表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫騎士さんは眠りたい  作者: MUMU
第三章 無限のお宿と姫騎士さん
16/94

第十六話





「眠るなんて簡単っす。美味しいもの食べて温泉に入ればいいんすよ」


日を改めてまたもや放課後の図書室。黒架は僕と姫騎士さんを前に語る。


「なので旅館に行くっす。酒池肉林のたわむれっすよ」


どさどさと置かれるのは西都にある温泉旅館のパンフレットだ。万里閣ホテル、鵬楽ほうらく園、紅葉べにば山荘。有名どころが並んでいる。西都の観光案内所でタダで配ってるやつだ。


「まあ話は分かるけど、姫騎士さんの不眠ってそういう感じのじゃないからな……」

「でも、旅館は興味あります」


姫騎士さんはブランド牛についてのパンフレットを開いている。我が県は国内でも割と有名なブランド牛の産地であり、とうぜん西都でもそれを食べさせてくれる。


「環境を変えてみると眠れる、そういうこともあるかもしれません」

「まあ分かるけど……」

「それと昼中さん、訂正があります。私は眠れない・・・・わけではないですよ。まだ眠った・・・ことがない・・・・・だけです」

「そ、そうだったな」


姫騎士さんは眠りを一種の技術と考えているフシがある。それは何かしらの方法論であり、自分はそれを知らないだけなのだ、と。


その意見に対して、医学者ならばいくらでも突っ込みは入れられるだろう。

だが、現実とか医学という言葉が、姫騎士さんの前では色あせて見える。

何より姫騎士さんの言葉を否定したくないのだ。なるべく姫騎士さんの考え方を尊重しよう。


姫騎士さんの生活を思う。

あの広い屋敷に一人暮らしなことはもちろん、夜通し剣術の稽古をしており、いつも武術家としての気が張り詰めている。学校でも一部のスキもないふるまいだ。心が休まる暇はないだろう。

そう……リラックス。姫騎士さんの心身に緩和を与えることができれば、もしかして眠れるのかも。考えているとだんだんそんな気がしてきた。


「旅館か。そういえば西都に住んでるのに旅館に泊まったことないな。温泉もあんまり……」


商店街のほうに公共の足湯があったり、温泉のみ利用可能な旅館もあるが、ほとんど入った記憶がない。家の事情もあるけど、あまり興味がなかったせいだ。もちろんブランド牛も食べたことない。


「私も旅館は初めてです。昼中さんに黒架さん、一緒に行ってくれますか」

「わかった……あまり高いところじゃなければ」

「お金なら私が持つっすよ」

「そうじゃなくて、さすがに高級旅館は学生の行くところじゃない。食事をそれなりに豪華にするなら、3人で一泊5万円以内ってとこじゃないか」

「了解っす」


西都だと素泊まりで一泊6000円から。食事付きなら1万数千円。高級旅館もいくつかあって、3万か4万ってところだったはず。よその土地は知らないが、ごく普通の相場だろう。


