1.11 危うい雑貨屋
建物の構造からして店内に日は入りにくい。
天井にぶら下がっているランプが暗がりを灯していた。
やはり日用品が大半を占めている。
自分の時代ならこういった店でも剣の一本や二本は置いてあったのだが。もっとも、剣などあっても自分には使いこなせない。使ったことはあるが、結果は酷いものだった。
「アリッサ、銃弾とかは置いてないの?」
「うちの店を何だと思っている。 言っておくが、この店は百パーセント合法だぞ」
「あ――…。じゃあ、買った後にでも色々いじくったりすればいいか」
「おい、ちょっと待て。今度は一体、何をやらかすつもりだ」
店の奥の方ではルイスとアリッサが小さく口論しているようだった。
商品の一つを手に取ってみる。何をするための物かは分からないが、何やら文字や陣が刻まれていた。魔術の補助の役割を果たすものだろうか。自分には使えない代物だ。
口論を終えてルイスはこちらに戻ってくる。
「どうだい、ナナシ君。何か気になるものでもあったかい?」
「いいんですか、お金なんか出してもらって。多分、何も返せないかもしれませんよ」
「いいよ、それくらい。 気になるなら僕のためとでも思えばいいよ。店に入って買い物するのは久し振りだからかな。今、意外と心踊っててね」
「もしかして普段は農家か何かを?」
「…いいや。えっと、………。普段はちょっと人助けみたいなことをね」
はぐらかした。
今のはまあまあ分かり易い。
「流石にあの薬は置いてないんですね」
「まあ、それは流石にね。誰でも持てるものでもないし」
確かナズルというのがあの薬の名称だったか。効果は人間の能力の底上げ。主に人間が自身より身体能力で大きく上回る人外に対抗するためのものだ。
彼はもう一度それを懐から取り出して見せた。
「因みに、この薬は人外とかは飲んでも意味はないよ。一回、飲んでみる?」
「……ご冗談を。勿論、遠慮させていただきますよ」
何が起こるのか予測がつかない。自分を人外と定義していいのか。
身体能力は素の人間を大きく上回っている。小さな傷なら、付いたその日の内に消えてなくなる。にもかかわらず、人外特有の牙や角、羽毛や鱗、尾といったものもないのだ。
一体、今の自分は何なのだろう………。
「まず最低限、必要になるのはこれらの衣服だね」
「服ですか?」
「そう。他は…………後とで考えるとして」
壁に掛けられているズラリと並んだ衣服の方へ進んでルイスは指をさす。それから一着とってこちらに手渡した。
「これらの服は衝撃を吸収する繊維で編みこまれてるんだ。つまるところの鎧の代わりだよ」
「へぇ―…、軽い。こんなものまであるんですか、この時代は」
「じゃあ、僕はこれで。他に欲しいものがあれば言ってくれるといい」
取り敢えず歩きながら壁に掛けられた服を一着ずつ眺めておく。それから道具。植物が詰められられた瓶や古びたな壺が置かれた棚を通り過ぎる。
奇妙な形の鋏や工具など。武器になりそうなものはたくさんあるが、あっても自分には扱えるだろうか。まだ素手の方がいい気もする。
衣服の方はどうだろうか。
値段には大きな差異が見られる。自分からすれば、同じような物であっても。違いは何なのだろうか。見ただけだと違うのは色ぐらいだ。軽く引っ張たり縫い目を確認したりして一通り見ていく。
「………。ルイスさん、服はこれにします」
隅にあった一着のコートを指さす。
同じように何かを探し回っていたルイスはこちらに目を向けた。難しそうな顔をして彼は値札と睨めっこをする。他のに比べて一際、数字が大きいわけでもないし、単位が違うわけでもないのだが。
「まあ……、この値段なら。最悪、さらにツケが増えることになるけど」
「大丈夫なんですか、それ」
「大丈夫だよ、知り合いの店なんだから。頼み込めば、きっと融通してくれる」
「なら、いいんですが」
「おい。何故、ツケが通る前提で話を進めようとしている」
振り向くとニッコリとしているアリッサがそこにいた。
「弁明ぐらいは聞こうか。さもなければ、出るとこ出ることになるぞ」
