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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第2章 果ての砂漠の金色幻想都市
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第62話 "凪"


 密林でピタパンが届いたので、明日の朝はそれを食べます。The旅行気分。


※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。



 アリオはエリアーデの部屋まで行き着くと、少し緊張した様子で戸を叩いた。「どうぞ」という言葉が返って来ると、心臓が早鐘を打ったが、努めてゆっくりと部屋の戸を開く。彼女の部屋は思ったより散らかっていた。


「お前、『科学屋』で物買い過ぎ」


 彼女の買い物に同行するうち、アリオもすっかり『科学屋』とは顔馴染みになってしまった。


「何言ってるの。いつもくっついて来るくせに。それと朝から言おうと思ってたけど…」


「ごめん、エリー。『お前』じゃなかった」


 すっかり口癖が直ってきた彼に、エリアーデは内心とても感心していた。


 天井から吊るされて何に使うのか良く分からない、くるくる回る飾りを見ながら、テオにもこういう()があったなとアリオは思った。


 机の上には、魔法の使えないベルガー医師のために、紙に書いたレポートが何百枚と重ねられて居た。本棚も資料で埋め尽くされて居たが、彼女もテオもそれらを一瞬にして片付けられることを彼は知っている。


「ごめんなさい。ここでやりましょう」


 彼女は入り口近くの床に、大きな円形の布を広げた。これは行商許可のある者に支給される魔道具の1つで、アインではこれが無ければ通信魔術と転送魔術を使うことが出来ないとのことだった。


 手を(かざ)すと幼い少女が現れ、ピンク色の光で魔法陣を描き始める。


 聖剣を使うようになってから分かったが、彼女はエリアーデに加護を与えている光の精霊の1人で、名前をマーヤと言った。エリアーデが魔術を使う際、文字や線を描くのは大体彼女だ。


 そんなことをアリオが考えているうちに、魔法陣から見覚えのある人影が浮かび上がった。


「よう。元気にしてたか?」


「すげーな! 本当にチャーリーだ!」


「今日はアリオも居んのか!」


 せっかく感心したのにとばかりに、エリアーデが後ろから叱りつける。


「アリオ。先に挨拶でしょ!」


 2人の目の前のチャーリーは、彼らの目線の高さに上半身だけが映っていて、その身体は透けて向こうの景色が見えていた。


「おはようございます」


「おはよう」


「おう! おはよう。悪いな。ちょいとばかし忙しいからって、休養日の朝に来て貰っちまって」


 エリアーデは魔法陣の上に緑色のトランクを置くと、右手を翳した。


「いいえ、構いません。こちらが今月分のチャームです。1,000本ご用意しました」


「いつも済まねえな」


「いえ、私の収入でもありますので」


 アリオは目を丸くして「1,000?!」と叫んだ。目の前のトランクが魔法陣の中に沈んで消える。すると、映像の中のチャーリーに届いたらしく、彼はトランクを開けて中身を確認しているようだった。


「………確かに。しかし前に教会が3,000本用意した時はどうやったかと思ってたが、まさか全部お前さんが作ってたとは思わなかったぜ。やっぱり作り方は企業秘密なのか?」


「秘密も何も、ごく一般的な手順で作成しています」


 明らかに作り方を聞き出そうとしている彼に、エリアーデは面倒くさそうに話を逸らした。チャーリーは「まあ良いさ」と言うと、少し話しづらそうに何かを考え込んだ。


 何を躊躇(ためら)っているのかと、彼女は目を瞑って小さくため息をつく。


「…なんですか? ドロアーナからこちらへ連絡を取る手段がありませんので、話したいことは出来るだけ仰って下さい。こちらも外の情報が欲しいところですし」


 チャーリーは「そうだな」と呟くと、おもむろに話を切り出した。


「3つある。取り敢えず1つ目。エリー、お前さんが調査依頼してた"凪"についてだ。"凪"はこの大陸全土で同じタイミングで発生した。精霊暦(せいれいれき)10,500年・4の月・18日」


「フレアがドロアーナを襲撃した日の1週間前ですね」


 自分の表情が険しくなるのを抑えられず、アリオは彼女に分からないよう顔を背けた。


「ああ。この日の前日に、気になる事件が発生している。エリーからの情報で調べてた、バテルマキアの『不滅の滝』が枯れた件がそうだった。こっちも原因は一切不明。しかも通信で報告して来た、うちのお抱え魔導士はその後消息不明だ」


