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サヴァンブラタンナ  作者: 皆月 おき
第1章 朽ち果てた先で
22/22

1.22 エピローグ

 積み上げられた紙の束の山。 

 全部でどれくらいあるのか。


「この神殿の中はこんな空間があったんですね」

「いわゆる彼女の五百年間の保管庫だね。 問題はその保存状態」


 幾つかまだ新しいようで、経年で大半は黄色く劣化していた。手には取らずに屈んで、まだ眺めるだけにしておく。タオルを絞ると、桶の縁に掛けた。


「アルマさんの具合はいかがですか」

「大体、いつもの症状かな。 幸い、熱はそんなにないみたいだね」

「ああ、そうですか。 一先ずお大事にとだけ」


 部屋の真ん中でアルマはタオルを被っていた。それに、ルイスだってまだ息が少し荒い。髪は乱れて、目の下に隈が。


「当分は動けませんね。 ここなら安全なんですよね」

「勿論、ここも彼女しか知らない。 そんな場所をたくさん用意してたらしいし」


「外が騒がしい感じ……。近くには誰もいないみたいだけど…………」


 濡れたタオルの奥からアルマは瞳孔を覗かせた。


「一応はね。 それに、追ってくる彼らが自主的に何かすることはないから」

「へぇ――……?」


 淡白な声を彼女は上げた。


「基本的にまともに思考出来ないんだよね、ここだと。 正常な判断は阻害されて、誰かに言いなりになり易い。 複雑なことはおよそ上手くいかないよ」

「ああ、それで……………」


 しばらく彼女はルイスを眺めていたものの、興味を失ったのかタオルを被り直す。

 確かに、心当たりが幾つか………。それら全てが亡骸によって。


「でも、それだと、ルイスさんは大丈夫なんですか」

「多分ね……。今は霞が掛かっている感じかな。 尋問の訓練を受けてるから、それで何とか?」

「それなら、いいんですが………………」


 柱に背を付けた。擦り減り具合から年季が窺える。これだけの空間。何を思って彼女はあれだけの記録を記し続けていたのか。


「………? どうかしたのかい?」

「あ、いえ。大したことではないんですが、マリーのことで。 随分とあっさり亡骸を手離したなと」

「う―――…ん、まだ強かった教団を彼女は、見たかったそうだね。なら、見出したってことかな、君を通して。 望んで止まなかったものに、出会えた」

「そんな、まさか。 彼女は思いっ切り僕を嫌ってましたし」


 心身ともにあの英傑たちに劣る。彼らは自分より遥かに勝っていた。

 籠の中から摘んできた木の実をルイスは口の中に含んだ。


「まあ、あくまでこれは僕個人の勝手な推測。真意は本人にしか分からないよ」


 自分もまた木の実を口の中に入れた。 

 実際、そうだろう。いくら考えても、結論なんて出ない。問題はこちら………。ナナの髪を取り出す。


「その髪の処遇についてだけど……」

「集まったのがこれのため。 とても、手に負えるものではないようですが、どうするつもりだったんですか」

「そこは、解体作業をして、無害な形にね。 けど、僕としては何でもいい。これでもう半分は目的を果たせてるから」

「…………。 自由にしていいと言うなら………」


 髪を持ったその手に火を点けた。

 先の方から艶のある髪が巻かれていき、火の粉が昇る。手が煤だらけになって、焼き切れた一部が火を絡み付かせながら落ちた。そこに残りも放り込んだ。


 これでいい………。

 いいんだ、これで………。


 それがしっくりときた。自分の中の力でさえその行動に歓喜するように……。 

 何となく分かっていた、この炎はこのために授けられたんだと…………。


「……………。教団はこれからどうなっていくんですかね」

「どうにもならないよ、ただゆっくりとなくなっていくだけ。 出来るだけ運営で亡骸を用いるようにしてたし、教団そのものが何かを与えることをしなかったから。 元々、彼女自身が終わらせるための準備をし続けていたんだよ」


