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サヴァンブラタンナ  作者: 皆月 おき
第1章 朽ち果てた先で
20/22

1.20 芽吹く

あと2話ですね

 揺らめきながらも、燃え上がる。

 時折、耳にするノイズ。


 全てを捧げよう。

 全身全霊を賭けよう。


 肉迫する相手に対し、火を注ぐ。大きく回り込んでみせて、逆を突きにいく。辺りを見回す。足を払い、頭部に炎を叩き込んだ。

 紛れて寝首を搔きにきて、火を(なす)り付けていった。伴って、背に歯を通され、内側から発火させる。致命傷を免れ、跳び上がって幹に足を付けた。


 この炎を使った時、ナナは何と言っていたか。下を見渡す。特に巫女の構える奥を。

 砂嵐が吹き荒れているように炎にラグが入り、ブレる。規則的に炎全体が左右に歪む。


「確か、そう……。 ■■■■■■(アイスティオン)…」


 樹木を蹴り、彼らの頭上から炎を落とす。

 あの時、確かに彼女はそう呼んでいた。


 まだ予断を許さない。一方の集団の中を走り抜けて、飛び火させる。火先が尾を引き、取って返しては重ねて蹴散らす。

 見切ったつもりの一撃が薄皮一枚を搔っ切った。併せて草陰から不意を突いてきて、危うく顔を食い破られそうになる。せめて火の灯る手で、その身を撫でた。

 すんでのところで喉元に及びかけたのを受け止め、焼き尽くす。


 十中八九、仕留めに来ているようだ。間合いだって取られた。大方、身を潜めているのもいる。

 手元の火は幾ばくかは制御が効く。ただ、妙な燃え移りにくさを感じる時がある。


 枝の折れる音がした。背後から伸びる二本の腕。それらに絡み取られる前に、転げ落ちるみたいに動き出して体勢を崩す。横から幅の広い刃が髪の一本や二本を刈り取っていく。

 白装束の男たちだった。やはり巫女の傍らにはいつも彼らがいる。


「…………!」


 巫女がいない……。付近を見回した。逃げたということないだろう。とてもそうは思えない。

 あの執念深さ。先にどうにかしておかなければ、後に響くと考えたのだが。


 …………。このまま彼女を無視してあの岩の向こうに行くこと可能か。亡骸に重点を置いて。


 だとすれば、もっと火の出力を上げられないのか。ばらついている。掌に流し込むように、編み込むように……。

 指同士をこすり合わせ、手の甲に重くのしかかる。火の手が回って、内在する熱量が増す。


「もっと低く…………」


 手を地に付け、前のめりになる。


「もっと鋭く…………」


 思いっ切り脚を伸ばした。地面を蹴る時間を長く。より無駄なく推進力を自分に働かせて。

 間合いを無にする。


 通った後に焼き焦げた道を引く、まっすぐな一本の道を。両脇で手前の僅か数匹が灰燼に帰していき、煙を上がる。


「かはっ……」


 口元の血を拭き取る。大きく振り被って、纏めて炎で薙ぎ払う。寸刻だけまた生じた乱れ。手を突き出して口元を押さえ、火を点ける。

 腰を捻って跳ねた。炎を飛ばし、陰から微かに顔を覗かせていたのを狙い撃つ。今度は逆に正面から白装束を叩く。前に踏み込む。


「――――――――――――っ」


 景色が翻った。内臓を押し潰される感触を味わいながら、体は投げ出される。

 衝突とともに一つの塊であるそれは様々なものを落としていく、中で犇めき合っているかのようにして。


 木の根に頭を打ち付け、そのまま横に跳ねて追撃を回避する。

 いや、実際にそのようだ…………。


 数々の眼や鼻のパーツを有していながら、見覚えがあって、そのどれもが機能しているようには見えなかった。

 頭を抱え、それでどうにか立ち上がる。無理やり息を呑んで肺に空気を満たそうとした。


 肉の塊と言うべきなのか。幾多の白装束や使いの犬たちを溶かして寄せ集めたような。そうやって成された右腕とも取れなくもない形。木々の隙間からちぐはぐに指は動き、摘まみに掛かる。


 木によじ登って、枝の上に乗った。元を辿れば巫女の少女と繋がる。右腕から逃れ、別の枝に跳び移った。彼女を包み込むような球状の肉の壁。そこ目掛けて炎を放ち、炸裂させる。


 留まることなく引き寄せられる彼ら。新たに左腕が形成される。殆どは自らの足で。肉体は絞り上げられて、纏まった一つのものになっていく。爆炎の方に目を凝らすが、球体は完全に閉じていた。


