第95話 待ち受ける者
ナズナが主人公でゆるふわ系を書くのも楽しそうだ。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
「正気を失うとは、本当にお恥ずかしい限りです」
ナズナとマックスは肩を落とし、先を進むルカの後ろをとぼとぼと歩いていた。彼はシャーロットに教わった通り、2重の魔法陣を足元に出し、目の前の通路を探索している。
『選定の間』より先に進み始めた途端、通路に白骨死体が転がり出したので、ルカはいつになく緊張していた。魔力があるのは自分だけなのだから、責任重大である。
「え? 何か言ったかな…? いやさ、この魔術、本当に集中力が必要で。ロティは器用だな。こんなに魔力効率の良い方法で、物理探査と魔力感知が出来るなんて…あー。みんな止まって」
ルカの言葉に全員が足を止めると、ルカは指先を自分の目線より高い位置へ差し出した。すると、水で小さな魔法陣が描かれ、そこから細い光が目の前の天井へ発射される。
その瞬間、マックスは嫌な気配を感じてナズナの手を引き、ルカの左手へ駆け出る。腰に差していた小刀を抜くと、横から飛び出して来た矢を次々と薙ぎ落とした。
残りの矢はルカの小さな防御魔術で防がれ、地面へパラパラと力無く落ちる。彼は申し訳なさそうにマックスへ詫びた。
「本当にごめん! また前に出過ぎちゃったなあ。君が居てくれて本当に良かったよ…」
ルカは今回呼ばれた魔導士の中では1番戦闘力が低く、もはや平謝りだ。しかし、魔力の全くないマックスは、そのことについて気にも留めていなかった。彼が先ほどから落ち着かないのは、罠のせいではない。
「それにしてもこれ、落ち着かないなあ」
マックスが後ろを振り返ると、従者よろしく、2足歩行の猫たちが、3人の後ろを隊列を組んでついて来ていた。
「ま、まあ、可愛らしいですし、この桔梗の通路では猫妖精は戦闘を行わないというのは、幸いではないでしょうか」
ナズナは微笑みながら、手前の猫妖精へ歩み寄る。そして、歩きながら頭を撫で始めた。白黒茶の3色の毛色をしたその猫は、気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「ところで『書籍の間』は広過ぎるせいで、通路を歩く必要がほとんどないって話は本当なのかな?さっきから結構進んだような気がするんだけど…」
先頭を行くルカが、不安そうにナズナへ問い掛けた。ナズナが猫を撫でながら「はい、そのはずです」と返事を返すと、ルカはまた立ち止まった。
ナズナとマックスは緊張した面持ちで、次の罠へ身構える。
ルカは眉間に皺を寄せながら手を差し出し、そして「あれ?」と呟いた。後ろの2人が不思議そうな顔で前を覗き込むと、彼はこう言った。
「これは罠じゃないかも…」
彼は先ほどと同様に水の魔法陣から一筋の光を床板へ放った。すると、その1枚の床板が沈み込み、自分たちが乗っていた床が正方形に沈み始めた。
沈み込む床へ、猫妖精たちが乗り遅れまいと次々飛び込んで来る。
ナズナは撫でていた三毛猫をゆっくりと抱き上げた。
「もし罠だったら、これ助からないかもですね」
ルカとマックスはまずいという表情でナズナへ頷き返した。3人は上を見上げて、先ほどの階層が遠のいたのを確かめると、自分たちが無事であることに安堵し、一斉にため息をつく。
しかし、ため息をついたのも束の間、突然前方から明るい光が差し込んだ。
やがてその光が差す隙間は大きくなり、床板は下がるのをやめた。目の前にはオレンジ色の炎の松明がめらめらと焚かれた、正方形の不思議な空間が広がっている。
3人がその正方形の広間に歩み出ると、奥の石造りの玉座に黒衣を纏った少年が座していた。金色の瞳に、肩の上で切り揃えた直毛の艶やかな黒髪をしたその少年は、10歳〜12歳程度の年齢に見えた。
彼は脚を組み、玉座の肘掛けに右手を突いて顔をもたげている。精悍な顔付きでしばらく3人を見つめると、彼は腰掛けたまま微笑んだ。
「アジフ以外の客は何年ぶりかな」
そのただならぬ様子にルカは一歩踏み下がり「あの子が…?」とナズナへ問い掛けた。
正面の少年をしっかりと見据えると、ナズナはぽそりと呟いた。
「はい。アジフさんからの情報と容姿が一致します。彼がおそらく『書籍の間』を管理するという概念の魔物…"知恵"の魔物です」




