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サヴァンブラタンナ  作者: 皆月 おき
第1章 朽ち果てた先で
8/22

1.8 対面

 スキラカルリッジ教団、その名前が出た途端に言葉を失う。

 首にそっと自身の指が触れた。嫌なことを思い出させてくれる。


 古くから受け継がれる教えを守る巨大な宗教組織、というのが自分の印象か。 

 まさかここで絡んでくるとは………。この時代で周りの者たちは話題に上げることもなかった。聞いても、思い出すように聞いた話を語るぐらい。

 ナナをもとにした童話も出回っている。当時なら信者が発狂していてもおかしくないような事態だ。だから、てっきりとっくの昔に滅んだとばかり思っていた。


「五百年前の大戦で教団側の陣営は敗北。終戦後に解体されたけど、過激な思想を持つ残党だけが残ったんだ」


 ナナがいなくなったからだろうか。いや、それでも大丈夫なようにはしていた筈だ。

 敗因に関しては一概に言えないのかもしれない。


「その残党もとある国で国家転覆を目論んで、治安維持組織によって鎮圧。世間一般では名も無き逆賊として処理されているよ。だから、これからことを構えるのは教団の残党の残党ということになるね」


 力を貸して欲しいと言われたので、戦力として使われることは予想していた。というより、今の自分にはそれぐらいしか出来ることはない。ただ、相手がまさか教団とは………。


「幾つか質問しても?」

「どうぞ」

「教団と事を構えるというのは確実なんですか」

「最悪の場合、そうなる。それに関しては避けたいところだよ。でも、どうなるかは実際に確認しないと分からない。教団の現状は僕も知らないからね」

「対策があると言っていましたが、本当に危険地帯の樹海を抜けることは可能なんですか」

「僕はそう思ってる。詳細については後で話すよ」

「……。では、もう一つ。テオとベナがどうなったかご存知ですか?」

「ご先祖様に関してはやれるだけのことは全部やって、数年後に教団を去っていったよ。もちろん、君を預かってね。その後に大戦が起きたけど、彼にとっては殆ど無関係だったらしい。あとは結構、裕福な家を築いたのかな?」


 自分の体はやはりテオや彼の子孫らが代々、保管されていたということか。それをルイスの祖母がサーカスに売ったと。細かい部分はさておき、今までの話をまとめると大体、その解釈でいいだろう。

 基本的にテオは何でもやろうとする。なので、大抵のこと彼らしいで済ませられるだろう。

 少しルイスの語った先が気になりはしたが、今はいい。


「では、ベナの方は?」

「う――…ん。ごめん、ベナっていう人は知らないんだ」

「そうですか………」


 彼女のことは語り継がれてこなかったのだろうか。自分が知る限りでは彼女もまた自分と同じぐらいテオとは付き合いが長いものだが。それとも、それもまたどこかで途切れたと考えるべきか。


 貰ったばかりの錠剤を瓶から一粒取り出した。近くの水差しから水を注いだコップをルイスから受け取り、薬と一緒に流し込んでから返した。


「ルイスさん、僕の服はどこにありますか」

「それならここに。ボロボロだったから、洗濯して縫い直したよ」

「すみません、助かります」


 着ていた寝巻を脱ぎ、ルイスから受け取った服に着替える。


「もう起きるのかい?アリッサに釘を刺されたわけだし、今日一日は細かい準備ぐらいしかしないと思うけど」

「勿論、彼女の言葉には従いますよ。ただ、個人的な準備に時間を使いたいので」

「そう。 ああ、それからこれは持っていた飴玉の袋」

「どうも」


 飴玉の袋を腰に括り付ける。

 ふと服に以前はなかった縫った跡に気付く。それ以外にも肩や脇腹にそれぞれ一箇所ずつ、それからズボンの太腿の高さ辺りにも。見える範囲ではその数箇所。丁度、包帯の位置と重なる。


「思ったんですが、座長のあの攻撃を受けてよく胴体が繋がってましたよね」

「側から見た感じだと体の中央から外れたところに当たったように見えたよ。重症だったことに変わりはなかったけどね」


 思い出すとまたゾッとした。

 ベルトを締め、首を回す。試しに一歩、歩いてみる。

 まだ感覚を覚えているうちに体に馴染ませるまではいかないだろうが、出来るだけのことはやっておきたい。


「ちょっと外の空気を吸ってきます」

「なら、僕も付いていくよ。丁度、紹介したい子もいるしね」

「紹介したい子?」

「今回の件で味方になってくれると心強い子だよ」


 そう言ってルイスは自信満々に微笑んだ。どういう意味で言ったことなのか。まあ、会えば分かるだろう。

 部屋のドアを開け、彼に連れられるがままに階段を下っていった。


 物が山積みにされている薄暗い部屋の前を通り過ぎる。廊下を抜けて目にしたのは棚に陳列された薬品に机の上の医療器具。清潔そうなベッド、二つの丸椅子。ここは診療所か何かなのだろうか。

