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背水の桜  作者: 青黒緑
3/8

自分の名


--------入学式から一週間が過ぎた。

別に何かあったとかはない。(僕が何もしていないだけかもしれない)


もう一週間も経ったので当然授業も始まっている。というか今、数学の時間だ。

授業中にも関わらずに、集中をしていない時点でもう僕の成績の低さが、顕著に表れている。


「はい、じゃあこの問題わかる人ー」


教師が生徒の問いただす。まだ学校が始まってすぐともあってか、皆、必死に挙手をしている。

そんな教室の姿を、尻目に僕は時間が過ぎるのを待っている。ちなみに、今はまだ授業には付いていけている。


--------チャイムが鳴り、二限目が終わった。

さて、次の授業は何かとみんなが騒ぎ立てているが、僕は次の授業を知っている。むしろ、()()()()()()()()()()


まあ、正解を言うと、次の授業は体育だ。女子は更衣室へと移動している。男子は自身の教室で着替える、というかこれもまた、教室数が足りないでおなじみの普通の高校だ。だがしかし、僕もクラスの女子と同じように、教室を後にしていく。そう、僕は着替えない。というか、()()()()()()()



---------------------------------------------


「えっと……大津君でいいのかな?体育教科を担当する山岸だ。よろしく。」


「はい、よろしくお願いします。」


授業が始まる前に、先に担当教師と話をする。ちなみに、今話している場所は、グラウンドから少し離れた、ベンチの前だ。


「一応担任の先生と話はしているが…大津君は喘息(ゼンソク)で、授業に参加できないと。まあ、これから三年間授業中はずっと、見学をしてもらうことになると思うけれど、それはまあ頑張ってくれ。ちなみに、うちの高校では体育の授業に参加できない人はレポート課題に取り込んでもらうことになっていてね………………」


そう、今この体育教師が言っていたよう、僕は喘息を患っており、体育には参加できないことになっている。なっているというか、自分からそうなるように動いた。あまり仮病を使いたくない、そんな思いから僕は、実際に患っている喘息をすこしオーバーに話した。


どの部分がオーバーなのかというと、僕が患っている喘息はせいぜい、マラソンなどの、長時間体を動かすと、少し呼吸が苦しくなるものであり、一般的な体育の授業では全く発症しない。それなのに、なぜ、授業の不参加を許してもらえているのかというと、まあ僕自身が抱えている事情が関係しているだろう。


『体操服に着替える』これは今後の僕の高校生活に大きく反響するだろう。なので、高校が始まって二日後ぐらいに担任の先生と話をつけておいた。まあ、当たり前というか、当然だとは思うけど担任の先生は()()()()()()()を知っている。『家族を亡くした、可哀そうな子』というレッテルを、きっと先生は僕に貼っているだろう。そんな子が『喘息で…』などと言ってきたら、特に病院の問診票を見せろなども聞きずらいだろう。今回は、逆にそれをうまく利用させてもらった。


--------といった理由で、僕は合法的に体育をサボっているのだ。いやむしろ、()()()()()()()()()()()と言ってもよいだろう。


まあ、こんな回想もそろそろ終わりにし、現実に戻りたいと思う。

さあて、レポートを書き始めようと、ペンを手に取った時だった。


----------------------自分の名前を呼ばれた。


『大津君だよね…』

高校に入学して以来担任の先生にしか呼ばれたことない、自分の名前を呼ばれた。

(正確には、ついさっき体育科の先生に呼ばれたところではあるが、まあ、細かいことは気にしない)


呼ばれたので、一応振り返る。声の質からして、おそらく自分と同じくらいの年齢の女子だと思っていた。そして、その予想は的中したわけだ。


そこには、僕が唯一名前を知っている女子が立っていた。


彼女の名前は確か『里山…さん』下の名前まではさすがに分からなかった。なぜ彼女の名前を知っているのかというと、里山さんは僕のクラス、一年五組の学級委員長なのだ。毎時間、授業の号令をしている姿を、後ろの席からずっと見ていたので、さすがに、名前と顔ぐらいは覚えたのだ。


そんな彼女が僕に何の用だろう。と、考える必要がなかった。なぜなら彼女は、体操服を着ていないからだ。ああ、おそらく、僕と同じ見学者なのだろう。


「大津君だよね?よろしく。同じクラスの里山紗耶香(さやか)だよ」


下の名前は、紗耶香というらしい。まあ、どうでもいいけど。


「いやあ、私ったら体操服忘れちゃったよー。こんな調子じゃ私、残り一年間、一年五組の委員長やっていけるか不安だよー。大津君も体操服忘れちゃったの?」


「いや僕は、体操服を忘れたわけじゃないよ」


「じゃあ何か怪我でもしてるとか?」


「いや…僕はまあ、喘息で参加できないだけだよ」


「ええー!!そうなのー!じゃあもしかして、大津君今まで、体育の授業参加したことないの!?」


「ま、まあね…(大嘘)」


「そ、そんうなんだ…大津君ごめんねそんなこと聞いて。一番しんどいのは大津君なのに…」


----------------------心が締め付けられる。やめてくれ。

なんで里山さんはこんなにつぶらな目で見てくるんだ。どうして彼女は、こんなほとんど初対面僕に対して、こんなに同情ができるんだろう。こんな風に考えてしまうのはやはり、僕が何か大切なものを失っているからだろうか。


