第91話 国家魔導士との戦い
ユリアンさんも結構優秀な人です。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
魔法陣の中からは、ゆっくりとした足取りでユリアンとダミアン、そしてその後ろからわらわらと猫妖精がついて出てきた。
女性にしては身長の高いユリアンは、いつも通り凛と背筋を伸ばし、長い黒髪を後ろで丸く結い上げている。そして城で指定されている伝統衣装の制服に、口元を薄い布で隠していた。
そのユリアンと同じほどの背丈のダミアンは、しっかりと軍の防具を身に纏い、短く刈り上げた黒髪はよく見えなかった。ユリアンの切れ長の黒目とは対照的に、彼の蒼い瞳が際立っている。
教え子のアリオとマックスを見て、にっこりと笑うダミアンの威圧感に、2人は思わず一歩後ずさった。彼らの代わりに、シャーロットが彼へ微笑み返した。
彼女が相手に分からないよう、指先を動かしているのをアリオは見逃さなかった。
「我々程度に、わざわざ軍事長官様までご足労下さるとは申し訳ない」
事前情報とは異なり、ダミアンが出張って来たことで、シャーロットは内心焦っていた。
彼女の軽口に、ダミアンはユリアンを横目で見やる。
「今月は人数が多い気がすると彼女が言うので、1人で相手させるのもなんだと思っただけです。しかし、久々に盗賊団でも入ったのかと思えば、まさか教え子とは」
ダミアンが真剣を携えていることを確かめて、アリオはシャーロットへ目配せする。すると、彼女は小声でアリオへ耳打ちした。
「1週間前に話していた老師が歌っていたという歌、なんとか思い出してくれ」
アリオはハッとした。シャーロットへ小さく頷き返すと、背中の聖剣を引き抜いて構える。
それを見て安心したのか、ダミアンは剣の柄に手を掛けた。
「良い判断だアリオ。今日はこいつを抜くぞ」
ルカとナズナはお互い目を合わせて頷くと、気遅れしているマックスの服を背中側から引っ張った。
その動きを見咎めたユリアンは、目を細めると両手を前に差し出す。至って冷静な口調で、彼女はこう言った。
「申し訳ありませんが、国賓が同行されているとはいえ規則ですので。蔓よ、捕らえよ」
足元の石畳みがぐらぐらと揺れると、あちこちから植物の太い蔓が刺すように飛び出した。
それが合図とばかりにダミアンがアリオに飛び掛かる。正面からの剣撃を聖剣で受け流したが、彼は攻撃の手を止めなかった。
シャーロットがアリオたちに分からない言語で呪文を唱えると、その場に居るメンバーの足元で青白い魔法陣が輝いた。
床に展開したその魔法陣は上に立つ人間が動くとついて周り、魔法陣に触れた蔓はたちまち枯れて灰となる。
「やはりあなたを真っ先に叩かなければなりませんね」
ユリアンは一足飛びでシャーロットの懐に飛び込むと、右手を握りしめて拳を打ち出した。彼女は紙一重でそれを交わしたが、ユリアンの拳はまるで帯電したように緑色の稲妻に包まれていた。
「痺れ魔術の一種かな?当たると痛そうだ」
シャーロットは冷や汗を流しながら、空中から短い木の杖を取り出し、それを一振りした。杖から出た光がユリアンの足元へ命中すると、彼女の足から腰に掛けてあっという間に氷漬けになる。
捕らえられたユリアンに、ダミアンが一瞬気を取られた隙に、アリオは彼の剣を大きく振り弾き、桔梗の通路の前で立ち往生するマックスたちの側へ駆け寄ろうとした。
しかし、彼は背を向けたアリオを見逃さなかった。橋の上での彼の剣撃を、アリオは咄嗟に左手へ転んで避ける。
「砂よ!」
エリアーデが大きな木の杖を振り、サニータへ指示をすると細かな砂が舞い上がり、わらわらと2足歩行で湧いて出る猫たちは痛そうに目を塞いだ。
