背中の事
ザア---------------------------------------------
強烈な雨音があたりで鳴り響いている。このコンクリートが焼かれたようなにおいは、あまり好きではない。このような雨が降る姿はもう、僕の眼には真っ白な線にしか見えない。
風景描写は一度置いておいて、今はどちらかというと緊急事態だ。状況をまとめると、今僕は里山さんと二人で公園の屋根付きベンチで、雨宿りをしている。
「--------------------------」
なぜか気まずい雰囲気が流れる。それもそのはず、僕も彼女もびしょ濡れであるからだ。僕はというと、自分の背中の事で頭がいっぱいだ。実はというか、今日の体育の授業以降、どうもブレザーを暑苦しく感じ、危険も承知で脱ぎ、鞄の中にしまってしまったのだ。
「------濡れちゃったね……」
里山さんはというと、彼女もまたブレザーを着ておらず、びしょ濡れである。彼女が気まずそうにしている理由としては、カッターシャツが濡れ、下着が透けてしまっているからだろう。一応彼女も女の子なわけであるので、僕も少し気を使い、彼女と距離を空け座っている。
「この後どうする?この様子だと雨も止みそうにないけど…」
傘も持っていないので、もうブレザーを頭からかぶり、走って家に帰りたいところではあるが、彼女はどうするつもりなのだろう。まあいい。僕はもうそろそろ帰らせてもらおう。
『僕はこのまま走って帰る』と伝えようと、口を開こうとした時だった。
「私の家来ない?」
………ん?なんて言った。雨でよく聞こえなかったな。
「私の家近くにあるから、そこで雨宿りしない?」
「-----------------------はあ…………?」
今更ではあるが、見事な間抜け顔だったと思う。しっかりと『私の家に来ない?』と言われた。
「私の家だったらタオルとかあるし、どう?大津君の家ここから少し距離あるし、このままここに雨宿りしているわけにもいかないし、来る?」
「いや…い、いいよ。僕は走って帰るよ」
少してんぱり、さっき言おうとしたことを急いで伝える。さすがにこれ以上彼女とかかわるのは危険だ、と感じ僕はこの場を去ろう足を踏みだそうとした。
「じゃ、じゃあ僕はもう帰るね」
僕は鞄からブレザーを出し、頭から被った時だった。
「まって!!」
と、言い手をつかまれた。
「さすがにこの雨の中で帰るのはまずいって。大津君、たまには友達を頼ろうよ」
…………まったく、彼女は痛いところを突いてくる。ああ確かに、僕は今まで友達を頼ったことなんてないよ。だけど、今は状況が違う。背中の秘密を守らないといけない。すると彼女は、続けていった。
「来なかったら例の会開くよ」
「……行かせていただきます」
背に腹は代えられぬ。背中の桜にかけて。
---------------------------------------------
「じゃあ行くよ」
と、威勢の良い声で言った彼女は、僕と同じようにブレザーを頭から被っている。彼女もこれ以上濡れたくないらしい。当たり前だ。
「せーの」
掛け声と同時に僕と彼女は雨の中へ駆け出した。前を見ても何も見えない。ただひたすらに彼女の背中を追いかける。
「ハアハアハア……」
二人とも息切れをしている。雨の中全力疾走で走ったためかなり疲れた。どうやらあの公園から彼女の家までは確かに近くにあるらしい。
「じゃあ大津君、ちょっと待ってて」
そういうと彼女は家の中へと入っていった。どうやら家に入るときに何も言わないあたり、彼女の家には家族は居ないらしい。その間に僕は背中を確認する。雨で濡れているのにもかかわらず透けていないあたり、僕の今着ている圧手のシャツは優秀らしい。
……数十分後。彼女がタオルを持って家を出てきた。
「大津君、はいタオル」
「あ、ありがとう」
そう言い彼女のタオルを受け取ろうと彼女に一瞥を与えた時、彼女が着替えていることに気が付いた。
なんかこう、地味なスポーツジャージを着ていた。
「あ、ごめんね。さすがにあんなに濡れちゃったから着替えてきちゃったよ」
彼女の話を聞きながら僕はタオルで顔を拭いていた。すると彼女は『こんな所で待つのもなんだし』と、僕を家の中へと押し込んだ。一応抵抗はしたが、背中が透けていない安堵から気を許してしまった。
「じゃあ僕はここで待たせてもらうよ」
と言い、玄関に腰を下ろさせてもらった。(もちろんタオルを下に敷き、彼女の家の玄関が濡れないように気を使っている)だがしかし、彼女は言った。
「え?お風呂入っていかないの?もう沸かしてあるけど」
……どうりでなかなか戻ってこなかったわけだ。今日初めて話した男子を自分の家の風呂に招くか?普通。いや、案外僕が知らないだけで普通なのかもしれないが。
「いや、いいよ。そこまでしてもらわなくても」
「えー、駄目だよ大津君。そんなに濡れてるのに。風邪ひくよ?」
「いや、タオルまで貸してもらってるのに……さすがにお風呂まで貸してもらうことなんてできないよ……」
「いや大丈夫だよ。ほらこっち」
と言い、またも僕の腕を引っ張る。強引な子だな。今更だけど。
お風呂場は生活感がとても感じられる。ともあってかさすがにお風呂に入るのは少し抵抗がある。シャワーだけでも借りそう。強がったが、正直僕も寒い。
---------------------------------------------
雨というものは大気中の埃などを吸収しているので、とても汚いという情報を見たことがある。なので雨に濡れた後は風呂に入るべきだ、という情報をどこかで聞いた。などと考えながらシャワーを浴び、濡れた体をふく。すると洗面台の鏡に目が行った。
「-----------------------ああ………」
タトゥーを入れた翌日の事を思い出した。その時も確か同じような声を出した気がする。
忘れていたわけではないが、改めて自分の家以外で僕は自分の背中を見たことがなかった。思わず、数秒ではあるが見とれてしまった。やはりいいデザインだ。
今となればわかる。この時の僕は緩んでいた。里山さんの家だというのに。
『ガチャ』と風呂場の扉の開く音。それと同時に里山さんの声が聞こえる。
『大津君、お父さんのジャージで悪いけど、制服が乾くまでにこれ着てて………』
里山さん目が合う。そして徐々に視線が変わっていく。クラスメイトの男子の全裸を見て彼女はどういう反応をするのか、などと変態のような思考はしない。というか、緊急事態だ。
彼女は僕の背中に釘付けである。
-----------------慌てて僕は背中を隠す。だがしかし、この場合だと僕は自分の全裸を彼女に見せびらかす、露出狂のようになってしまった。
……そうすると彼女は我に返ったのか、顔を赤らめ、目を手で覆い、『ご、ごめーーーーーーん!!』と言って出て行ってしまった。
「-----------------------ああ………」
本日二度目の、声にならない声が出た。