 一房、或いはそれにも満たない。強く赤く燃えて、揺らめく。炎の中で音を立てて、その原形が失われる。光となり、暗いこの空間を照らし出す。


 ――――――――――やあ、××××


 ………どうして、忘れていたのか。頭を抱え、目を見開いた。

 あの耳当りのいい響き。いつもナナは自分をそう呼んでくれていた。自分がしっかりそこにいるんだという気にさせてくれて。


 そうやって振り向かせようとする彼女がずっとずっと好きだったんだ………。

 そう呼ばれる度に、(たま)らなく愛しくなって………。


 程なくして、壁に映し出された大きな像が消えた。役目を終えたとばかりに、燃やすべきものがなくなって火気が衰える。


「………………すみません、外の空気を吸ってきます」

「え、あ…。 気を付けてね」


 一段、また一段と上った段数が増えていって。階段を上っていく。一段上に足を掛けて、また次の段に。ただそれの繰り返し。

 後ろからとりとめのない話し声が聞こえた気がする。巻き上がった灰は天井にまで届き、長く彷徨う。

 喉が詰まって、声ががらがらする。



 ◆



 昇ってきた日に当てられた。

 ここでなら、集落を一望出来る。


 眼前に広がる木々の大群は丁度、白いキャンバスのようで。光が差して影が晴れた。それでも、まだ大半が影を落としたまま。


 統制が取れなくなって、不慣れな動きをするのが下に数人。また別の所では辛うじてそれぞれが似たようなことを重ねる。自らの行動を理解しているのかどうか。今はまだそこまで。

 いずれ違和感を拭いきれなくなる。彼らと教団の関係は余りにも希薄だ。その内、本当に必要なくなる。そうなるよう仕向けられている。


 髪一房でこれか……。

 自分もマリーも人間だった、魔術の使えない。それがこうも……。


「あ―――あ…。 案外、教団のことは嫌いじゃなかったんだけど………」


 その場に座り込んだ。

 教団があったからこそ、自分は皆と出会えた。絶対に忘れはしない。あそこには皆がいた。自分にとっての居場所で、今でもそこで過ごした日々は何よりの宝物。

 ここまで在り方が歪んだのなら、このまま畳んだ方がいいのかもしれない。せめて思い出を思い出のままで。首から手を離した。


 背面に身を寄せるようにして、足元から伸びたが影が繋がっていく。

 白い息を吐いた。ポケットに手を詰める。


「寒いな………」


 コートの中に顔を埋めた。

 自身の奥で燻っていた熱が、急速に冷めていくのを感じる。

 所詮、力は借り物でしかない。そんなものだろう。


 さて、次はどこを目指そうか。行くなら、人が大勢集まる都市……。いや、そこからある程度は離れた所にしよう。金がいる。働き口が欲しい。ついでに、読み書きも必須。

 感覚をこの時代に沿う形にしたいというのもある。まだまだやりたいことはあるし、これから忙しくなりそうだ。


「…………………あれ?」


 目から落ちた涙が頬を伝った。拭いても、拭いても溢れてくる。景色が霞む。

 蹲って、上げそうになった叫びを飲み込んだ。口を塞いだ。


 分かっている、まだ終わりじゃない。これはただの通過点だ。だというのに、もう………。

 疲れていたんだ、自分が思っていたより自分は………。


 辛くて、苦しくて……。分かっていた筈だろ、そんなのは………。

 それでも、やらないと。立ち上がらないといけないのに………。


「ごめん……。 ごめんなさい……、ごめんなさい………」


 結局、これが本来の自分だ………。散々、背伸びをして強がった。ずっと何かをしてないと頭がおかしくなりそうで。でも、いざ何かをしようとすると無性に結果が欲しくなって………。