起き上がってダミアンの剣を受け止めたアリオを、彼女は心配そうに見やったが、サラマーロがそれを窘める。
「エリー、目の前のことに集中! 猫妖精は私がなんとかするから、あなたは侵入方法が分かったらすぐに入れるようにして。ユリアンとダミアンは、通路より先への侵入は禁止されてるから」
周りを見渡すと、すでに全ての通路が蔓植物で塞がれている。エリアーデが答えるように頷くと、サラマーロの右手から光り輝く見事な竪琴が現れた。
サラマーロの身長ほどあるその大きな竪琴は、豪奢な金装飾で作られており、虹色に光を反射する艶やかな白糸が縦方向に何本も張られた見事な逸品だ。
サラマーロが幻琴クリュエーシュを奏で始めると、広間は穏やかな音色に包まれ、マックスとナズナは頭の中に靄が掛かるようななんとも言えない気持ちになった。
アリオへ襲い掛かっていたダミアンは、急に体勢を崩して兜を被った頭を抱えたが、なんとか正気を保った。彼はアリオを睨み付けたままゆっくりと離れ、ユリアンの方へ歩み寄る。
ルカたちへ飛び掛かろうとしていた猫たちがふにゃふにゃとその場に崩れ落ちると寝息を立て始めた。エリアーデが目潰しした猫たちも同様である。
「血は争えないな…さすがはゴージャ王が惚れ込んだ伝説の盗賊の末裔だ」
ダミアンはふらふらと歩きながら、悔しそうにサラマーロを睨み付ける。
ルカはぼうっとしたまま立ち尽くしているマックスとナズナを側に抱き寄せると、駆け寄って来るアリオへ先を譲った。アリオは桔梗の通路へ近づく。
「この先が書籍の間だな」
そう言うと、聖剣を大きく振りかざす。聖剣から水の刃が飛び散ると、通路を塞いでいた蔓植物がハラハラと崩れ、中央に人が通れるほどの穴が空いた。
アリオは「早く!」とルカへ駆け寄り、マックスの手を引く。ルカはナズナを抱き上げると空いた穴の中へ入り込んだ。彼は通り過ぎ様に、チラっとアリオの背中へ目をやった。
「そうか……その聖剣の鞘、魔法耐性の魔術が施されてるのか。魔力持ちの僕でも結構くらくらするのに、大したものだな」
アリオはマックスに「しっかりしろ!」と言いながら彼を通路の中へと押し込む。そして、ルカの言葉で3年前にシアンから鞘を渡された時のことを思い出した。
――『これが聖剣の鞘だ。君の側を守る程度の加護は込めておいた』
その言葉と共に、急にドロアーナの街で過ごした日々が頭をよぎった。
コーデリアが足元に作った水溜りに自分が映っている。それを見た瞬間、テオが橋の下で水面を眺めながら良く歌っていたことを思い出した。
今は船頭をしているはずのあの浮浪者が、覇気のない顔でテオの前を通り過ぎながら、彼へ問い掛ける。
――『なんだ? 意味の分からない歌だな』
――『冒険がしたくなった時に思い出すと良い』
――『……冒険?』
――『アリオに言ったのさ。1番困難な道は行くまでの過程が面白い。辿り着いた先に喜びがあるものさ』
テオが笑うと、一気に意識が現実へ引き戻された。
「無理しておっさん臭く喋ったりして、本当に変わってたな…」
アリオは微笑みながらポツリと呟くと、エリアーデへ向かって叫んだ。
「エリー! カトレアの通路だ!」
その言葉にタトラマージがニヤリと顔を歪ませると、背中に例の攻撃的な魔法陣を構えた。ユリアンが鋭い目付きでそれを見咎める。
「『禁断の間』が狙いとは……手を抜き過ぎましたね」
ダミアンが頭を押さえながらユリアンに近づくと、彼女の氷漬けにされた下半身がバリバリと白い電流に包まれ氷は跡形も無く蒸発した。
そして、全員の足元にシャーロットが張った魔法陣も同じく電流を帯びて消え去った。