手に触れたり、実物として見ることのできないくせに、この世の森羅万象、すべての事柄で大切なものを僕は失ってしまった。いや、自分から手放したのかもしれない。そのせいで僕の心は、温まることがなくなってしまった。


「いや、別に気にしてないからいいよ」


てか、普通に嘘だから、とは言えないのが悲しい。


「そっか、大津君は優しいんだね」


「いや、ほんとに気にしないで。てゆうか、もう忘れて」


「オッケー。じゃあ、私ずっと大津君に聞きたいことがあったんだけどいい?」


さらりと話題を変え、彼女は僕に質問をしてきた。しかも一番聞かれたくないことを。


「大津君なんでクラスライン入らないの?」


一番面倒くさい質問をしてきた。なんて考えている間にも、彼女は話し続ける。


「そういえば大津君、入学式の後の打ち上げにも参加してなかったよね。どうして、クラスのイベントに参加しようとしないの?」


打ち上げなんかあったのか。まあ知っていても参加する気はなかったが。そういえば僕は確か、入学式の後は、そそくさと教室を後にしたのだった。知るわけがない。


「いや、別にクラスラインは、誘われてないだけだし、打ち上げはあることを知らなかっただけだよ」


「あー。そうだったんだ。じゃあ私と今日の放課後、ライン交換しようよ」


「いや、いいよ。別に」


「えーー何でよ。クラスライン入ったほうが絶対に楽しいよ。てか、大津君もしかしてクラスに友達いない?」


さらりと、えぐいことを言ってくるな。まあ別に気にしてないけど。


「いや、ほんとにいい。あとクラスに友達なんかいないよ。作る気もないし」


「ええーーーー。大津君冷たいなー、絶対楽しと思うのになー」


そういうと、彼女は何か思いつくように言い出した。


「あ!じゃあ大津君、私と……」


この後だった。僕はこの後の彼女のセリフに驚愕してしまった。


「…じゃあ大津君、私と()()になろうよ」


--------僕はこんなセリフ、漫画やアニメの中だけだと思っていた。現実にもこんなありがたい女子がいるのだなあ。などと思うも、僕の答えは決まっていた。あと言うならば、ありがたくとも何ともない。まさに、ほんとに心が冷え切っている奴のセリフだったと思う。


「いや、いいよ。君とは、友達にならない」


強がっているわけでもない。冷え切った心に誓ってもいい。今の僕に友達なんかいらない。

こんな冷たいセリフを吐いたものだから、きっと彼女も、その他の皆のように話しかけてくることもなくなると、安堵していたところだった。


「ええー。冷たくなーい?あ、そうだ!」


全くそんなことはなかった。いったい彼女はどんな教育を受けて育ったのだろう。おそらく、多くの教育者の方々は、こんな奴に関わるな、と教育するはずだ。

そして彼女はまた、何か思いついたかのように言い出した。彼女はろくな事を思いつかない。少なからず僕に対しては。


「じゃあ、今日の放課後、クラスの皆とカラオケにでも行こうよ!私がクラスの皆に、話はつけておくよ。今回の会の名前は題して『大津君に友達の大切さを教えようの会』なんちゃってね」


()()()()()()


思わず、傍点をつけてしまった。本当に恐ろしい、この女は。彼女はよい教育なんて受けていない。彼女の親は、鬼か化け物だ。


「ええー、でも大津君このままじゃ一生友達出来ないよー」


そんなこと心配してもらわなくても結構だ。それにしても、彼女はこのままだとほんとに、そんな恐ろしい会を開きかねない。仕方がない。僕が折れよう。


「分かったよ、里山さん。今日の放課後ラインを交換してください。あと、お願いだからそんな会を、開かないでください」


そう言うと、彼女は得意げに言った。


「ふっふーん。そうこなくっちゃあ。じゃあ今日終礼が終わった後、ライン交換しようね」


背に腹は代えられぬ。背中のタトゥーにかけて。なんか彼女の策略に、まんまとかかってしまった感が憎めないが、仕方がない。僕は、平和な高校生活を送りたいのだ。


こんな彼女に目をつけられてしまって、僕は平和な高校生活が送れるのだろうか。

などと考えていると、チャイムが鳴った。授業の終了の。


----------------------あ、レポート……忘れてた。

彼女のほうを見ると、おそらく僕と同じ顔をしていただろう。彼女が残り一年間、学級委員長をやっていけるのかどうか、無関係の僕でも心配になってしまった。

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