「でも未成年だけで温泉旅行ってのも問題かな? 僕と黒架はともかく、姫騎士さんは大会を控えた身だし」


奇遇というのか何なのか、三人とも親が同居しておらず一人暮らしの身だ。だが、だからって自由に振る舞えるわけじゃない。むしろ一層、規律を正さねばならない。

一人暮らしの子供は旅行もできないのか、と思わなくもないが、さすがに男一人女二人の旅行ができるほどの度胸はない。


「私なら大丈夫です。校則には無断外泊禁止とありますが、ちゃんと海外にいる両親に電話で許可を取ります」

「いや、それはそれで、ご両親が何と言うか……」

「?」


姫騎士さんはきょとんとしている。

冷静に考えると僕が同行するのもまずい気がしてきた。黒架と二人で行ってもらうべきか。いやそれでも未成年が二人なことは変わらないが。

黒架はもどかしそうな様子で言う。


「じゃあ、誰か大人に引率頼むっす。それなら大丈夫」

「大人……」


フランス人のケーキ屋の顔が浮かぶが、すぐに打ち消す。


「姫騎士さん、剣道部の顧問の先生に頼めないかな」

「お忙しい方でして……休日も他県に指導に出ているので相談しにくいですね……」


剣道部の顧問は外部から高名な人を招いてるそうだ。といっても指導は他の部員が主で、姫騎士さんとは掛かり稽古の相手しかできないそうだが。


「うーん、他に大人の人……か」


できればフトコロが深くて、突然の提案にも付き合ってくれそうな人……。


あ、そういえば。


「……ダメもとで、一人心当たりが」





「旅行の引率? いいよ」


放課後の保健室にて、丸椅子で足を組んだ亜久里あぐり先生が答える。保健室は手狭なので、頼みに来たのは僕だけだ。


「いいんですか? 旅行と言っても西都の温泉旅館ですよ」

「広いお風呂に入って、豪華なご飯食べたいって話でしょ。独身の身だし、そういう衝動は理解できる」


亜久里先生は外見はかなり若く見えるが、どことなく達観したような落ち着きもある。美人なので生徒にもファンが多いらしい。


亜久里先生は白衣を着て、机の上で何やら小さなブロックを並べていた。緑色のブロックは一つ一つが発光しており、平面的に並べるとドット絵のように光が動く。


「それ何ですか?」

「ライフゲーム。上下左右にある光点の数によって、次のターンの光の挙動が決まるの。これは三次元にもできる」


そう言ってサイコロ型に組み立ててみせる。よく分からないが色々と趣味の多い人だ。


「それで、どこの旅館行くの?」

「まだ決めてないんですけど、一人あたり1万数千円ぐらいのところに」

「なるほど」


と、亜久里先生はスマートフォン……じゃない。手のひらサイズの液晶モニターを取り出して、組み立てていた緑のブロックに接続する。


そしてざらざらと数十個のブロックを出すと、まるでキーボードのように長方形に並べた。


「探してみようかな」

「それパソコンなんですか? 凄いですね」

「仮想キーボードをブロックに当てはめてるだけ、見た目が面白いだけですごくない」


どうも美意識めいたものがあるらしい。

モニターを机の上に立てて、ブロックを打鍵する。ブロック同士は磁力でも働いてるのか、くっついてて乱れない。


「詳細条件を述べよ」

「えーと、まず部屋は男一人、女二人、先生が一人の3部屋ですかね。大浴場、できれば露天。夕食つき、朝食はなくてもいいです。静かで落ち着いたところ、マッサージチェアなんかもあるといいかな」


とたたた、と猫の足音のような打鍵。


「夕食の希望は?」

「それなりに豪華ならこだわりません。ブランド牛とかだと高いし無理でしょうね」

「その条件だと市内の安宿だね、シーズンじゃないし多分取れるはず……」


はた、と指が止まる。


「昼中くん、山の上でもいいよね」

「いいですよ。温泉があるなら」

「言われた条件を踏まえて探したよ。旅行サイトを参考に、各種サービスを数値化して最大評価のところをピックアップしたの。そしたら黒蔵こくぞうざんに一軒あった」


黒蔵山は西都の町の南側にある山だ。緑が濃くて、名前の通りくろぐろとして見える。

標高は799メートル。西都の子供は何度か遠足で登るが、それは中腹までで、山頂を目指すとそこそこハードなコースになる。


「西都温泉の源泉って黒蔵山にもあるんですか?」

「わかんないけど天然温泉のかけ流しだって。夕飯はブランド牛の陶板焼き、他に送迎あり、サウナと岩盤浴、薬湯やくとう、打たせ湯あり、あん摩無料サービス。ゲーム設備あり、これで一泊七千円」

「やっす……」


なんだろう、補助金でも出てるのかな。温泉宿というのはピザと同じで、数多くの割引サービスがある。市の補助金が出てたりすると自己負担ゼロなんてケースもあるのだ。

それにゲームありか、黒架が喜びそうだ。


「じゃあそこにしましょうか。宿の名前は……」

「えーと、温泉旅館、つきばんだってさ」


そして話は定まり、その週の土曜日。


送迎が来るという市役所前にワゴン車が到着、中から50がらみの半纏を着た男性が降りる。頭は見事に光り輝いていた。


「どうもどうも、4名様ですね、ささこちらへ。あ、お荷物は後ろへどうぞ」


満面の笑顔で荷物を積み込んでくれる。えらく愛想のいい人である。


「温泉楽しみっすー、あとゲームコーナーとか超楽しみっす」


黒架はえらくテンションが高い。いつもの灰色のカーディガンに、黒のテーパードパンツだ。すらりと長い足が印象的である。


姫騎士さんはライトグリーンのシャツとクリーム色の厚手のスカート。目に優しいコーデである。

亜久里先生は赤のトップスにネイビーのジャケット、下は灰色のスラックス。オシャレな大人の雰囲気だ。


ワゴン車は曲がりくねった道をえっちらおっちら登る。一時間ほどで舗装された道から外れてさらにガタゴト。


「な、なんかメチャ山奥っす。土ぼこり凄い」

「すいませんねえ。何せへんぴなとこに建ってますから」


そして、たどり着くのはそれなりに立派な宿だった。

正面からの眺めは三階建て、瓦屋根のいかつい作りで、あちこちに太い木が使ってある。神社の社殿のようにも見えるのは、古風な建築様式だからだろうか。


玄関も立派なもので、ロビーは革張りのソファが並んでいる。磨かれた木の床はてらてらと光り、年代物のジュークボックスとか九谷の大皿とか、絢爛な欄間らんまなどが何気なく存在していた。


「亜久里先生、ここほんとに七千円ですか……?」

「サイトにそう書いてあったもの。間違いないよ。ページの魚拓取ってるから、ぼったくられたら訴えればいいだけ」


落ち着きの方向性が違う気がする……。


宿帳を記し、夕飯の時間を指定してからそれぞれの部屋へ。

部屋は和室で、想像してたより広い。寝室が別になってるタイプで、窓のそばのテラスもたっぷり取ってある。なんと檜造りの内風呂まである。


「すごく豪華な気がする……こういうもんなのかな……何せ温泉旅館って初めてだし」


とりあえず浴衣に着替えて、テーブルにあった干菓子をパリポリやってから、縁側の籐椅子に座ってみる。


大きな窓からは山が見える。波のようにうねる西都の山々、町はどこにも見えず、人跡未踏の地のような風情がある。

そして離れたところに竹で組んだ塀があり、その向こうから湯気が上がっていた。あれが温泉だろう。その一帯からもうもうと湯気が上がっている。


「けっこう広そう……湯量も豊富なのかな」


歴史のありそうな建物に、充実の設備、これだけでも大したものだが。


それからも温泉と夕食で、僕は二回も度肝を抜かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