 扉から外へ出るとまず最初に日差しを手で遮った。


「この方が心強い味方?」

「当初の予定だとナナシ君と僕、それから彼女の三人で今回の件を処理する計画だったんだ」


 空には雲一つとない。太陽は燦々と輝き澄んだ青空がどこまでも広がっている。きっと今日はとてもいい天気なのだろうが、自分にとってはやや明る過ぎぐらいだ。

 建物から出るとルイスは眠っている少女の傍らに立った。手摺に寄り掛かり、スースーと気持ち良さそうに寝息を立てている。窓からは手摺に寄り掛かっているのは見えたが、まさかこんなところで寝ているとは。


「当初の予定だと? 何か問題でもあったんですか?」

「彼女がやる気を出してくれないんだよ。この三日間、ずっとこんな感じで食っちゃ寝しかしない」

「……本当にその子で合ってます?」

「やる気になったら、凄いんだって。 ほら、アルマ。起きて」

「……ん、ん」


 少女はアルマという名前らしい。

 ルイスは彼女を起こそうと肩を揺さぶり、少女のフードからはみ出た薄紅色の寝癖だらけでボサボサな髪がともに揺れる。


 しかし、彼女は起きてくれない。目を瞑ったまま不機嫌そうにルイスの手は払い除けられ、再び気持ち良さそうに彼女は眠りについた。


「はぁ――…、仕方ない」


 パンを紙袋の中からつまむと彼はそれをアルマの鼻に近付けていくという奇怪な行動に出た。


「…何してるんですか」

「こうすると起きるんだよ」

「そんな馬鹿な……」

「僕だって普通に起こしたいよ。でも、こうでもしないと起きてくれないんだ」


 疲れた様子でルイスはそう言う。何だか彼の方が可哀そうになってきた。


「それはまた…………」

「あ、ちょっと待って」


 手元では彼の目論見通りにアルマは誘われるようにパンの匂いを嗅ぎ取り出す。そして、食らいつくとともにルイスはパンから指を離した、一緒に食べられないように完璧と言えるようなタイミングで。

