第73話 略奪計画①
シャーロットさん優秀にしすぎたかな。でもチートキャラというわけではないです。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
「遅いじゃないか。先に始めたぞ」
シャーロットはそう言うと、パン生地にチーズや具材を載せた食べ物を頬張った。
何枚か焼かれている円形のその食べ物は彼らの世界の食べ物で『ピザ』というらしく、切り分けると食べやすいという理由で何度か出されていた。
新しく焼けた1枚を持って、ちょうどナズナが出て来たが、2人の顔を見て心配そうに声を掛ける。
「エリー、少し顔色が悪いですね。暖かいお茶がありますから、こちらへどうぞ」
エリアーデは勧められるまま店の奥へ進むと、ナズナの横に静かに腰掛けた。血が欲しいなどと言われたのは初めてだったのだろう。彼女は明らかに顔色が悪かった。
「ありがとうございます」
そんなエリアーデの横にアリオも腰掛ける。自分は外の世界に居た際、怪しい商売の人間に声を掛けられた経験が何度かあった。
予想はしていたが、彼女の様子を見る限り、やはり修道院の外のことは聞いてしか知らないに違いない。外の世界に戻った後はもっと気を付けなければと、アリオは肝に銘じた。
打ち合わせには『科学屋』のメンバーの他に、サラマーロとベルガー医師が集まっていた。
「どうせ吸血鬼どもにでも絡まれたんだろう。アリオ、いつも言ってるがこの通りは帰りに気を付けろ」
シャーロットの忠告にアリオは深く頷いた。彼女に隠しごとをされていたショックで、頭が一杯だったのだが、迂闊だったとしか言いようがない。
「今日に限ってすっかり忘れてた。店の奴に怒られたよ。帰りは気を付ける」
ナズナから茶を貰うと、エリアーデはやっと人心地が付いたのか、落ち着いた様子でそれを飲み始めた。一方、クリストファーとオムはこちらのやり取りよりも、手元の紙に書かれた一覧のチェックに夢中だった。
「ねえ。どれだけ減らしたのか知らないけれど、あんたたち強欲過ぎよ」
一覧表が足元まで伸びる様に、2人を横目で眺めるサラマーロは呆れ顔になる。先ほどから、この国の発泡酒を黙々と飲んでいたベルガー医師は、『科学屋』へ忠告した。
「君たちが何を略奪しようが構わないが、最低限、私とクラーク君の目的達成に必要な物は盗んで貰わんと困るぞ」
至ってまともな指摘だった。そもそも、エリアーデとベルガー医師は宝物殿への侵入に難色を示していたのを、2年掛かりで説得したのだ。
未だに医師が納得しているかどうかは怪しかった。
そう考えるうちに、医師は発泡酒のジョッキを空にし、自分で注ぎ足し始めた。発泡酒はいつも彼が自分で調達して来る。この医師は意外と酒飲みだが、不思議なことにアリオは彼が酔っているのを見たことがなかった。
シャーロットは見兼ねた様子で、クリストファーの手から一覧表を剥ぎ取った。
「おいおい。最終打ち合わせなんだぞ」
一覧表にざっと目を通すが、後半に進むに連れて怪しい物品が増えていく。遊び気分の者に分からせるため、彼女は内容を読み上げ始めた。
「えーと、なになに…まず走査電子顕微鏡。これは何故か宝物殿行きにならなかった取扱説明書がここにあるので、記載されている一式を全て持って行く」
これは予定通りのものだ。全員が同意するように頷くと、シャーロットは先へ進めた。
「それと、オムがプログラムを組むにも限界があるので、附属ソフトウェアを忘れないこと」
『科学屋』一同とベルガー医師が頷いたが、後のメンバーには、なんの話かさっぱり分からなかった。
「で、ここから先、絶対に必要になる物だが…パソコンとディスプレイなど一式。電子顕微鏡の附属ソフトウェアに対応したOSの物を捜す必要有りだ。それから電力供給のためのソーラーパネルや蓄電池、回線設備に使える物…」
ここまで来るとお手上げだ。探す聖遺物は『科学屋』の人間たちの元の世界で作られているらしいので、彼らに任せるしかない。
言うまでもなかったが、シャーロットは『科学屋』のメンバーへ念を押した。
「これらは『科学屋』が責任を持って探すこと」
一同が頷くと、彼女は他に必要そうな物があれば持ち帰って欲しいと付け加えた。