 泣き崩れて、自らの顔を引っ搔いた。ボロボロと大粒の涙ばかりが零れる。


 一度、何かもどうでもいいと思っていたのに…………。

 地に足を付けることもせずに、段階を踏み飛ばして、生き急いだ。


「あぁ……………」


 頭上には酷く悠然とした空だけがあって………。



 ―――――――――コツ


 音がする。眼を擦った。何度か小石が弾む音。上ってくる足音が一つだけあって、身構えようとした。こちらから陰となる所から現れて。


「ちょっと話をさせて貰っていいかな、これからのことについてね」

「ルイスさん…………」


 すぐそこまで彼は来ていた。


「これからのことなんだけども……。 もし良ければなんだけど、僕の所で働く気はないかな?」

「………ルイスさんの所で、ですか?」

「そう。 だけど、その前に僕は君に謝らないといけない。ずっと隠してた僕の素性について」


 肩に手を当てると、衣服に印が炙り出される。赤い五芒星、中に何かの記号が入った。この時代で何度か遠目で見たもの。

 深々とルイスは頭を下げていく。彼は軍人だったようだ。


「………。お気になさらずに…。 初対面では信頼なんて欠片もありませんし。それこそ順序が肝心でしょう」

「そう言ってもらえると助かるよ。 もっと色々、言ってくるんじゃないかと腹を括ってたものだけど」

「驚いてますよ、十分…………」


 多分、心のどこかで気付いていた。彼らこそがこの樹海に派遣された調査隊。

 少なくとも彼が訓練を受けた人間であること。思い返せば、それ以外に手掛かりが幾つか。なのに、あの時の自分は目の前のことに手一杯で、何も考えたくなかった……。

 そうやって、全部を後回しにして……。


「………。それは個人的なものですか…………」

「そうだね、これは僕の独断だ。 今、僕は軍内部に呪物を専門とする部隊を作っている。是非とも、君にはその一員になって欲しいんだ」


 ゆっくりと彼からは手を差し伸べられた。これで二度目。

 壮大なものを彼は思い描いているように見えた。効率を考えるのであれば、彼の手を取るのはきっと正しい……。


 手を取る勇気が自分にはない。もう動けないのだ。やるべきだと思うと、足が竦んで………。一体、どれだけを背負い続ければいいというのか………。

 自分からすれば、ルイスが眩しくて。


 まだ走り続けたいという気持ちも、もう休みたいという気持ちも、どちらも本物。

 どちらも紛れなく自分のものだった………。


「………………。まあ、すぐ決めなくてもいいよ。どうせ樹海を出るまでは―――――」


 ルイスの腕を掴んで、引き止めた。

 まだ終われない………。


 投げ出すことは許されない。まだ自分は走り続けられる。

 立ち止まることは出来ない。一度、決めたのなら最後までやり切れ。


 抗った、自らの感情にも理性にも。抗ったんだ………。

 自分自身が決めた。自分自身だけで選んだ。


 なけなしの本音を振り絞った。それが自分の根幹。幼い頃から抱いてきた。

 ナナのおかげで今の自分がある。だから――…


「だから―――………………」


 だから…、その日、自分は彼の手を取った……。


 いつかこの選択が正しかったと思える。

 そんな日が来ることを願いながら。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

退屈凌ぎにでもなっていただければ、幸いです。


以上が主人公がこの時代で歩き出すための章でした。もともとこの章は全体のプロローグとして主人公をメインにした主人公のための章として書き始めたものです。なので、それ以外の登場人物の活躍は今後ということで。次章で登場人物も一気に増やそうかと。


作者としてもここまでの文字数を書いたのは初めてでして正直、思った以上に長くなって自分でもびっくりしています。

最初、この章で主人公を立ち直らせるつもりでした。まあ、予定通りにいかず、実力不足で大変申し訳ありません。


主人公の心情を書いていくうちに、あれ?無理じゃね?と思いまして。急遽、ゴールを変更。やり過ぎたのかもしれません、このような根本的な問題は何一つとして解決せず、先送りにしているだけになってしまいました。


この章は少々、重かったのかもしれません。流石に反省して、次章は少々退屈なくらいなゆったりとした平穏を書こうかと。

というわけで、次章は主人公がこの時代で生きていくための章にしようかと思います。


重ね重ね、この物語を読んでいただき誠にありがとうございました!!

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