第90話 『選定の間』
やっとバトルっぽいのに入ります。ていうかこの広間、どれだけ水が出てるのでしょう。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
アリオとシャーロットが魔法陣を抜けると、そこは地下広間の倍以上はある、大きな円形の広間だった。
天井も最初の地下広間より高く、ドーム状に組まれた石組の天井から壁、そして床まで至る所にびっしりと文字や抽象的な絵が彫り込まれている。
壁には今までの通路と同様に、青い焔が燃え上がる松明が取り付けられていた。広間の中央には、銀色に輝く水盆が据えられており、そこから水が湧き出ている。
先ほど戦った蜘蛛が丸々入りそうなその水盆は縁の形が波打っており、その凹んだ箇所から滔々と水が溢れ出していた。
そして、広間中央から放射状に伸びる8本の水路へ水が落ち、円形の広間の端に開いた8つの穴から何処かへ流れ出ているようだ。
しかし、不思議なことに水音は一切せず、辺りは静寂に包まれている。
「なんだこれ? 水の音が全然しない…」
アリオがそう呟くと、シャーロットが面白そうに笑った。
「あれが、この国をサバーハ砂漠唯一のオアシスたらしめている水源だ」
「…え? じゃあ国中の水路がここから出てる水ってこと?」
アリオが驚いた様子でそう言うと、青白く透き通った乙女が目の前に現れ、酷く拗ねた様子で抗議した。
「失礼ね! 私をお忘れ?」
「あ、蜘蛛を足止めしてくれてありがとう。コーデリアは、また別の水源なんだね」
「あのね。天然の泉だから精霊がいるのよ。ここに精霊が居ないってことは、あれは聖遺物なの」
目の前の巨大な水盆が聖遺物と聞いて、アリオは驚いた。話には聞いていたが、今までこの目で見た聖遺物なんてヴァリグオンとソウル・スフィアぐらいのものだ。
しかし、驚くべき点はそこではなかった。
「これが選定の間の聖遺物『審判の泉』だ。この泉の前では、ありとあらゆるものについて正否を問うことが出来る。今は用無しだが、答えがYESであれば泉が光るわけだ」
永遠に水を流し続けるだろうこの聖遺物には、正否を問う、という機能しか付いていないのだ。ただそれだけのために、一体いつからここにあるのかも分からない水盆は存在していた。
「泉に尋ねて光った物は宝物殿行きさ。この国では、国民を有罪か無罪か決めるのすらこの泉でね。刑罰の内容だけが法律で定められている」
アリオは言葉も出せずにただただ感心していたが、シャーロットは周囲を確認すると表情を険しくした。
「しかし、これはどうしたものか」
アリオは「何が?」と言いながら辺りを見回す。いつの間にか水の精霊であるコーデリアは、姿を消していた。
『審判の泉』と壁の中間くらいの位置に、いずれの水路にも行き交いできるよう石橋が架けられているが、特に異常は見られない。
そして、水路と水路の間にはさらなる地下へと続く古代文明の通路がそれぞれ大きく口を開けている。
各通路の縁の柱には、別々の花が描かれており、何処の間へ続いているのかを示唆していた。
アリオは自分から見て左から順に、スッカル、桔梗、カモミール、タイム、カトレア、アベリア、クローバーの花であることを確認した。
シャーロットが杖を振ると、カモミールとタイムの通路に青白い魔法陣がぼうっと浮かぶ。それを見て、アリオは首を傾げながら彼女へ話し掛けた。
「予定通りじゃない? 合図用の魔法陣があるってことは、カモミールの花の『火器の間』への通路には、マシューとオムがもう入ってて、タイムの花の『雷電の間』の通路には、ドルンデ、クリス、ベルガー医師がもう入ってる…ってことなんだよね?」
アリオの言葉が耳に入っていないのか、彼女は何かを思案し始めた。
「エリーたちはまだか。まずいな」
シャーロットはもう一度、左手から通路を順ぐりと眺める。もどかしそうに彼女へ尋ねた。
「何がまずいの?」
「私たちが何処から出て来たのか良く見てみろ」
シャーロットに言われるがままアリオが振り返ると、そこはただの壁だった。
「何処って、ゴージャ王の古代魔法で出て来ただけ…」
そう言いかけて、アリオはあることに気がついて目を見開いた。
「エリーたちが入る、オリーブの通路が…ない!!」
アリオも慌てて周辺を確かめるが、通路は7本しか存在していなかった。
その時、目の前の天井に青白い魔法陣が光り輝いた。
魔法陣の中から脚が4本見え、やがて見覚えのある修道服の少女と、緑色の肌をした女性がゆっくりと降りて来る。タトラマージは足元に駆け寄って来るアリオとシャーロットを見つけると、ニヤリと笑った。
あと少しで地面というところで、突然エリアーデは浮力を失い「あれ? え? ちょ、ちょっと…!」と呟きながら落下した。
なんとか足を着いたものの、前のめりにバランスを崩し、目の前まで走り寄っていたアリオが咄嗟に彼女を受け止める。
エリアーデはアリオに抱き付いたままタトラマージへ振り返ると、頬を膨らませた。
「ちょっとタティ! 何するの!」
「ごめ〜ん! ちょっと手が滑っちゃって」
いきなり目の前に降りて来た彼女に、アリオは心底驚いた様子だった。
「大丈夫? フランシスはどうしたの?」
彼女は膨れた頬を引っ込めると、アリオへ向き直る。
「フランシスは他のみんなを降ろして…」
そう呟いたが、よくよく彼の顔を眺めると、真っ赤になってアリオを突き飛ばした。
「あんまりくっつかないで!」
アリオは突き飛ばされたまま一歩下がると、彼女へ謝る。こういうことは早い方が良いことを、彼は良く分かっていた。
「ごめん…1週間前のことも。俺のこと考えて、3つ目の試練のことなかなか言い出せなかったんだろ?」
エリアーデはそれを聞いてシャーロットの方を睨んだが、彼女は目が合うとこう言った。
「悪いが、痴話喧嘩の話は後だ。非常にまずい。オリーブの通路が見当たらない」
「オリーブの通路? そう言われると、前に来た時はそこまで見てなかったかも」
後から降りて来たサラマーロがそう言いながら、手首に巻かれた白髪の腕輪を、神妙な面持ちで眺める。
「そんなことより、私たち出遅れたわね」
サラマーロの言葉に、アリオは手首に違和感を感じて目をやる。白髪で織られた腕輪が青い焔で燃え上がった。
今降り立ったばかりのマックスとナズナが驚いて腕輪の火を消そうとする。「あれ?熱くない」と彼らが呟くと同時に、腕輪は灰と化してパラパラと床に舞い落ちた。
腕輪が床に落ちた途端、背後から凄まじい気配を感じ、アリオとシャーロットは振り返った。
「宝物殿の警備部隊のご到着よ」
そう言いながらサラマーロが壁を睨み付けると、青い焔で描かれた大きな魔法陣が現れた。