「いや、ほら…。今、財布の中がすっからかんなんだよね。だから、ちょっと助けてもらいたくて……」
視線が逸れながらも、アリッサを前に畏まった態度をルイスはとる。
「ほう。では、その金欠の理由を聞こうか」
「え~と…、投資? 起業みたいなことしようとして全財産の殆どを注ぎ込んじゃって………」
「はぁ? 定休日に押し掛けておいてそれか。昔、さんざん口を酸っぱくして言っだろ、金はもっと計画的に使えと。大体、―――――」
「あ――…、ナナシ君。僕はちょっと向こうを見てくるから」
紙幣やら硬貨やらを自分に握らせてルイスは逃げ出していくように棚の向こう側へと去っていった。
「全く……、何を考えているんだか」
悪態をついてから、アリッサは頭を抱えた。
手を開いて握られている金銭の額を数えてみる。この国の金銭の感覚はまだ掴めてはいない。ただ、数字を見た所、足りてはいるようだ。一先ずはコートの代金の支払いを済ませてしまおう。
「会計をお願いできますか?」
「ん? あぁ、お釣りを渡す。付いてこい」
勘定台の方へ行くと床に木箱が散乱していた。いかにも整頓中という感じになっている。そういえば、定休日だと言っていた。
台の中から取り出した数枚の小銭を受け取る。立ち去ろうとすると木箱が行く手を阻み、重たい木箱を運んでいるアリッサの姿が目に付いた。
「大変そうですね、手伝いましょうか?」
「それはありがたい。ただ、軽い物だけにしてくれ。本来なら、君は休んでいるべきだからな」
「ああ、確かに。分かりました、そうさせてもらいます」
辺りを見渡し、近くの軽そうな木箱を選んで手を伸ばす。
「おっと、それには触れるな。廃人になる」
「えぇ!?」
慌てて手を引っ込めた。
「いや、それじゃない。その隣にあるやつだ」
「隣?」
この木箱の隣というと、蓋が開きかけているもののことだろうか。
「念のために確認しておくが、中身には触れてはいないだろうな?」
「え、えぇ……」
怪訝な顔をアリッサはした。それを確認すると彼女はパチンと指を鳴らす。小人のような形をした二体の土塊は台から足元に下り、力を合わせてその軽そうな木箱をゆっくりとゆっくりと運んでいく。奥の棚へと仕舞い、鍵を掛けた。
「もう他のは大丈夫ですよね?」
「ああ、あれだけだ。すまない、もっと早く言うべきだったな」
「何だったんですか、あの木箱は」
中身は何かしらの部品のように見えた。それもまた用途は分からないが、錆付きや擦れ具合からして古い物なのだろう。
軽そうな箱を拾い、アリッサの指示の通りに棚へ押し込む。
「呪物だよ、処理出来ないから仕方なく預かってる」
「……………!」
目を見開いた。自身の中でそれはただ乱雑にノイズのように反響していく。気分が悪い。全くの不意打ちだった。ルイスと会ったばかりの時を思い出す。確かに彼は呪物という単語を使っていたのだ。確かに―――…。
「……? おい、どうかしたのか?」
「…あ、いえ」
大丈夫だ、何の問題もない。
「…呪物ですか。確か呪術が施された道具のことでしたっけ?」
「それだけじゃない、人体またはその周囲の環境に甚大な害を及ぼす魔術的な物体の総称でもあるな」
「魔術の専門家に頼まないんですか?そういうのを取り扱ってくれると聞きましたが」
「やってくれる奴は少ない、大抵は副業だ。腕の悪いのに当たると被害が拡大する、ぼったくられるのまだいいとしてな」
「成程」
「現状からして人手が足りてないんだろ」
当たり前と言うべきか、どんな世でも必ず問題は生じる。今の世の中とてそれは例外ではないようだ。
「ところで、ルイスは君に何かをやらせたりしたか」
「………。何かというのは?」
「具体的に言うと、今の君に戦闘を強要したとか」
「そんなことはありませんでしたよ」
「いや、でもな。右の袖の辺りが汚れていないか?」
「…………………」
……今のは鎌を掛けたのだろうか。
