脱衣の後
「大津君、見せてよ」
里山さんは僕に言った。もう逃げられない。というか、先ほどの状況でよく『ばれていない』と思えたものだ。
彼女はもう気付いている。僕の秘密に。
「…………………」
これ以上の抵抗は無駄だと思い、僕はブレザーに手をかけ、ゆっくりとボタンをはずしていく。そして見えやすいようにと、僕はボタンをはずしながら彼女に背を向けるように座り直す。
「…………………」
そんな姿を彼女はじっと見つめている。正直、そんなに見つめられたら脱ぎにくい。だが、今の僕の選択肢は、脱ぐしかない。
ブレザー、カッターシャツ、と徐々に脱いでいく。そして残り一枚、僕が今最も信頼している厚手のシャツに手をかけている。
…………まだ間に合う。今、『やっぱり、恥ずかしいや』と言い、秘密を守ることができる。だがなぜだろう、彼女にはもうばらしてもよい気がする。別に、彼女に心を開いたわけでもない。彼女はきっとこの背中を受け入れてこれるはずだ、と信頼しているわけでもない。ただなんだろう。僕はもうこの秘密を、一人で抱え込むことができないらしい。
そんなことを思いながら、厚手のシャツを下から捲り上げていく。
「……………………ふう」
脱ぐときに、髪の毛がぼさぼさになってしまったため、頭を横に振って直す。僕ができることは終わった。あとは彼女の反応を待つだけだ。拒絶されようが、否定的な反応をされようが、僕はしっかりと彼女の意見を受け止めようと、心を構えていたところだった。
だがしかし、彼女は特に反応を示さない。ただじっと僕の背中を見つめてる。僕は彼女の反応を見るために、曲げた体を元に戻す。彼女が反応を示してから、もう一度振り返ろう。
----------------数分後。彼女はようやく反応を示した、と言いうか口を開いた。
「……大津君、触ってもいいですか」
なぜ敬語なんだ。と、疑問を持ったが無視して答える。
「いいですよ」
僕も何となく、敬語で答えた。
「ありがとう」
そういうと、彼女は僕の背中に手を伸ばす。彼女の小さい掌の体温が僕に伝わる。やけに冷たく感じるのは、なぜだろうか。いや、冷たすぎる。低体温症か?なんて考えていると、彼女は僕の背中を指でゴシゴシと擦り始めた。
「痛っ………」
唐突な痛みに驚いてしまった。その後も彼女は続けて、僕の背中を擦ったり、摘まんだりしてくる。
「あ、絵とかシールじゃないんだ」
……彼女はボソッと言った。もう少し優しくしてほしい…なんて願いも届かないまま、彼女は僕の背中を弄り続ける。おそらく僕の背中は、赤く炎症を起こしているだろう。まあ、タトゥーで赤くなっているがわかりずらいと思うが。
-----------------------もう彼女は疑問は無くなったのか、弄るのをやめた。そして言った。
「こ、これはいわゆる入れ墨というやつですか」
「………………………………」
少し考えた後、僕は答えた。別に特に、考えるようなことはないのだが、まあ何となく。
「まあ、入れ墨と言うか、タトゥーと言ったほうが正しいかな」
※意味は同じある、日本語と英語の違いだけである。
「へ、へえー、そうなんだ。や、やっぱり、入れるとき痛くなっかった?」
「ま、まあ多少は」
※彼は痛すぎて気絶しています。
「あー、やっぱり痛いんだ…」
この会話を最後に、また二人とも黙ってしまう。
同級性の目立たない男子がやはりタトゥーを入れていることを知って、彼女はかなり困惑しているようだ。というか、超やべーやつを自分の家に招いてしまった、と後悔しているに違いない。
僕はここら辺で、失礼しよう。そう思い、彼女に問う。
「そろそろ、服着てもいい?」
すると、彼女は慌てた様子で答える。
「あ!ごめんね。も、もう大丈夫だから…その、ありがとう…」
彼女からの許可も得たため、僕は厚手のシャツに手を伸ばす。今日初めて話したが、きっと彼女はこういった秘密を守ってくれるはずの人だ。そう信じ、特に何も伝えずに出ていこう。僕はそそくさと服を着て、里山さんの家を後にしようと、立ち上がろうとした時だった。
「あ、あの」
彼女は僕を呼び止めた。今日一日彼女と行動して、なんとなくこのタイミングに呼び止められそうとは感じたが。まあ、おそらく今後、彼女とはこんなに親密に話すことはないと思うので、最後に話しておこう。
「なに?」
彼女は答える。
「さ、最後に質問したいんだけど。ど、どうしてタトゥーを入れているんですか…?」
話し言葉と敬語がごちゃ混ぜになっている……なんて指摘するはずもない。そうだ、確かにそうだ。この背中を見せたからには、語らなくてはならないことがある。
「…………………………」
僕が考えていると、彼女は続けて問い続ける。
「ど、どうしても知りたいです……」
「………………………」
「ど、どうしても大津君がそんなに大きなタトゥーを入れている理由が知りたいです」
「-----------------------はあ」
ため息をついて落ち着く。分かったよ。話そうか、あの、満開の桜が咲いていたあの日の事を。少し長くなるけど、彼女には覚悟してもらおう。
そう決め切った時の顔はなぜだろう、鏡を見たわけではないが。なんか…こう、今までの人生の中で一番、何か大きな決断をしたかのような決め切った顔をしていたと思う。そして、その顔を見た彼女は、笑顔で僕に言った。
「言ってくれなかったら、あの会開くよ」
まだその会の事引っ張るのか………でもこれは彼女なりのジョークだろう。しっかりと受け止めよう。
さあ、話そうかあの日の事を。