「その他、ベルガー医師が情報収集して来た最新の医療機器や分析機器、製薬に使えそうな機械があれば持ち帰る…と」
出土した書物から医師が集めた資料を、シャーロットは別冊としてまとめていた。
盗み出す聖遺物については、今までにひと通り説明を受けて来た。しかし結局のところ、この世界の住人には良く理解出来なかったので、『科学屋』のメンバーが捜索することになっている。
そして『科学屋』のメンバーは、シャーロット以外みんな魔力を持っていない。アリオは不安だった。
ベルガー医師は一覧の内容を1つずつ声に出しながら反芻すると、シャーロットへこう注文した。
「薬品類・書籍も忘れないでくれ」
「ああ。指定された薬品類・関連書籍がもし見つかれば収集する。特に他の3人が記憶していた『疥癬』の特効治療薬だが、ベルガー医師の収集書籍の中に正式名称を見つけた」
彼女は写真と文章の載せられた『雑誌』という種類の本を取り出すと、該当ページを捲って見せる。原理は分からないが飲み薬らしく、写真にあるケースに入れられた粒が薬だという。
「研究が世界的な賞を受賞していて助かったよ。
今回の仮説が合っていたとしても、画期的な解決策がなかった。もし我々の世界の虫下しが有効なら、今後は外からの入国者を一定期間隔離し、この薬を服用させることで解決することが出来る」
しかし、ひとつ問題点が残されていた。シャーロットはサラマーロへ目線を移す。
「本来であればこの薬を製薬出来れば良いのだが、我々だけでそこまでやり切れる保証が全くない。そこで、君が宝物殿で見かけたという聖遺物が鍵になって来る」
そう、薬の量産体制に課題があったのだ。解決策となりそうな聖遺物について、サラマーロが以前宝物殿で見かけたというので、サラマーロは目を瞑って眉間に皺を寄せた。
「そこまで期待されると、やっぱり自信ないのよね…。そっくりだなとは思ったんだけど」
そう言うと目を瞑り、眉間に皺を寄せる。サラマーロは感情表現豊かで、美しい顔を歪ませるのを厭わなかった。そんなサラマーロのことを、サイードと同じくアリオは一目置いていた。
「おいおい頼むぞ。君がリー家の家宝である聖遺物『複製の衣装箪笥』と同じ物を見かけたと言うから、王家の血筋に話すというリスクを冒してまで君を引き入れたんだ」
シャーロットは少しも困った顔をせずにそう言った。サラマーロは目を開けると、毅然とした態度で全員へ言い放った。
「…………うん。やっぱり見た目はほとんど同じだったと思う。実家で宝飾品を腐るほど見て来たから。こう見えても工芸品や宝飾品の目利きには長けてる方だし」
桃色の瞳を指差しながら、サラマーロは不敵な笑みを浮かべた。やはり美人だ。しかし、サラマーロは表情を元に戻すと、はっきりとこう言った。
「けれど、勘違いしないで欲しいわ。私があんたたちに協力してるのって、マシューの書き置きに『俺が戻るまでアリオたちの力になってやってくれ』って書いてあったからで、別にあんたたちのためじゃないから」
クリストファーとオムが目を細めて「はーい」と返事をした。心底嬉しそうな顔で、アリオはサラマーロへ話し掛けた。
「でも巨人の子孫なんて頼もしいよ。ガルドナさん、怒ってるって聞いたけど、手伝ってくれてありがとう」
父親のガルドナが常に心配しているというのは悩みの種だったが、サラマーロはゴージャ王の子孫というだけあり、魔力も実戦も申し分のない腕前だった。
「ちょっと〜。人が気にしてること言わないでくれる? 身体の大きさや寿命は、ほぼほぼ人間なんだから…」
自称カワイイを目指しているサラマーロにとって、巨人の末裔だというのはコンプレックスのひとつだったが、褒められて悪い気はしなかった。
アリオに向かってウインクすると、癖毛がちな桃色のポニーテールが妖艶に揺れる。
「でもあんたのそういうとこ、結構好きよ。あと5年経ったら考えてあげる」
「…そ、そう? 俺にはまだまだ早い気がするな」
しまったという顔で、アリオは慌ててサラマーロから目線を逸らした。
ピザを食べて元気の出て来たエリアーデは、今まで疑問に思っていたことをサラマーロへ尋ねる。
「でもマーロ。やっぱり信じ難いんだけど、入れた物をなんでも複製出来る箪笥なんて、そんな物が本当にあるの?」
およそどんな物か想像がつかない様子のエリアーデに、サラマーロは事も無げに答えた。
