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サヴァンブラタンナ  作者: 皆月 おき
第1章 朽ち果てた先で
12/22

1.12 樹海探索

 首に掛けた水筒の紐が下へ向かって伸びる。

 大木にぶつかりながら巨大な地を這う虫が足元を通り過ぎていく。木の上でじっと息を潜め、それを見送る。静かになった。周囲に他のはいないと思う。


「行ったのかな?」

「みたいですね」


 小声でルイスと囁き合うと枝から枝へと移る。鬱陶しい紐を肩に掛け直し、結んで体に固定した。彼の取り出した方位磁石を確認し合うと静かに木か下りていく。別の枝に足を掛けると乗っていた体重は消えて木の葉が僅かに揺れる。


 真っ暗な木陰に点が二つ光った。何もないと思っていた葉の裏などから次々とそれは現れ、蠢き、こちらを覗く。

 一斉に狭い枝の中を眼たちは飛び交う。鼠のような鳴き声にやたら五月蠅い羽音。蝙蝠だ。


「痛っ………」


 痺れるような痛みを感じ、足元に血が垂れた。一箇所からではない、足首や首筋などの数箇所からだ。

 自身の体を見れば、至る所に蝙蝠が纏わり付いている。奴らはこちらの肌に牙を突き立て血液を(すす)っていた。コートに覆われている箇所は痛くも痒くもないが、問題はそれ以外だ。(はた)いても(はた)いても新しいのが引っ付いてくる。


「――――――――っ」


 とうとう足場の悪い枝の上から足を踏み外し、何もない宙に体は投げ出された。木から転げ落ちていく。


 辛うじて頭から落ちるのを防ぐ。

 勢いでかなりの蝙蝠を振り落とした。すぐに体を起こす。大半の蝙蝠は落とされて木に戻っていったが、まだ一匹が自分の周りを飛び回っている。


 三本の短剣の内の一本を抜き、蝙蝠に突き刺す。奇声を上げ、まだ動こうとする。深々と刺さり、腹を貫いているというのに。

 地面に叩き付け、さらに深く押し込んでようやく息絶えた。

 残りの蝙蝠は完全に木の上に隠れ、姿は見えない。


「大丈夫かい?」

「まあ、何とか……」


 指は歯形だらけだ。恐らく首筋の方も。後からルイスが下りてきて、一緒に幾つかの塊が地に落ちた。手に取って分かったが、それは氷漬けになった蝙蝠だった。


「魔術ですか。近接戦闘もいけるんですよね?」

「一応ね。でも、それは君に任せるよ。そんな期待出来るものでもないからね」

「ええ、分かってます」


 氷漬けの蝙蝠を彼は袋に詰め、荷物の中へ仕舞った。


「何を?」

「役に立つと思ってね」

「そうですか」


 方向は確かこっちの方だった筈だ。再び進もうとする。次はどこから何が出てくるのか。一息吐く暇もありはしない。ここまでは大したトラブルはなかったが、次も上手くいくかどうか。

 樹木の太い根を越えたところで木々が揺れる。すぐに二人して一際、太い幹の陰に身を潜めた。まだ容貌は見えないが、確実に何かが大木の向こう側にいる。


 雫の滴る音だ。音のする方を垣間見れば、そこにいたのは自分の背丈の三倍はあるであろう毛むくじゃらな毛の塊。咀嚼している最中らしい。口元は汚れ、何かの生物の腕らしきものがはみ出ている。


 そして、それの目がひん剥かれた。不規則で疎らに幾つもの目が付いている。急いで自分の体を引っ込めた。


 気のせいだろうか……。

 今、目の内の一つと目が合ったような気がした………。


 いよいよ食事を終える。ひくつかせた鼻を地に近付け、匂いを嗅ぎ取り、こちらに足音が近付く。額に汗が掠める。逃げるなら今しかないだろう。一々、相手にしていくのは効率が悪い。

 同じように覗き見ていたルイスもまた無言のまま逃げる方向を指さす。

 妙に静かだった。


「「…………!!」」


 いない。

 ミシミシと音を立てて大木が傾いた。そこから顔を出す大きな目玉が三つ。今度こそ怪物はしっかりとこちらを見据えていた。いつでも飛び掛かってこられる。

 反撃できる体勢をとった。距離が近過ぎる。何をするにしても、反撃することを前提としなければならない。一体なら何とかするにして問題はその先。集まられると対処し切れない。