危うく咄嗟に出しかけてしまった手を抑える。何かをすると不審に思われるかもしれないので、出来るだけじっとしたまま動かないように。いや、ちょっと待て。それだと逆に怪しいのではないのか。やはり確認してみる。出来るだけゆっくり、出来るだけ自然に、動揺を表に出さずに何も分かっていない様子で。
「………何も付いていませんよ?」
「おっと、それはすまない。どうやら、私の勘違いだったようだ」
「まあ。それに似たことはお願いされましたよ、断ってそれでお終いでしたけど」
「一応、そこそこ成長はしてはいるのか………?」
どうやら納得してくれたようだった。それにしても、善人を騙すのは気が引ける。彼女も鎌を掛ける際に嘘を吐いたので、それでお相子にならないだろうか……。
箱を棚に置き、手を払って汚れを落とす。粗方、目ぼしいのは運び終えた。
「アリッサさんはルイスさんと付き合いは長いんですか?」
「いいや、全く」
「え、そうなんですか? 何だか少し意外ですね」
「大体、二年半ぐらいだったかな。何なら私の三倍は付き合いの長い奴が大勢いる」
「へぇ―、そうでしたか」
「…実際、会うのも七年振りだった。七年前に蒸発までしてくれたわけだしな。以後は完全に音信不通」
「七年も?」
眉に皺を寄せてアリッサは苦い顔をした。
彼女からしてみれば長らく消息の途絶えていた男がつい三日前、急に訪ねてきたということになるのか。しかも、大怪我をした子供を抱えて………。
「あとはルイスに聞け、これ以上は私が語ることでもないしな」
「…まあ。その内、聞いてみますよ」
決して今ではない。この段階で下手に踏み込んで軋轢が生じるのも困る。
やることもやったので、ルイスの様子を見に行くことにした。
「では、僕はこれで」
「アリッサ、これも売り物なのかな?」
丁度、ルイスが棚の影からひょっこり顔を出した。こちらに寄ってきて台の上にあるものを置く。古びたベルトだっだ。それに三本、そこには短剣が差してある。
「……………! どこでこれを?」
「棚の奥の方に挟まってたんだ。見付けたのもほんの偶然なんだけどね」
「とっくの昔になくしてたと思ってたんだがな……。 まあ、いい。どうせもう使わないと決めた物だ、ただで譲ってやるぞ」
「…本当にそれでいいのかな? まあ、確かに嬉しいとは思うけど……」
「ただし――――」
彼女は言葉を繋げる。頬杖をついてアリッサはこちらの方を見た。
「お前にじゃなくて、ナナシ君にだが」
急に話の矛先は自分に向けられる。
「え、僕にですか?」
確認のため自身を指差した。
「ああ。ルイスはそれでいいな?」
「別にそれで構わないかな。元々、そうするつもりだったし」
「そういうわけで餞別代わりだ、持っていくといい」
そう言ってアリッサはベルトを差し出してくる。何故だか自分が関与する前に話は終わってしまった。
「貰えるなら貰っておきますけど、いいんですか?」
「これから役に立つことになる。だって、明日から南の白い樹海に向かうんだろ?」
「あれ……? 僕、そんなこと言ったっけ?」
「それだけは察せた。七年経っても、欠点の方は相変わらずのようだな。ルイス」
「えぇ………」
意地悪い笑みを浮かべたアリッサに対し、深刻なショックを受けた様子で隣にいるルイスは声を上げた。もの凄く口元が引き攣っている……。一体、二人の間に何があったのかだろう………。
「そういえば、近日中にその樹海に軍の調査隊が派遣される噂があったな」
「へぇ――…、軍がですか」
どうも軍には忌避感がある。人外にとっても人間にとってもあのサーカスの団員はお尋ね者なんだという。それに加担していたとなると、自分も立派なお尋ね者になるだろう。
「へぇ――…、どんな人が派遣されるんでしょうかね」
「噂ではジェラ…………、三メートルの巨漢だとか」
「へぇ――…」
受け取った短剣を抜いてみた。使い慣れてはいる。剣や他の武器よりはいいだろう。
どれも鈍い金属光沢を帯びていて、錆び付いてはいない。装飾品とも違う。これは使うためのものだ。加減を間違えて壊れたりはしなさそうではあった。
「すみません、本当に助かります」
「気にするな、大したことじゃない」
