん」


先生が言う。メイドはジェットをふかしながらこちらに向かってくる。


「まだ、本当の意味での私の発明を見せてなかったね。これは自信作で……」

「先生……?」

「……とてもすごいよ」


先生は栗色の髪に指をすき入れ、そして取り出すのは、かんざしのような長細い金具。

それを床に突き立て、叫ぶ。


桜姫さくらひめ! 来い!」


轟音が。

落雷のような衝撃。天井が崩れ、無数の破片が落下し、僕たちのいる中二階の床まで破壊の波が連鎖して、足元が大きくかしぐ。


そして現れる、桜色の姿。

全身を包む淡いピンクのエプロンドレス。メガホンのようないかつい小手。肩までの髪は空気を包んで広がり、丸っこい靴で床を踏み鳴らす。


僕はといえば、硬直する。

それは少女という年でもない。およそ就学前とすら思える幼児だったのだから。


その人物は勢いよく右腕を上げ、この世の全てに宣言するように、言った。


「おまかせ!」


メイド……少女のメイド。まさか、あの子も。


「……外から? 仮想の位置インフォメーションを割り出してアドヴァンシングなウォールを超えた……」


だが橘姫のほうは油断する様子はない。正しい行き方でなく外からの乱入、それに注目したようだ。


「桜姫! あいつを倒せ!」

「ぶちのめ!」


そして桜姫と呼ばれた幼女が、跳ぶ。


床の石材が爆散するようなジャンプ。一瞬で上空のメイドに向かい、その背中に背負った大剣を引き抜く。

がいん、とはがねがたわむような音。メイド服の二人が交錯する。とてつもない速度が出ている。少女のメイドは勢い余って、天井から壁にかけて斬撃の波が。


視界に捉える、それはひとつながりの切断面。

天井から床にかけて写真に切れ目が入るような眺め。

柱が、彫像が、屋台が飾り布が、数十メートルの範囲で斬撃を浴びる。あらゆる重量物が斜めにずれて倒壊。


「すごっ……!?」

「桜姫の剣は並じゃない、コンクリート塊だろうと斬るよ」


「二号機、なかなかにグッド、私がいないのに・・・・・・・よくこんなものを」


だがメイドの対応は早い。ジェットノズルを突き出して飛翔。飛び回る桜色のメイドに襲いかかる。


「先生、あれは」

桜姫さくらひめ。橘姫の技術をさらに改良した二号機。その出力も演算性能も、橘姫の数倍は」


どがあん。と何かが僕たちの近くにぶつかる。


それは桜色の少女だ。あちこちから白煙を上げ、髪は焼け焦げて服の一部が千切れている。


「なっ……そんな!」

「ノーグッド、開発時のスペックなど意味がないノーワース


すたり、と橘姫が僕達の前に降り立つ。


「私は常にエボリューションしている。これからも永遠に」

「ぐ……」

「あなたの成長より、兵器の改良より、私が遠ざかる方が早い。それが人と私の差。けして到達しえぬメカニカルの極限」


その声が、不可思議な抑揚を。

何らかの感情の色を含むような、気が。


「やはり、あなたでは無理……」

「くそっ……」


「まだまだ!」


突然、ボールのように桜姫が撃ち出される。勢いのまま長身のメイドに体当たり。それは大砲のような衝撃で、メイドをはるか後方にまで押す。


「ぐ、しつこいインシステント! バラバラにしますよ!」

「こちせり!」


こっちのセリフだと言いたいのか、橘姫の二号機のはずだが、なぜか口調は舌足らずで端的である。


桜姫の得物は大剣グレートソードである。橘姫よりも大きく、構えて走ると床が豪快に削られる。

小柄な体から繰り出される破城の一撃。ジェットをひいた両手剣がぶつかり、力をいなす。あらゆるものが余波を受けて吹き飛ぶか、輻射熱で炎上する。


まさに人外の剣戟、重機すら破壊しそうな打ち込みが床を弾けさせ、柱を切断する。


「先生、とにかく逃げよう、あのメイドに襲われたら死んでしまう」

「しかし……」


「逃げるのはダメです」


じゃり、と立つ姿がある。ぬばたまの黒髪に、すらりと背筋の伸びた立ち姿。


「姫騎士さん!」

「あのロボットはこの場所の骨董品を狙っています。大量の骨董品を奪われると、この宿の価値が下がるんです。この場所が零落・・して消滅してしまいます」

「それは……まさか、重奏アンサンブルにおける毀損崩壊フォールダウン。なぜそんなことを」

「姫騎士さん、でもどうやって」

「先生、あそこの大柱を壊せますか?」


姫騎士さんが指差すのは数十メートルほど奥側。ビルでも支えられそうな黒樫の柱である。円柱型に製材されており、胴回りは大人が三人手をつなげるほどもある。


「あれはこの区画の心柱しんちゅうです。天井や壁がだいぶ傷んでいる今なら、柱を崩せばこの区画を崩落させられます」

「崩落……でも、たぶん橘姫はそのぐらいじゃ」

「倒すわけではありません。区画を崩落させると、この宿の無限が崩れます。崩落した場所の直前が宿の終端となり、新しい部屋を増やせないからです。この宿は無限の拡張という神秘性を失い、元の場所に格納されるでしょう」

