憎悪の墓標
今年は日照りが酷かった。
王国の西端、国境に面したこの地域の中でも領都を廻る塀の外、物見櫓があるだけのこのあたりの村は貧しかった。
それでも隣国と友好な関係を結んでいる領主が年貢を低く抑えてくださるおかげで、苦しい中でも皆それなりには生きていけた。
子供らが走り回る、冬は寒くなるが今年は餓死者も凍死者も出さず済みそうだ、恵みに感謝し、皆の笑顔を糧に生きる。そんな日々が崩れ去る。
隣国の東端、丘一つ隔てただけの集落から略奪者が襲いかかった。
粗末ながらも日々を営んだ家々に火が放たれる、馬上から矢が放たれ、男衆が倒れていく、櫓で監視していたはずの領主の兵はどうしたのだ。狼煙も警笛も無いまま村が蹂躙され、領主の抱える領兵は待てど暮らせど来ないままだ。
棄てられたのだ、村長がそうと気付くのに時間はかからなかった、今年は日照りが酷かった、突発的な小競り合いは予想の範囲だろう、ならば、わざわざ兵を動かさず、枯れた土地の貧民などくれてやろう。年が明けたら賠償を訴えればいいと思われたのだ。
村長は阿鼻叫喚の地獄の中で絶望した、その魂は怒りと恨みに沈んでいく。
一族の先祖が故郷を追われてこの地に落ち延び、何とか実り少ないこの地で命脈を繋ぎ僅かな幸せに満足していたというのに、奪われただけならまだしも、塵のように捨てられるのだ。
身の底から沸き上がる震えが止むと堕ちた心に光は差し込む余地すらなかった。
「この世の神など腐れてしまえ」
呪詛が口をつく、村長だった男の足元から大地が腐り出す。
底知れぬ沼が四方へと拡がり、火に燻る家々がうち壊された倉が沈む。異様な光景に略奪者たちは足を止め、本能的に危機を察した馬が嘶く。
ようやっと逃げ出した略奪者たちも泥に取られて沈んでいく、村人だったものが絡み付き、黄泉へと引き摺り込まれていく。
やがて長閑だった村は全て沈んでしまった、ただひとつ、村長だったものを中心に残して。
ここは棄民の村、吹きすさぶ風が怨嗟の声と木霊する。憎悪の墓標たつ場所。