アリッサにお礼を言って取り敢えずルイスと二人、店を後にする。
外に出ると日はすっかり落ちて来ていて辺りは暗くなり始めていた。まず買ったばかりのコートを広げて空にかざしてみる。
短剣が差してあるベルトを腰に巻き付けた。それからコートに袖を通す。
「ありゃ………」
やはりブカブカだった。店の中におよそこれと同じくらいの大きさのしかなかったので、仕方ない。まだ服の裾は地面を引き摺っていないので、大丈夫だろう。
袖を捲れば、手は出る。ボタンは上半分だけ留め、敢えて下半分は留めないままにしておく。その方が足の可動域の邪魔にならない。第一ボタンを留めるとどうも首が締め付けられるように感じて窮屈に思えるが、留めておかないとずり落ちてしまう。第一ボタンも留めておく。
「因みに、そのコートを選んだ理由は?」
「丈夫さからですかね、それで三つに絞り込みましたが」
微妙な顔をルイスはした。
言いたいことは分かる。コートの左には○印、右には×印が白い糸で刺繍されていた。歪なデザインだ。センスが悪いと言われれば、それまでだろう。
「まあ……、個性的だとは思うよ」
「それとあと動き易さで………………あれ?」
どうしてこれを選んだのだろう………。
間違いなく実用性という面もあると思うが、それだけじゃない気もする。喉の奥に小骨が突き刺さっているみたいな気分だ。そんな複雑なものでもないと思う。もっと単純で………。
自身が身に着けている真っ赤なコートを見る。
「そういえば…、赤はナナの好きな色だったな…………」
空を見ると薄らと傾いた月が浮かんでいた。もうすぐ一日が終わる。
そして、始まる。
◆
丘の下から音を立てて突風が吹いた。
眼前には一面、白銀の世界が広がっている。一瞬、雪が降っているのではないかと勘違いしてしまいそうになった。でも、雪が降っていないことなど足元に散らばる落ち葉を見れば、一目瞭然だ。
凍てつくような寒さなんてない。丘の下に広がっているのは広大な樹海であり、幹が、枝が、葉が、それ自体が白いのだ。それこそが地図上で白く塗られていた理由。少なくとも遥か遠方に見える山々にまでそれは続いている。
「どうだい、実際に樹海を見た感想は?」
「こう言っては何ですが、何だか綺麗ですね」
「綺麗か。亡者の巣窟なんて呼ばれたりもするんだけどね」
今の所は静かだ。とても聞いた話の通りの危険地帯とは思えない。
背後には、廃墟の群れ。どれも緑に覆われ、今では人の気配はない。しかし、人の営みの痕跡は確かにそこにあった。
「大昔だけど、あの白いのは毒だって噂が広まったんだ」
「へぇ――…。それで、それは本当だったんですか?」
「いいや、根も葉もないデマだって証明されたよ」
空には二羽の白い鳥。自由気ままに空を羽ばたき、樹海に向かって滑らかな曲線を描きながら下降していく。突風をものともしない。彼らの進むべき方向へと真っ直ぐに。
―――――――喰われた。
弾けてしまったように鮮血が飛び散った。
残された一羽は赤く濡れ、失われた番いを追い求めて辺りに羽を巻き散らす。飛び去っていくことも止めて同じ場所を回る。
何の前触れもない。木々の付近を飛んでいた一羽を突き出たそれは飲み込んでいった。大きな口だったと思う。木々の中へとそれは埋まり、断末魔が上がることもなかった。
綺麗という言葉は相応しくないんだと気付く。そんなのは薄っぺらい表面を捉えたものでしかないんだと。これより先は魔境だ。踏み込めば、危険が伴うことになるだろう。
「準備はいいかい?」
頷いた。確認を取るとルイスは大きな荷物を背負って先頭に立ち、丘を下っていく。
「怖いな………」
最後に一つだけ弱音を吐いて緑と白の境目を越える。
彼に続いて丘を下っていった。
この作品を読んでいただき誠にありがとうございます!!
楽しんでいただけたのなら、幸いかと。
また、感想や評価を受け付けております。作者自身にも把握し切れていない部分があるので、教えていただけたら嬉しいです。
作者のモチベーションアップにも繋がりますので、どしどしお待ちしております!