第94話 吸血鬼と魔導士
この人、予想以上に良い人になってしまったな。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
シャーロットは足元に2重に魔法陣を広げ、『絡繰の間』へと続くアベリアの通路を進んでいた。古代文明の通路に照明は無く、シャーロットの明るい魔法陣が壁の抽象画を照らし出している。
その横を、人の姿に戻ったカミーユが歩く。長身細身の彼は、真っ白な肌に襟足の長い金髪をなびかせ、真っ黒なローブを着ていた。爛々とした紅の瞳に、口元には吸血鬼特有の鋭い牙が覗いている。
「それで、アリオだけはぐれたというわけか…死人は出さない予定だっただろう。大丈夫なのか?」
シャーロットは眉をひそめると、左腕でカミーユを制止して立ち止まった。彼女が右手の杖から小さな青白い稲妻を発射すると、少し離れた場所の石畳みの1枚へ当たり、その1枚が下へ沈み込む。
瞬間、目の前で右手の壁が丸ごと飛び出し、左腕の壁へぶつかった。塞がった通路にパラパラと壁のカケラが落ちる。
足元が少し揺れ、大それた仕掛けが動く音が辺りに響き渡っていく。音を頼りに右手を見ると、壁が開いて隠し通路が現れるところだった。
「…やれやれ。アリオはスライスどころか、薄くプレスされているかもしれんぞ」
予想通りではあったが、古代文明が作った通路には白骨がゴロゴロ転がっていた。罠が動くたびに骨が砕かれて塵となる。
表情には出さないが、この良識的な吸血鬼はアリオのことをかなり心配していた。一方、相方の魔導士の方はといえば、さして彼のことを心配していなかった。
「君は心配症だな。彼はそんなにヤワじゃない。エリーから聞いた話だが、彼はこの国に来る前は外の売春宿で露払いをしていたらしい」
あまり知りたくなかった少年の過去を聞いて、吸血鬼は遠くを見る目で呟く。
「……世も末だな」
2人は右手の隠し通路へ踏み込んだ。シャーロットは進む先に注意を払いながら、彼へ話し掛けた。
「そうそう。実はさっきアリオと話していて、自分で言うのもなんだが、私の言葉に妙な違和感を覚えてね」
「違和感? なんだそれは」
急に略奪とは関係なさそうな話題を振られ、カミーユは面倒くさそうに相槌を打つ。
「私はアインの外には出たことがないが、この世界の理は我々のいた世界の昔の時代に近いと解釈していてね。少なくとも、タトラマージの居た世界よりは近いと思っている」
タトラマージと聞いて、カミーユは顔を顰めた。
彼女とは150年前に知り合って以来の腐れ縁だが、ろくな思い出がなかった。異邦人の中でも規格外の戦闘力の彼女は、ゴージャ王が魔力封印を施しているほどだ。
「あいつは色々とめちゃくちゃだ。月光を浴びれば食事もいらないし、我々でも驚くような奇行をたまにやる」
カミーユは頭が痛そうに額を押さえる。その様子を笑いながら、シャーロットは再び彼を左腕で制止した。
彼女が右手の壁へ杖を振ると、壁に描かれた抽象画の人の目が押し込まれた。瞬間、目の前の天井から無数の金属製の三角錐が落下し、床へと次々に刺さる。
「それで、違和感とは?」
仕掛けが大きな音を立てて動くのを待ちながら、カミーユは彼女へ問い掛けた。一応、質問に答える気はあるのだ。
「うん。古代種族である君に意見を聞いてみようと思ってね。500年前、かのシアン・カヴァリエが聖剣の力で光の精霊と同化していたというのだが…おっと」
2人は天井に大きく開いた隠し通路を確認すると同時に、背中に気配を感じた。
「……やれやれ。猫は好きなので、穏便に行きたいのだが」
「俺は猫は苦手だ」
2人が振り返ると、無数の眼が爛々と輝いていた。




