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姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第三章 無限のお宿と姫騎士さん
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第十八話 【虹神懸る如く月樹の宿】1





時間は少しさかのぼる。


「正式なオープンは6月だ、友達を誘って来るといい」


白髪の紳士然とした男、ソワレに見送られ、僕は店を出んとする。

と、そこで立ち止まり、ふと思い出したことを口にする。


「そういえば一つ聞きたいことが」

「何かね」

「吸血鬼の城にいたロボット、あれは何なんだ、ロボットのハンターとかもいるのか」


全身からジェットの炎を放ち、高速で動くメイドさんのことだ。

ソワレはなぜか片眉をぴくりと上げて、こめかみを掻きながら言う。


「ロボットなどこの世にいるわけなかろう」


…………。


「え?」

「え、じゃない、言った通りだ。いいかね、人型ロボットは存在しているが、まだ人間の身体能力を超える性能はない。ある研究ではサッカーのワールドカップ代表に勝利することを50年後の目標にしているという。つまり50年ほど先の技術だ。まして吸血鬼の身体能力を超えるなどありえん」

「いや、だって現にあのとき見ただろ、ルー大柴みたいな喋り方するメイドが」

「この私が言ってるのだぞ。私はこの世界の裏の裏まで精通している。世界にばら撒いている目と耳は数え切れん。表に出ていない技術や兵器にも精通しているのだ。まして人間と見まごうようなロボットなど私が知らぬはずがない」


妙に口数が増えてる気がする。

なんだろう、オカルト話を聞かされたときの科学者の反応に近いかもしれない。


「じゃあ魔法ってことじゃないのか。あんたなら詳しいんだろ、ゴーレムとか」

「ゴーレム!」


はっはっは、とわざとらしい笑い。

「素人はこれだから困る」というパントマイムをしながらソワレが言う。


「ゴーレムがいつの時代の伝承か分かっているのか。古代ギリシャやら旧約聖書やらの時代だぞ、まるで関係ない」

「腹立つ反応だなあ」

「いいかね少年」


と、人差し指を振りつつソワレ。


「理解不能なデータを整理するのに便利な言葉がある。あれは「何かの間違い」だ」

「……」

「あるいは、判断基準がまだ出そろっておらん。我々にとって憶測は禁物。次に見かけたときに考えれば良いのだ。あれとはもう会うこともなかろうがね」


どうしてもあれ・・をロボットと認めたくないらしい。奥歯を噛み締めながら、有無を言わせぬ眼力めじからを込めて言っている。


……でもなあ。


「隣って、工事中だよな」

「うむ、ほぼ同時期に着工したようだ」

「メイド喫茶だよな」

「何が言いたい」


体をメイド喫茶に向けつつ、ちらりとソワレを見る。案の定、すごく嫌そうな顔をしていた。


「さすがに展開が読めるというか……露骨な伏線というか……うすうす予感しないわけねえだろ、というか……」

「……」


ぷいと背中を向けて、店の奥に引っ込むソワレ。


「ロボットなどおらんからな」


言わなきゃいいのに、どうしてもそこは譲れないらしい。





「それで……」


温泉旅館、つきばん

従業員用の休憩室にて、下半身に布団をかぶった支配人と、僕たちの図。


倒れてた人は根川ねがわさんと言い、この旅館の支配人を務める人物だ。

周りには他の従業員とか板前さんもいる。僕達と合わせて10人ぐらいだろうか。従業員はもっといるけど、部屋に入りきれなかった。


「なんであんなとこに寝てたんですか、支配人」


若い男性がそう呼びかける、小柄な支配人はさらに肩を縮めて答えた。


「死のうとしたんです」


ざわつく人々。根川支配人はか細い声で続ける。


「最初は崖から身を投げようとしたんですけど、怖くて足がすくんで。首を吊ろうとしたんですけど、苦しかったらどうしようと思ってできなくて。じゃあワイン瓶で自分のアタマをかち割ろうと思ったんですが、どのぐらい強く殴ろうか試してるうちに瓶を割っちゃって、何もかもうまく行かなくて、もう嫌んなっちゃって」