 自分は今、何を見せられているのだと頭を抱える。


「おはよう、アルマ。やっと起きたね」

「ふぁ~~…………、…ルイス………? いたんだ……」


 ムシャムシャとパンを一口で丸っと平らげると大きな欠伸をする。眠たそうに目を擦りながら今更、ルイスに気付いたように言う。


「寝癖が酷いね。直すついでに顔を洗ってきたらどうかな?」

「…後でいい。 じゃあ、おやすみ…………」

「ほら、起きて。せめて自己紹介するだけでいいから」


 今にも寝そうになっている彼女をもう一度、揺さ振った。


「…。初めまして、私はアルマ……。…以上。あとは特になし……」

「…ナナシです、どうも。えっと…、アルマさん?」

「…呼び方は適当でいい」


 前屈みになって彼女の金色(こんじき)の双眸が品定めするように半眼でこちらの顔を覗く。

 あまりいい気分でもない。一歩引くと彼女はまた手摺に体重を預けて無気力な状態へ戻っていった。


「ルイスの親戚の知り合いだったけ……。戦える人なんでしょ……?」

「まあ、恐らくそれなりには……?」


 親戚の知り合い?確かに間違いではないが………。

 ルイスから彼女はどこまで聞かされているのだろうか。


「経験とかは諸々、足りていないとは思いますが、最善は尽くすつもりですよ」

「ふ――ん…」


 自分からは何も言わないままでおこう。この時代、人外が人間の領域に踏み込む際には正体を隠す必要があるらしい。それに則る。

 彼女からは平坦な相槌が打たれた。どこかこちらに興味なさげな様子だった。


「良かったね、ルイス。ちゃんとやってくれそうな人で。私には関係ないけど…」

「やっぱり来ないつもりなんだね」

「…だってその子がいれば、私がいなくてもいいじゃん」

「そんなことないよ。それに今回はナナシ君もいるからね。別にアルマにそんな大したことは頼まないよ」

「…無理、やだ。 …もう十分私は働いた。うん、もう十分頑張った。だから、休む…」

「………………………」


 自らに暗示をかけるように言うとアルマの瞼は垂れ下がっていく。力無く首は前に倒れ、また眠りにつこうとする。


 ルイスもまた諦めたようで彼女から離れていく。ただ、割とあっけらかんとしていた。何だか彼女に協力もらえないのが実はそんなに大きな問題ではないようにも思えてくる。

 彼に対して誰にも聞かれないよう小声で囁く。


「彼女に僕のことを何と言ってあったんですか?」

「聞いた通り僕の親戚の知り合いって。あとは実年齢より幼く見えるけど、そこそこ腕は立つ人かな?」


 思い掛けず口元が引き攣る。

 何一つ嘘は言っていない。だが、肝心な部分を適当に済ませ過ぎやしないだろうか。


「それ、彼女は信じたんですか」

「騙されてくれたんだよ」


 余程、アルマはこちらに関心がないのだろうか。


「少なくとも僕の口からナナシ君の過去について語られることはないよ、絶対に」

「今の所、僕も語るつもりはありません。これで誰かに知られることもないでしょう」

「…君はそれでいいのかい?」

「仕方ありませんよ」


 知っている者は少ない方がいい。座長曰く自分はかなり特異なものだったそうだ。

 それを抜きにしても、誰かに打ち明けたいとは思えない。思い出は墓まで持って行くつもりでいる。


「で、肝心の心強い味方の勧誘には失敗したわけですか」

「いけると思ったんだけどね。しょうがない、アルマにはもう十分に貢献してもらったよ」

「へぇ――…、十分に貢献を」

「もしかして信じてないのかな?」

「いや…、そんな彼女を実際に見ていないもので」


「……じゃあ、試しに相手してあげよっか?」


 俯いていた首を半分だけ起こし、アルマの(まなこ)は少し離れたこちらの姿を捉えていた。

 そんな彼女の様子にルイスは目を丸くする。


「え―と…、どういう心境の変化なのかな?」

「何となく…?今はそんな気分なんだと思う」


 立ち上がって彼女は大きく伸びをすると子供の肉体であるこちらを見下ろす。


「それで、やるの…?やらないの…?」


 足を肩幅ぐらい開いて首、それから指を鳴らす。準備は万端と言わんばかりに首を傾けている。完全に臨戦態勢だ。今、ここで彼女と戦えというのか。


「いや、急に言われても……。出来れば別の方法で―――」

「――ナナシ君、ちょっと待って欲しい」


 断ろうとしたが、肩を叩いてきてルイスに引き止められる。


「珍しいね、アルマが自分から何かを言うなんて」

「何だったら勝てたら、今回の仕事手伝ってあげてもいいけど…」

「へぇー…、そこまで。 ナナシ君、どうにか受けてもらえないかな?」

「……先程、右手を使わないよう言われたばかりなんですが?」


 包帯がガッチリと巻かれた右手を彼の眼前まで持ち上げて見せる。

 薬のおかげで多少なりとも痛みは緩和された。でも、それだけで指はスムーズに動いてくれず、良くなったわけでもない。


「それでいい。あとは無茶さえしなければ、何の心配もないね」

「それは僕の素性についても?」

「はっきり言ってどうとでもなる」

「随分と積極的ですね。勝てば、助力を得られるからですか?」


 アルマを誘う時もルイスはやけに諦めが早かった印象がある。だから、彼女が協力してくれるかどうかにそこまで拘っているようには見えなかったものだが。


「それはいいかな。やっぱり一番は彼女が珍しく自分の意志で言い出したから、それを聞き入れてあげたいからだね。 まあ、ナナシ君がどうしても嫌なら仕方ないけど、このことはこれでお終いだよ」


 テオと同じ………。そう考えてもいいのだろうか。

 後ろでは当のアルマ自身は話を聞いていないようだった。飽きたのか、呆けたように晴れ渡った空を眺め、「景気良過ぎた………」などブツブツと呟いている。


「はぁ―…、そこまで言うのなら。ですが、組手とかは出来ませんよ。力の加減とかも出来ませんし」


 思えば、この体になってから一度も人間と戦っていない。周囲にいたのは人外や怪物ばかり。そこでの感覚をそのまま人間相手に用いていいのだろうか。


「加減は必要だけど、そこまで意識しなくていいんじゃない? だって彼女、僕が逆立ちしたって勝てないぐらい強いし」

この作品を読んでいただき誠にありがとうございます!!

楽しんでいただけたのなら、幸いかと。


また、感想や評価を受け付けております。作者自身にも把握し切れていない部分があるので、教えていただけたら嬉しいです。

作者のモチベーションアップにも繋がりますので、どしどしお待ちしております!

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