「子供の頃、健康診断とかでユリアンの診療所によく出入りしてたから、特別に見せて貰ったことがあるの」
なんのことはない、とばかりに肩をすくめて見せる。
「用途を誤ると危険な聖遺物の1つだから、城の診療所で管理していて、薬の複製以外には使えないよう、代々リー家の当主がかなり特殊な結界を張っているらしいわ」
その説明に、エリアーデは納得したようだった。いくらアインの国内とはいえ、そんな危険な聖遺物を、ゴージャ王やユリアン・リーが野放しにしているとは考えづらかったのだ。
「なるほど…だから皮膚病の薬もあんなに大量に生成出来たのね」
この国は規格外のものが多いと、エリアーデは感心しつつも背筋に寒気を覚えた。もしゴージャ王が宝物殿を管理していなければ、この国はとっくに破綻しているだろう。
「…そんな物、本当に盗み出せるの? それに、盗み出せたとしても管理出来ないかも」
それについては、サラマーロはあまり興味がない様子だった。
「どうかしらね。なんてったって、あれは宝物殿最難関の『禁断の間』にあるんだから。あそこから盗んだ人間は、この500年は居ないらしいし、最後に入ったのは例の大賢者よ」
それを聞いて、アリオは不思議そうにサラマーロへ尋ねた。以前サラマーロが幻琴クリュエーシュを盗んだのは『芸術の間』だと聞いていたからだ。
「ちょっと待って。マーロは『芸術の間』でクリュエーシュを盗んだって言ってなかった?どうして箪笥がオリーブの間にあるの?」
サラマーロは「ああ、そうね」と言いながら、出されたお茶を飲み干した。
「本当に箪笥があるのか確証しかねるのは、それも理由。『芸術の間』に変な鏡があって、そこに『禁断の間』が映ってたのよ。『禁断の間』の象徴はオリーブなんだけど、鏡に映ってた広間にはオリーブが植わってたの」
あまりに不確実な情報に、全員が不安な表情になった。つまり、本当にあるのかどうか全く分からない上、その箪笥が本物かどうかすら怪しいということだった。
「なんだか盗み出せる気がしないな……」
アリオはそう呟いたが、もう1つ頭に引っかかることがあった。テオドールに関わることだった気がするが、なんのことか思い出せない。
シャーロットはまるで顔色を変えずに言い切った。
「いや。箪笥はあくまで保険だ。薬が手に入ればリー家が複製を許可してくれるかもしれないし、それこそ薬の使用期限を止めるような保管魔術はいくらでも思い付くしな」
そう言いながら、ベルガー医師の顔色を伺う。彼はいつもどおり精悍な顔で頷くだけだった。
「そもそも、この仮説が合っているかどうか分からないんだから、資金を出して下さるベルガー医院の医療研究設備を充実させることに重きを置くべきだ」
そこまで言うと、シャーロットは全員の目の前でリストの後半を破り捨てた。
「よって………このカブのエンジンだとか、ポラロイドカメラのフィルムだとかは、論外! 後回しだ!!」
クリストファーとオムとナズナは声を揃えて「ええー!?」と叫んだ。
シャーロットは「声が大きい!」と3人を叱りつける。破り捨てた不要なリストを手で丸めながら、彼女は続けた。
「大体、なんなんだ? ゲーム機なんて宝物殿にあるかどうかも分からないのに…それと耳のない猫型ロボットなんて書いた奴は誰だ?」
「僕だよ!」
クリストファーが元気よく答えると、丸まった紙屑が空中に浮き上がり、彼の頭に勢いよく投げつけられた。
「乱暴な手品だなあ」
「君の薄っぺらな脳味噌がそれ以上悪くならないよう、紙で済ませてやったんだ。感謝したまえ。おや? 紙の方が厚かったかな?」
悔しそうなクリストファーには見向きもせずに、シャーロットはポットから自分のティーカップへ紅茶を注ぐ。
そして、エリアーデにも紅茶を勧めた。サラマーロが「あたしも!」と言うので空間魔術でティーカップを追加する。
「この世界の空間魔術は本当に優秀だな。これが無ければソーラーパネルなど到底持ち出せまい」
紅茶を口にしながら、彼女は眉をひそめる。何かが店の入り口の魔力探査にかかったに違いなかった。彼女はその相手が何者か探っているような表情だったが、ふいにアリオの方を見た。
「…………ん? おい、アリオ。君に客だ。出てくれないか?」
アリオには心当たりがなかった。