…………。


「え、なんか諦めるの早いような……」


ぽつねんと呟く僕。

もちろん自殺を頑張れとは言わないけど、「どのぐらい強く殴ろうか」じゃないと思う。力の限り全力では何がダメなんだろう。


「支配人! あんたまたですか、今度こそ頑張るって言ったでしょう!」


どうも常習らしい。従業員から声が上がる中、亜久里先生が問いかける。


「前にも似たようなことが?」

「はい、まんじゅう大食いして死のうとしたら血糖値上がって寝ちゃったり、トリカブトで死のうとしてもうまく行かなかったり」

「トリカブトは猛毒だよ。葉っぱ一枚で致死量に達する。よく生き延びたね」

「いえ、名前が似てるものならいいかなと思って、ブリのカブト焼きを」

「だめだこいつ」


さすがに突っ込む亜久里先生。

後ろの方で従業員が何人か退出していく。呆れ果てたため息が漏れていた、無理もなかろう。


「だめですよ先生、追い込まれている方にひどいことを言っては」


さすがは姫騎士さんだ、聖母のような心の広さである。姿勢が良いためか、浴衣もよく似合っている。


「でも、どうして世を儚んだりなされたのです?」

「実は、経営がうまく行きそうになくて」


先刻、先生も指摘していたことだ。どうも雰囲気からして僕たち以外のお客もいなさそうだし、かなり深刻なのだろう。


「赤字なのですか?」

「私、赤字とか黒字とかあまり気にしたことなかったんですよね」


根川支配人はどこか幼さを感じる丸顔で、何かを思い出すように語る。


「運転資金はいくらでも借りられたので……とにかく豪華に、贅沢にという方針でやってました。ですが、先月から親会社の支援が打ち切られまして、借りていた資金についても返済計画とか……よく分からないこと言われまして」