 周囲に警戒を張り巡らせる。じっと毛の塊を睨んだ。やるなら、手早く済ませた方がいい。初撃で終わらせられるならなおいい。その方が他の生物が集まってくる前にこの場から離れられる。

 体に必要な分の力だけを入れた。


「……………!」


 自分の前にルイスは左手を出して通せんぼをし、右手に持っている小さな瓶の蓋を開けた。


 ―――――瞬間、彼の姿を見失う。


 確かにそこにいた。なのに、煙の如く消え失せた。目だって少したりとも離したつもりはない。いや、それよりこの感じには覚えがある。


「よし、逃げよう」


 何もない所から声だけが聞こえ、手を引かれた。

 その時になって自分の目は初めてルイスの姿を認識する。透明になっているのとは違う。彼を目で追いづらくなったと言うべきか。いや、目だけではない。

 やや大きめの歩幅で直ちに去っていく。振り返ってみると毛の塊はあらぬ方向へと突っ込んでいく様子が目に映った。こちらの姿が見えていなかったのだろうか。


「一体、何を?」

「これを使ったんだよ」


 そう言って彼は蓋の開いた瓶を摘まんだ手だけを出してくる。中を覗くと何かの毛だろうか、短く切られて紐で束ねられていた。


「何ですか、これ」

「人狼の毛。気配を紛らわす作用がある」

「人狼というとあの人狼ですよね、人外の」

「まあ、そうだね。それを少し加工したものだけど」


 目を凝らしてその毛を見る。そういえば、今まで様々な人外を見てきたが、人狼は見たことがなかった。


「僕を背負って走ることは出来るかな? 僕に触れていないとこの毛の効果は得られないんだ」

「…………? やれと言うならやりますけど。大人一人とその荷物くらい、問題ないと思いますし」

「なら、それでいこう。その方が速いだろうしね。兎に角、急ごう。出来るだけ速く」

「………? ええ…」


 焦っているのだろうか。変にルイスは口が早くて立ち振る舞いに落ち着きがない。

 さて、どこまでいけるのだろう。彼の足を肩に乗っけた。何を入れたのか、意外と重さがあって尻餅をつきそうになり、力を入れ直す。支障はない。傍から見れば、小さな子供が大の大人を肩車している様となって一気に走り出す。


 葉の大きな植物を掻き分け、駆け抜けていく。水滴が跳ねる。太い根がこんがらがって凸凹とした大自然の坂道を駆け上がり、土壌が剥き出しとなった段差を飛び降りる。


 冷涼で湿り気が強く、どこまで行っても木々は白いまま。自生した植物が地面を埋め尽くし、鬱蒼と茂った枝は絡まり合う。日は差し込んでこず、ずっと薄暗いまま。草も花も纏わり付いた苔も葉の違う樹木も全てが白だらけ。


 時間の感覚が鈍くなってきている。進んでいるのか戻っているのか分からなくなるのも一度や二度ではない。まともに周囲を見ていると色覚が可笑しくなりそうだ。


 頭上に細い見覚えのある糸らしきものが垂れ下がってくる。すぐに視線を上に向ければ、天井のように覆い被さる葉や枝の中に張り付いているものがいた。引き返すことが頭に過ったが、襲ってくる気配がない。


 強いて言うならそれは(ひしゃ)げた猫の首に近かった。頭部と胴体が不揃いなのだ。垂れ下がる触手を避けながら恐る恐る怪物の下を通るも、拍子抜けするぐらいに容易く素通り出来た。


 やはりこちらの姿は見えていないどころか、音もあまり聞こえていない。


「…因みに、サーカスにもこれを使って忍び込んだんだけどね」

「ああ、どうりで。だとすれば、それってかなり凄いものなのでは?」


 思えば、サーカスで会った時も最後に彼は消えていったが、てっきりルイスの技術とばかり思っていた。彼の場合は道具によるもののようだ。


「その分、たくさんの難点があるんだ。…今も……それで色々と制限………されてるよ」

「今も?」


 慌ててルイスはは会話に割いていた意識を手元の瓶に戻した。どうやらそんなに便利なものでもないらしい。落ち着いたところで彼は再び口を開く。


「一度、蓋を開けた時点で効力は薄れ続けていくんだ、完全に効力が消えてなくなるまでね」

「…まさかとは思いますが、その毛は奥の手とかではなかったんですか?」

「……………そうだね、はは……」


 何となく微かにトーンが落ちている。とても乾いた笑い声だった。だとすれば、こんなに早い段階で切り札を切ってしまって大丈夫なのだろうか……。到着まで一週間かそこらだとルイスは言っていたが、まだ一日目だ。


