第98話 亡霊からの救援
ついに出張って来ましたね。働かないとシアンに解雇されちゃうぞ、ソーヤくん。雇用主がニートだけども。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
「なんか違和感がある…!」
光の魔物シャーリーンがそう呟くと、アリオは立ち止まった。
「どういう感じ?」
「なんかこう…もぞっとする」
「そうそう! もぞっとするのよねー!」
水の精霊のコーデリアが、楽しそうにシャーリーンへ相槌を打つ。遠足気分の2人を見て、アリオは深いため息をついた。
「罠がありそうなのを教えてくれるのは助かるんだけど、もう少しだけ具体的に分からないかな?」
困り顔のアリオの前に、タイタンが泳ぎ寄って来る。その周りには白骨がゴロゴロと散らばっていたが、原型をとどめていない者も多かった。死体を見るたびに、かつて3年間暮らしたドロアーナの街が思い出されて胸が痛んだ。
テオドールに倣い弔ってやりたかったが、痛みと痺れで、そんな余裕もなければ時間もない。
いい加減、精霊たちのふざけた会話に疲れてきたが、「きゅ?」と首を傾げるような動きをする鯱を見ると、自然と笑顔になる。
撫でようとそっと歩み寄ったが、シャーリーンはそんなアリオへ声を掛けた。
「具体的…と言うなら、多分お前が今踏みそうな、それだ」
「え?」
アリオがまさかという顔をすると、前に踏み出した右足がわずかに沈み込んだ。彼が慌てて後ろへ飛び退くと、目の前で左右から無数の槍が飛び交い始め、何か大きな仕掛けが動く鈍い音がした。
辺りを見回しながら音に耳を澄ませる。すると、目の前で飛び交う槍の向こう、左手に隠し扉が開くのが見えた。
しかし、仕掛けが動く不気味な揺れは収まる様子がない。アリオは目を瞑って音の方向を確認すると、パッと目を見開いて上を見上げた。通路の幅程ある鉄球が頭上に浮かんでいる。
真っ青になると、アリオは咄嗟に通路の左端へ転がり込んだ。凄まじい轟音と共に巨大な鉄球が床へめり込む。
倒れ込んだまま、ゆっくりと目を開ける。
床に伏せたことが幸いし、鉄球と床のわずかな隙間に身体が逃れていた。鉄球の落下と同時に、槍は飛び交うのをやめ、目の前はしんと静まり返っている。
アリオは鉄球の下から這い出して立ち上がると、足元と壁を慎重に確かめながら、通路の左手に開いた隠し通路へ手を掛けてよじ登った。
隠し通路の上で息を整えると、ゆっくり奥へ歩き始める。しかし、妙な気配に後ろを振り返ったシャーリーンが、アリオへ向かって叫んだ。
「アリオ後ろだ!」
シャーリーンの声に振り返って、隠し通路の外側を見ると、正面の壁石に1枚分の穴がぽつんと空いている。
顔から血の気が引くと同時に、一際大きい槍が1本飛び出すのが見えた。迫り来る槍を、彼は横へ避けようとしたが、全身に電気が流れる痺れで急に立ちくらみがした。
それを見て、コーデリアが慌てて水を盾状に展開させる。アリオは間に合わないことを悟るとギュッと目を閉じたが、しかし、槍は水の盾の手前で止まった。
自分を穿ったはずの痛みがないことを不思議に思い、ゆっくりと目を開く。頭を押さえながら前を見据えると、水の向こう側に、背の高い男の人影が見えた。
どうやら彼は、アリオへ放たれた槍を片手で掴み取ったようだった。
アリオが「誰…?」と尋ねると、隣に立っている輝く美人が、驚きを隠せずに呟く。
「ソーヤ…!」
水の盾が消えると、ソーヤはアリオへ振り返った。
彼は黒髪短髪の青年で、以前に会ったシアンよりも少しばかり年上のように見えた。ゴージャ王のような大柄なタイプではなかったが背は高く、旅人に相応しい、動きやすい軽装をしている。
「え…? ソーヤって、声だけ聞こえてたソーヤ・グラハム…?」
アリオは混乱した様子でソーヤを見つめた。彼は「そうだ」と生返事をしながら、掴んだ槍の刃先をなぞる。それを見て慌てて警告した。
「あんまり不用意に触らない方が…」
「ああ。毒が塗ってあるな。安心しろ、元々俺に毒は効かない」
「え? そうなの…?」
毒が塗ってあると聞いてドキッとしたが、目の前の青年にとって、それはどうでも良い様子だった。それよりも槍の使い勝手を調べることに集中している。
「カヴァリエ家の護衛をするなら、毒見も仕事のうちだからな」
ソーヤは手元から魔法陣を出すと、槍に何か魔術を掛けたようだった。
彼の魔法陣は黒い煙のようなもので描かれ、その縁が濃い紫色の光で輝いている。そうだ、彼は槍だけでなく魔術を使えるのだったとアリオは思い出した。
突然、地面が地震のように大きく揺れた。
「なんだ? 出発した時に似てる…?」
アリオが不安そうな表情で疑問を口にすると、ソーヤは顔色ひとつ変えずにそれに答えた。
「やっぱりダメか。この術式、結構自信あったんだけど、これはゴージャ王にバレたっぽいな」
そう言うと、彼は右手に持った槍を肩に掛け、アリオへと近づいた。そして、状況を飲み込めずに立ち尽くしているアリオの胸に、彼は左の掌を当てた。
アリオは驚きを隠せず、冷や汗を浮かべながらその手を見つめる。
「痛かっただろう。我慢し過ぎだ」
彼はアリオへそう言うと、左の掌をゆっくりと胸から離した。すると、アリオの胸から彼の掌に向かって稲妻が走り、雷が球状に浮かび上がる。ソーヤは事も無げにそれを握り潰した。
急に身体が軽くなった。身体全体に刺さっていた棘が抜けたように清々しい。アリオは戸惑いながらも礼を言った。
「あ…痛く無くなった…ありがとう」
「今度から、もっと気を付けろ。聖剣の鞘に魔法耐性の魔術を掛けたのは俺だが、あの魔導士が殺す気で精霊を扱っていたら、死んでたかもしれないぞ」
それを聞いて、アリオは驚いた表情になった。死んでいたかもしれないという言葉よりも、聞き捨てならない説明があったからだ。
「え? シアンが加護を授けたんじゃないの?」
「そこに気付いたのか、偉いぞ。シアンは俺に魔術を掛けさせておいて、さも自分がやったように、偉そうに君に鞘を渡したわけだ」
彼がアリオに微笑むと同時に、辺りの揺れが収まる。揺れの収束を確認すると、ソーヤは目を閉じて何かを調べ始めた。