分からないこたねえだろ、と言いたかったが黙っておく。言い出したらキリがなさそうだし。


「これまではずっと招待客のみだったんですが、今後は一般客を受け入れろと言われて……右も左も分からず困ってしまって」


ちらと背後を見る。仲居さんがセロリを噛み潰したみたいな顔になってた。

姫騎士さんは静かに問いかける。


「それで何度も自裁じさいなされようと?」

「いえ、従業員からの励ましもあって、頑張ろうとは思ったんです。それで今回、激安セールというのをやってみたんですが」


それを見つけたのが僕たちと言うわけか。でも機械に強そうな亜久里先生だから見つかった、という気もする。知名度が上がるのはもう少し先になるだろう。


「さっき計算してみたんですが、あのですね、お一人七千円だと、四人でも2万8000円なんですよ」


意外なことみたいに言うなよ。


「それでうちって従業員への給料とか負債の利息やらで、月に800万ぐらいかかるんですね。計算しても足りないどころか、やればやるほど赤字になってくなあ、と……」

「あの、差し支えなければお聞きしたいのですが、負債はどの程度あるのですか?」


姫騎士さんは僕の家のことで相談に乗ってもらったこともある。力になれるとは限らないが、聞いておくべきと思ったのだろう。


「たぶん1億から30億のあいだぐらい……」

「……」


姫騎士さんは、僕の方に膝を寄せて耳打ちする。


「だめかもしれません……」


ごめんなさい姫騎士さん、こんなやつに付き合わせて。

ふと後ろを見ると、もう僕たち以外の誰もいなかった。あきれて仕事に戻ったか、あるいはみんな荷物をまとめてるかも知れない。 


「もう私、どうしたらいいのか」

「倒産させればいいっすよ。借金で命まで取られないっす」


黒架はあっけらかんとしている。

まあそれが妥当だろう。この旅館はやはりバブル時代の徒花あだばなだ。経営をどうこうして生き残れるとは思えない。


「でも私、この仕事しかしたことないですし……日本中を回って探した骨董品とか、何度も通ってスカウトした料理人とかもおられるんです。できれば宿は残したいんですよ」


支配人は深くうなだれる。

確かに内装と料理は一流だった。放漫経営だったかも知れないが、この支配人なりに情熱は注いでいたということか。


「何か、経営を立て直す方法があれば」

「あるよ」


…………。


「え?」


僕たちと支配人の声がハモる。皆の視線が集まるのは、亜久里先生。

支配人は布団を這い出て、その膝にすがりつかんばかりに言う。


「い、いったいどんな方法が」

「見たところ、この宿には十分なポテンシャルがある。打てる選択肢は多いし、いくらでも立て直せる道はあるよ」

「ぜ、ぜひ教えてください」


そんな、今日会ったばかりのお客さんに相談して大丈夫なのか。詐欺とかにすぐ騙されそうな人だな。


「まずはこの宿について調べたい。従業員のスペースも含めて、自由に歩き回ることを許可してくれるかな」

「は、はい、すぐ通達します!」





「あんなこと言っちゃって大丈夫なんですか?」


僕たちは亜久里先生について歩いている。


「まあ何もしなきゃ潰れるだけだし、上手く行けば見つけものだね」


先生は各階を回り、露天風呂や日本庭園、布団部屋や物置まで調べている。手には例の箱型の端末。

ときどき周囲をカメラ機能で撮影したり、環境音を録音したりしている。


「この宿ってね、内装はとてもいいんだよ。この壺だって普通に百万円ぐらいするよ」


と、廊下に何気なく飾られてる壺を撫でる。


「つまり、すごい掘り出し物の骨董品とかが?」

「ちょっと違う。こういう高いものにはやっぱり念がこもってる。たくさん置くことで、建物それ自体が深みを増していくんだ。新しく作った神社に神格を持たせるために、別のところから御神体を持ってくるなんて話に似ている」

「はあ」

「この部屋だね」


それは三階の角部屋。山に面した一番眺めの良い部屋である。すでにとっぷりと日は暮れて、窓からは大きな満月が見えている。

先生は懐からクレジットカードのようなものを取り出して、部屋の壁にいくつか貼った。


「それは?」

「力場を乱してる。数学的なジャマーだよ。この空間の不確定領域に干渉して存在次元を拡張する。本来ありえたかも知れない場所。あるいは誰かが見ている世界。それはつまり、この場所の歴史だ。分かるかい、これから生まれるのは、この宿が・・・・認識している自己だよ」

「この感じ……」


反応するのは黒架だ。素早く周囲を見て、僕と姫騎士さんに耳打ちする。


「これ、結界術に似てるっす。古い神殿とかにある結界っす」

「え……」

「よし、捉えた」


先生は箱型の端末からジャックを引き出し、耳に装着する。


「皆さん、窓から月を見てください」


姫騎士さんが小声で言う。僕は素早く言われた通りに。黒架もよく分からないままに従う。


「指で丸を作って、その中から月を見るんです。そして月を鏡に見立ててください。月の鏡に、この宿が映っていると考えて、そして宿の姿が完全に見えた瞬間、月がこちらを・・・・・・見ている・・・・と考えてください」


ぱしり、と先生の端末から火花が散る。


「位相差0.01、驚いたな、今までにないほど安定してる。ジャマー解除。接続経路を論理演算、重奏アンサンブル概念ノーションの顕現を!」


世界が塗り替わる感覚。

それは眺めだけではない。空気は清浄に澄み渡り、あらゆる雑音が遠ざかるような透明な心境。


僕たちの視界が肉体を離れている。鳥のように星のように、世界を見下ろす視点。


それは橋だ。


向こうの山まで、山なりに届く巨大な橋。およそ数十キロはあるそれは建物の集合体。


瓦と柱、そして白い漆喰の壁で構成された宿が有機的に連結し、向こうの山まで弓なりに連続している。とても人工物とは思えぬ巨大さ。あるいは神々しいまでの建築の極地。あれが宿ならば何万人が宿泊できるのか。



にじ神懸かかかるごと月樹ひもろぎ宿やど



姫騎士さんがつぶやく。

ヒモロギ……それは神籬とか膰とも書く、神の霊を降ろすためにさかきなどを立て、周りを垣根で囲って神域としたものだ。


つまり神が一時的に逗留する場所、それを冠する宿ということか。


「素晴らしい、こんなに大規模なものが顕現するのはほとんど例がないよ」


この部屋のベランダの一部から階段が生え、その宿へ通じている。一瞬だけ月からの俯瞰視点が見えた気もするが、この位置からはほとんど壁のようにしか見えない規模だ。

先生はどこからともなく紙飛行機のようなものを取り出して飛ばす。おそらく撮影用のドローンだろう。


この現象。

今のは姫騎士さんが安定化に手を貸したように見えるが、切っ掛けを得たのは確かに亜久里先生だ。何らかの科学的なアプローチでこの世界への扉を開いたと言うのか。


まさか先生も、姫騎士さんと同じ力を……。


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