 足場を崩され、右腕に着地する。取り込まれた人や犬の部位たちが騒ぎ立て始め、足を引っ張った。

 彼女の力も、自分の力も、結局は根源が同質のものだ。


 両腕を躱し、至近距離から球体に爆撃する。

 大分、離された。目的地は向こう。頭部のようなものが牙を剥いた。だが、果たして逃げ切れるか。


 解いて、剥いで、擦り潰して、塗り固め、脚らしき形状のものに仕上がる。球体は左胸に収まり、腫瘍みたいに膨れて脈を打つ。全身を絞って、一回り小さく細く。向かい合って立つ。


 使いも白装束も彼女一人だけのものだった。そう考えると自然と納得出来て。

 それを差し置いても、そこそこ確信に近いものが持てた。


 ガードを破ってこちらを跳ね飛ばす。左手から一気に力が引いていった。皮膚が突き上がる。

 脚を突き立てて踏み止まった。体を支える。


 長い腕で這いずり回ってきて、小回りを利かせて背から火を放った。足の関節を狙って蹴り付け、動きを封じに掛かる。

 だというのに、怯むこともなく平然として。拳が落とされていた。


 首筋も足首の方もガワが焦げただけ。芯にまで通っていない。そこにさえ届けば。

 何重にも練り込む。距離を取って呼吸を整えようとすると、既にすぐそこに迫っていた。進行方向を変えて振り解こうとするが、今度は進路を塞ぐよう降って掛かってきて。


 駄目押しに一発。果てにはあちらの腕が脚を捕らえた。引き込もうとする手に横から蹴りを嚙まし、全体をよろめかせる。脱しようと試みた。けれど、ただそれだけ。


 すぐ持ち上げられて、立て直すこともままならず遠心力が掛かる。ひたすら下へ向かって。

 地面とぶつかり合う、その直前。短剣を指に突き刺した。


 手の中からすっぽ抜けて、天地が引っ繰り返る。幾つもの幹や枝を越えた。意識を注ぐ。

 すぐ後ろには古びた風車が近付いていた。前からあれが追突する勢いで詰めてきて。


 支柱が折れ、自分の周りで硝子片が舞った。握られて。握られたまま風車を殴り付けていった。


 倒れた自分の体の近辺に積み上がった瓦礫。

 数刻前より空の雲はくっきりしていた。切れて、鞘から抜けそうな短剣が散らばる。


 そろそろ夜明けが近いのだろう……。咽せ返った。内側で濁流が波立っている……。

 体を起こした。立ち上がってただ前を見た。


 力のまま捻じ伏せに掛かってきて、伸ばされた腕。刺さったままの短剣を掴んで、その身に刻み付けていった。触れた一部だけが蒸気を上げて損傷する。


 広げた掌を怪物に向けた。溜め込んで、一点に圧縮する。

 嫌な汗が滲む。背中の寒気から手が震える。何となく分かっている、これ以上はいけないと。

 だから、どうした。知ったことか。


 自らの腕を抑える。本能の警鐘を振り切って炎を一斉に放つ。奥底の器から引っ張り出せるだけ、引っ張り出した。

 受け切ってでも、一歩ずつ着実に間合いを縮めにくるあちら。これじゃあ、まだ足りない。大量の炎を浴びせられようが、手足を焦がされようが、熱で一部が溶け出そうが、ものともせずに。


 腕を伝って一度に多くを流しては、編み込んだ。たとえ血管が破裂してでも、酷使する。負けじと押し返しては、全身で押し返した。手元から離れた途端に多角形を構成し、随所に点在しながら火は色褪せていく。