「えっと、どうしてそのことを……? 」

「…理由はありません、ただ何となく言ってみただけです」

「まあ、でも。少なくとも状態はリセット出来た。それに、使わないでおく方が勿体ないよ」

「そうですかね…………」


 だといいのだが………。すぐに開き直ってルイスの声は明るくなっていた。


「効力が切れるまであとどれくらいですか?」

「ざっと半分くらいかな」


 もう半分しかない。まだそんなに進めていないというのに。


「その毛の入った瓶はまだ残ってるんですか?」

「残りはあと二本」


 替えも利かない。

 地面をさらに強く蹴った。だが、すぐに前に出した足を地に押し当て、歯止めを掛ける。速度が緩くなった所でまた走り出す。


「ナナシ君、どうしたんだい?」

「いえ、ちょっと足に嫌な感触が」


 痛みとまでは行かないが、骨にまでそれが届いていた。恐らくこれ以上はいけない。自分の体の方が壊れる。ただ、ここで多少の無理を許容しないと後でツケが回ってくる気がしてならないのだ。


「…少し進行方向がずれてる、…右に修正してみて」

「…ええ、分かりました」


 三匹四匹と怪物に鉢合わせるも、こちらと気付くことはない。自分ら二人がいない者のようだった。それらを飛び越え、突っ切っていくと光が差し込んできた。


 大きな溝の前に差し掛かって跳んだ。そこは珍しく空の見える場所。

 数時間振りに見えた太陽は頂点をとうに過ぎていた。昼を過ぎたくらいだと思っていたが、もう夕方だ。身を乗り出してよく見掛ける曲りくねった枝に手を掛け、溝を越える。枝が振れて蝙蝠が出てくるが、突っ走った。


「追ってこない?」

「木に登ってきた生物だけを襲うんでしょうか?」

「大方、そうかもね」


 全ての蝙蝠が枝から出ることなく、木の葉の中へと戻っていく。ただ、数匹は手が枝に触れていた際に襲い掛かってきた。


「効果は殆ど残ってないみたいだね、ここで降ろしていいよ」

「はぁ――…、もうですか…、分かり…………ん?」


 触れた幹が凹んでいて目を向けると、引っ掻き傷のようなものが付いていた。というより、周囲を見渡せば、至る所にそれがある。


「まさか…………」

「ナナシ君、何を―――…おっと……」


 急いで地面に耳を当てる。足音やらは聞こえた。明らかにずっしりと重量が籠った音。というか…、近過ぎやしないか………。ルイスを肩車したまま走り出す。ペチャリと粘っこいものが垂れる。


 大きな口が目の前に広がっていた。

 茂みの中からこちらを丸呑みしようと飛び出てきた。


 横に跳ねて喰らわれることを免れ、足を突き出して蹴飛ばす。出来るだけ強く、出来るだけ折れてしまわないように。ブヨブヨした肌から粘液が散る。大きな図体をひっくり返し、開けた道から自分は逃げていく。


 やはりここは縄張りだった。カサカサと音立てて背後では落ち葉が踏み荒らされていく。しなやかな前脚を回し、外に出っ張った眼がこちらを捉えている。


「もっとスピードは出せる!?」

「これ以上は無理です!!」


 先程ので撃退出来れば良かったのだが。刻一刻と迫り来ている。距離は縮まっていくばかり。遠くの方からは全く別の生物の鳴き声らしきものまで聞こえてくる。

 面倒なことになってきた。内心で舌打ちする。


「もうそろそろ夜かな…………」

「………!? ルイスさん、何を……!?」


 カリッと歯の上でものを噛み砕ていている音がして、そちらに目を向ける。ケースをルイスは取り出していた。いや、今は懐にケースの戻す所だったようだ。中に入っているのは黄色と白の入り混じった丸薬。それを口の中に彼は口の中へ放り込んだのだ。

この作品を読んでいただき誠にありがとうございます!!

楽しんでいただけたのなら、幸いかと。


また、感想や評価を受け付けております。作者自身にも把握し切れていない部分があるので、教えていただけたら嬉しいです。

作者のモチベーションアップにも繋がりますので、どしどしお待ちしております!

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