1.17 邂逅
短いと感じてしまったら、すみません。ここで十万文字を越えるつもりだったんですがね…………。
どうも書き過ぎるとテンポが悪くなってしまう気がして………。
「調子の方はいかがですか?」
「関節がほんの少し痺れを残している程度ですかね。 それ以外はもう治っているとは思いますよ」
「なら、いいんですが…」
取り敢えずは肩を回してみせる。
「付いて来てはくれないんですよね?」
「ええ。ここより先はまあ、許可が下りませんでしたので」
一歩手前で少女は突っ立っている。相変わらずあまり表情を崩さない。そこはかとなく内面の察し辛さを覚える。
「ですので、ここからはお一人でどうぞ。 ええっと……、お名前をお聞きしても?」
「ああ、まだ名乗ってませんでしたね。 僕は―――…」
…――――かつての巫女の名前を名乗っていいのだろうか。
「―――――エドガー…、エドガーと申します。 家名等は特にありません」
間を空けるわけにはいかなかった。神経質かもしれないが、念のため。
「では、エドガーさん。教団の教義や作法についてはどこまでご存知で?」
「以前、一通り叩き込まれたので、問題ないかと」
バレた際には………親にもらった名前とはいえ、かつての巫女の名前を名乗るのは気が引けたとでも言えばいいのか。今、思い付くのはそれぐらい。
後々、ルイスと話を合わせておくとしてだ。
「そうそう、ここでまだ勝手の分からない所とか色々とありますよね?」
「そうですね、今後もそういうことがあるかもしれませんし。ただ、この分だと問題はなさそうな感じですね」
「外出時には一声掛けてください、付き添います。 まだまだ不安はありますよね?」
「いいんですか? そこまで手を煩わせるわけには。他にも仕事があるでしょうに」
「それが私の仕事なので。今後、滞在する上で何か不手際があるといけません」
「でしたら、是非お願いしようかと。 僕としては大変、有り難いことだと思いますし」
抜け出す口実も考えておくか。
燻んだ石像が草陰に埋もれている。松明に照らされる入口。薄らと壁に何か描かれているのが見える。中に踏み込んだ。
どこからともなく香料の匂いが吹き抜けていく。天井はそんなに高くない。手を伸ばすとどこかにぶつかりはしないだろうか。
人一人が通れる狭い通路に並んだ壁画の数々。割れ目から小さな生き物が尻尾を巻いた。どこまで続いているのだろうか。先の方は真っ暗だ。
嗅ぎ慣れていないためだろう。どうもこの香料の匂いは苦手だ。鼻を擦る。
振り返ると入り口がまだ見えた。とはいえ、直に日は落ちる。
壁画の隅に僅かに黴が残っている。こっちに描かれているのは翼を広げた鳥、こっちは口を開けた魚だろうか。それ以外に見えるのは精々、足元ぐらい。慣れれば、もう少しいけるとは思う。松明は照らし切れていない。分かれ道は…………今の所はない。ずっと真っ直ぐだ。
「………………?」
今、声が聞こえた。ここより先の方から。声質は高くて、何となく覚えのある言葉。壁の松明の火が揺らめく。
広い場所に出る。点々と続く松明の灯りが途切れた。空に蓋をするようなドーム状の天井。
あそこにあるのは祭壇だろうか。中央に何人かの人が立ていて、火が灯っている。
ここは声がよく響く。祭壇の前で巫女と思しき女性が巻物を広げている。
その後ろに立ち並ぶ白い装束に身を包んだ顔の見えない人々。全員、何となく覚えのある身なりをしている。懐かしささえ覚えた。
天井に一際、大きな壁画が一枚。
両脇にいる人達の間を通って巫女の前まで行く。
自分のお腹を隠すように手を出す。脚は閉じて、なるべく背筋を伸ばした形で。
適当に、唱えられていく音に耳を傾ける。
やがて、粉を一摘みして静かに振り撒いた。
祝詞が終わる。
あちらが振り向くのを見計らってから、およそ目の合う前に片膝を床に付いた。俯いたまま体重を前に乗せる。
今のは上手く動かなかった。どこかで突っ掛かって思った通りの動きをしない。以前はもっと滑らかだった気がする。
体の変化によるもの、だけではないだろう。たった一日、休めば、自分でも気付くぐらいにやり方を忘れる。そんな話はよく聞く。
もう一個のやり方の方が良かっただろうか。そちらの方が簡易的だ。どちらかといえば、こちらの方が一般的ではあるのだが。
「………………………………」
次から切り替えておくとするか。いや、それよりも今のことだ。何とか失敗しないように。
巫女の首にジャラジャラと赤や深緑の種々の祭具が掛かっている。
「……………………、………?」
妙だ。そろそろ顔を上げる指示があると思うのだが。一体、どうしたのだろうか……………。
……落ち着け。何かしでかしたというのは十分にあり得る。だとすれば、ここで上手く切り返しておかなければならない。
杖が床に転がる。巫女の手から離れていった。音が反響し、ピタリとそれが目の前で止まる。
深く息を吸うのを堪える。あくまで平静であるかのように。せめて腹に力を入れる。俯いたまま可能な限り眼球のみを動かす。
「………………どういうことだ」
酷く揺らいだ声だった。彼女は後退っていったかと思えば、祭壇にぶつかって引っ繰り返す。何度か瞬きした。上にあった陶器やらが一枚また一枚と割れる。水浸しの床に水滴が落ちていく。
「あれはどんな日だったか………。 …まず、最初に剣を貰った。話を聞いたのは誰だったか………。 大勢の大人たち集まっていて数日掛けて済ませた。最後の最後にはとうとう元に戻らなくなった。皆………。そう、皆だ…。 あぁ………、見紛うことがあるわけがない。 ……ふざけるな」
布で隠された顔を手が覆う。
「どうしてお前が生きてる……………」
「―――――――っ」
上体が大きくよろめく。蹴りを入れられた。立ち上がり、歩いてきたと思った矢先に膝が突き出されてきた。胸部を抑え、手を地面に付いて巫女の方を見上げる。
布の奥から僅かに見えた目がこちらを見下ろす。ただ一直線に捉えている。
「あの日…、あの場所で…、確かに殺してやった筈だ…」
恫喝的な重く低い擦れた声が建物の中を木霊する。
というわけで次回はプロローグになりますね。本来ならこの章の一番、最初にやるべきだった部分です。主人公の過去に重要部分についてやろうかと。
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