「…………!」


 2人は揃って息を呑む。アリオはカンツォーネの安否が頭をよぎった。


「その魔導士、緑の髪の吟遊詩人の話はしてなかったか?」


「吟遊詩人? いや、悪いな、そういう話は聞いてない」


「そうか…」


 アリオの必死な様子を見て、チャーリーは「情報があれば連絡する」とだけ言った。アリオも短く「ありがとう」とだけ答えた。


「それから、その後"魔が差した"タイミング。良く分かってると思うが、最初が同じく4の月・25日の昼過ぎ。次が同じく6の月・30日の午前中」


「それって…!」


 アリオとエリアーデは、思わず声を揃えて叫んだ。


「ああ。アリオが聖剣に光の精霊を宿したって日だ」


「聖剣と魔王の影響力に何か関係があるのでしょうか…?」


 その日の出来事を事細かに思い出そうと、2人が悩み込むのを見て、チャーリーは自分なりの意見を言った。


「そいつは分からねえ。そもそも炎操る魔王がどうやって人心を乱しているのか自体が謎だからな。なんらかの聖遺物なのか、それとも他の魔物にやらせてるのか…」


 他の魔物が人心を乱しているというのは、エリアーデには甚だ疑問だった。


「大陸全土に影響を及ぼす魔物というのは、魔王以外には考えづらいでしょう…実際に500年前は大陸全土が焼かれています。ですから、今のところ聖遺物を使用している線が濃厚ですね。他には何か傾向はありましたか?」


 チャーリーは手元の報告書を確認しながら、深刻な表情で外の世界の状況を告げた。


「後は今まで通り、酷くなりやすいのは夜。そして明け方だ。今もその時間帯が1番"魔が差しやすい"し、明け方に"魔が差す"時はかなり酷い。日が差す頃に落ち着くってことは、闇系の力を宿した聖遺物かもな」


 エリアーデは「なるほど」と相槌を打つ。


 ここまでは調子良く説明していたチャーリーだが、次の報告事項に差し掛かると、急に押し黙った。深呼吸すると意を決したように切り出す。


「それと、気を悪くしねーで欲しいんだが………」


「なんでしょう?」


「テオドール老師について、少し調べさせて貰った」


 思いもよらない名前に、アリオとエリアーデはきょとんとした表情になった。テオドールを信じて疑わない2人に対し、彼は言いづらそうな顔でゆっくりと話した。


「正直に言うが…あの賢者は教会に登録されていなかった」


 エリアーデはポカンと口を開けた後、目を見開いて抗議した。澄んだ水色の髪の毛がきらきらと揺れる。


「そんな馬鹿な! 一時期老師は中央教会に住んでいたのですよ? 登録されていないなどあり得ません!」


 その凄まじい剣幕に、映像越しのチャーリーは1歩後ずさった。弱った表情で事実をありのままに述べる。


「いや、その通りだ。でも本当に登録がなかった。それに、中央教会に調べに行かせた奴によると、誰も老師のことを知らなかった……修道長もな」


 チャーリーは申し訳なさそうに、彼女へそう言い切った。


「修道長が知らない? そんなわけありません!! だって彼女は時々、老師と通信を…」


「ああ、そうだ」


 彼はドロアーナで商売をする時のような悪い顔になると、不安げな彼女へこう話し掛けた。


「隠してるってことだ。こいつは相当胡散臭え。おそらくエリー、お前から直接聞いた方が良い。通信魔術じゃ答えて貰えねーだろうから、修行が終わったら直接教会で聞くんだな」


 自分を育てた修道院が、何か重要な事実を隠していると知り、エリアーデは悲しそうに俯いた。


「……分かりました」


 アリオはそんな彼女を心配そうに見ていたが、今度は話が彼へ回って来た。


「それからアリオ。実は先日客があってよ。話をしたら、どうしてもお前に会わねえといけねーって、そっちにすっ飛んでっちまった」


「…ん? こっちってアインに? 誰が?」


 自分にそんな知り合いがいただろうかと、アリオが尋ねた瞬間、大きな爆発音が響いた。


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