「? そ、それは……価値ではなく性質を毀損きそんさせるということ? そんなこと試みたことも……」


僕だけでなく先生まで困惑している。姫騎士さんはこの宿の仕組みを掴んだと言うのか、この短時間で。


「一時的に宿が営業を止めるでしょう。その間にあのメイドさんが入ってこれないようにします。柱を壊せますか?」

「で、できる……」


先生は浴衣の胸元を探り、筒状の物体を取り出す。

それをダーツのように投げると、ぷしゅと空気の吹き出す音が連続。エアスラスターの補助を受けた筒は、見事に指示された柱に突き刺さった。


「指向性テルミット爆薬だよ。太さ60センチの鋼鉄柱を溶解させる威力がある。本当は橘姫を倒すための武器だったが……」


活動停止してから撃たねば意味がないだろう。そして、今の僕たちにその力はない。


持続的な閃光。

効果範囲は絞られているが、網膜を焼くほどの光。テルミット反応による数千度の熱が柱の半身を包み、数百年を刻んだ高密度の木材すら炭化、あるいは蒸発させる。


「! 何をしています!」


メイドが気づく。そして僕らも気づいた。空間全体がきしんでいる。


「させません!」


そこに立ちはだかるのは姫騎士さん。そして気づいた。彼女は手に日本刀を握っている。どこかで調度品を見つけてきたのか。


叫ぶのは先生。


「だめだ姫騎士さん! 橘姫は人間のかなう相手じゃない!」


刀を抜き、鞘を捨てる。姫騎士さんはじりじりと右へずれる。


「どきなさい! どかないと命をロストします!」

「……」


姫騎士さんは刀を顔の前に構えている。刃紋を相手に見せつけるように。


「……! その、ソードは」

「やあああっ!」


と姫騎士さん、思い切り大上段に振りかぶっての唐竹割り。

メイドは受けずに避ける。あれ、刃物では斬れないとか言ってたのに。


「や、やめなさい、ソードがブロークンします」

「えーいっ」


畑を耕すような力強い連続上段。しかもかなり近い。あれは刀の腰の部分。根本近くの最も脆い部分で打っている。メイドはなぜか反撃できずに身をかわしている。


そしてついに、燃焼する柱ががくんと傾き。

亀裂が天井に走って一瞬で左右の壁まで拡大、パイプがずれるように回廊に裂け目が。


姫騎士さんは刀を投げる、裂け目の向こうへ。


「ぐっ……」


そして橘姫は、口惜しい表情を残して向こう側に向かい。

変化は一瞬で現れる。廊下にずらりと並んだ扉が互いにくっついて数を減らす。あるいは柱も窓も、屋台や階段の段差すらも。あらゆるものが融合して数を減らしていく。


回廊が短くなっているのだ。生まれた裂け目があっという間に巨大な谷となり、向こう側の回廊もまた縮んでいく。


伸び切ったゴムが戻るように、泡がはじけるように、複雑深淵だった回廊が一気に折りたたまれて、仲居さんやお客の姿も見えなくなって。


そしてバランスを失って尻もちをつけば、そこは畳の上。


「え……」


旅館の一室。寝室が別になっている広めの造り。そのフスマには桜色の幼女が突き刺さっていて、寝室の壁には頭を下にしてひっくり返った黒架が目を回している。裾がはしたないことになってる。


ものも言わず、姫騎士さんが部屋を出ていく。


「あ、ま、待って」


亜久里先生が茫然自失の様子なことにちらりと視線を投げ、後を追う。


「支配人さん!」


たどり着くのは一階、支配人はラッキョウのような顔でこちらを見る。


「ど、どうされました」

「このお宿にブラックリストはありますか? なければ今作ってください」

「ぶ、ブラックリストですか? ええと、はい、一応ありますけど、何年かに一度しか追加されませんが」

「それにこう書いてください、たちばなひめ、と」

「? わ、分かりました。でもちょっと待っててください、いま従業員が炭をこぼして柱を焦がしちゃって、七輪で魚焼いてたらしいんですが、とりあえず掃除しないと」

「ダメです、今やってください」

「は、はいっ」


支配人はわけも分からぬまま、支配人室へ駆け込む。


「炭火で柱を……」


それには何か意味があるようにも思うし、ただの偶然とも思える。

こちらの世界とあちらの世界、その2つは奇妙な連動を見せている。あるいはどちらも同じ場所とも言えるらしいが……。


「ブラックリスト……それで防げるのかな」

「大丈夫です。この宿に泊まれない方は、あの場所へは行けません」


姫騎士さんの言葉には迷いがない。きっと、僕達よりもさらに多くのものを見て、感じているのだろう。


「けど残念だったな……あの日本刀とかも高そうだったんだが」

「そうですね、あれはおそらく重文級、5千万円ぐらいです」

「ごっ……」


なるほど、だから橘姫は刀に気を取られてうまく戦えなかったのか。

あのわずかな時間でメイドの行動理念まで読み切るとは、さすが……。


「あ、でもそうなると、この宿を立て直すって話は」

「それも大丈夫ですよ」


姫騎士さんは本当にすごい。

あらゆることに前もって考えを巡らせているのか。


「亜久里先生なら、きっと名案を思いついて下さいます」


そうきたかー。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