 遂には自身の腕が焼かれる。薪として焚べられていった。

 緩めることはしない。寧ろ、強くする。そうでなければならない。ここで押し負けないように。


「あああああああああああああああッ……」


 熱い。痛い。空気が肌を刺す。踏ん張れ。鈍い光沢を表皮が放っている。剥がれ落ちていく。当然だ、この炎は自分のものではないのだから。

 立ち止まってはいけない。戻ってはならない。前へ。ひたすら前へ。それ以外は許されない。


 踏み込んだ。踏み締めた。一歩、また一歩と奥歯を噛み締めて。力を注ぎ続ける。

 進み続けた。破けるようなノイズが増す。次第に焼け落ちる。絶対に火を絶やさせはしない。片目だけでもその行く末を捉える。


 食い止めきれずに仰け反りかけもした。一歩、近付くごとに相手は引き摺られていく。

 押し切れ。死に物狂いでやれ。今が踏ん張り時だ。歯を食いしばって。ここで死力を尽くさなくてどうするというんだ。


 振り絞った。

 心血を注いだ。



 ――――――――炎がぶち破った。



 光線となって貫き、こじ開けていって。突き抜ける。


 頭部も左胸の球体も全て消し飛ばした。

 景色に穴を開けた。


「あぁ……。ゲホッ…ゲホゲホッ………ゲホッ…」


 反動なのか、力が入らない…。何とか生きてはいるようだ。時間がない…。一刻も早く先に……。

 目の前で焼け尽きた怪物の下半身がただ風に晒される。微かに炭が撒かれた。


 それを遠ざけるように越えようとして。

 それは割れ避けて、舞い上がった。


「……………………! どうして……………」


 確かにあれに取り込まれていったのに……。

 燃え残った肉体の中から足を引き摺るようにして彼女が姿を露にする、巫女の少女が。


「かれこれ五百年は生きた……。こればかりは…、年の功というやつだ」


 あの球体は偽物の急所だったのだ。ハリボテに過ぎず、あそこに彼女は入ってなどいなかった。

 動き出そうとして、彼女に向かっていこうとして、膝から崩れ落ちる。体が悲鳴を上げた。


「あ…、ああああ……」


 赤く、黒く、視界が濁っていく……。


「歴戦の猛者でさえあんな付け焼刃一つに足を掬われた。戦況も傾く……。 これだから戦いは…、嫌いだ。いつもままならない………」


 不平を散々、垂らしながらふらついた足取りで彼女は少しずつ距離を詰めた。

 肺が焼けるように熱い……。手を前に出した。もう一度、あと僅かでも炎さえ出せれば………。


 頭を地面に(こす)り付けた。耳鳴りが脳を刻む。突き出した手は地に落ちていく。

 胸の奥が圧迫されるようで、小刻みに指が震えては、痙攣して痛みを伴う。


 視界が暗い…。干上がっていく。手の甲には水滴が落ちていった。乾き切った眼や口から出血を引き起こす。本当に酷い……。終いには盛大に吐いた、血も反吐も何もかも。血の味しかしなくなってもまだ………。


「―――多くは望まない、ただ死ね」


 すぐ近くで声がして見上げれば、彼女がいた。足元の短剣をどこかに蹴り、炭化した横顔から炭を零す。手に持った刃物で一突きに。


 だが、そうなる前に大剣が横切った。


 なくなった彼女の腕をさらに短く削いだ。

 木々を背にして投げ付けた当の本人はそう遠くない所にいた。


「また…、繰り返すのかい………?」


 ただ一言、彼はそんなことを問い掛けてきた。

 身の毛がよだつような一言。


「辛いだろうね…、立ち止まったままだと……。 どうか忘れないで欲しい。今、君が楽でいられるのは…、進み続けている間だけなんだって。 もう、そうやってでしか君は救われないんだ……」


 足が縺れ、彼はその場に寄り掛かった。

 額を軽く地面に打ち付ける。また繰り返すのか。ふざけるな…。冗談じゃない……。手も足も使い物にならなくなって、ただ跳び付いた。


 殆ど暗闇の中、小さな声や足音などを頼りにして。感覚が何一つとしてなくなって、的をただ一点のみに絞り込んだ。

 少女の喉笛。そこだけに神経を擦り減らして――――――……


 ……―――――食い千切った。


 獣のように貪っていく。口の中に広がる鉄の味も、噛み切れない硬い筋も、弾力のある柔らかい塊も、歯に絡み付く繊維も。二度と動かなくなるまで。二度と音が聞こえなくなるまで。


 含んでいくとともに舌の上で収縮する。焦げ臭くなって、その全てを吐き出した。

 骨が露出し、血が湧いては降り注いで、温い血を被る。


 あの時も、そうしているべきだった。たとえいくら苦しくても。何故、抗おうとしなかった。何故、動かなかった。呼吸を止めていようとも。心臓の鼓動が止まっていようとも。


「ああああ……、ああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ……」


 何もかもを見てたのに……。

 ただただ呆然と……。


 彼女が笑っている未来さえあれば、自分はそれで………。


「―――――、―――――――――――っ」


 ああ……。額が地面にぶつかって跳ね返る。


「――――――――、―――――――っ」



「――――――、――――……」



 音が遠退いていく。遠くの方でルイスの声が………。

※因みに重たい荷物については主人公を神殿まで追う際に、予めルイスが近場に隠しました。ですので、現在のルイスは軽装となっています。

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