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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第2章 果ての砂漠の金色幻想都市
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第60話 導きの聖本①


 堂々とサブタイに①と銘打ってしまったけど、②以降がなかったら訂正します。たぶんある。


※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。



【導きの聖本】精霊暦(せいれいれき)9,985年・8の月・15日。


 カヴァリエ家で召使いが逃げ出す騒動があったようだ。彼女は2歳になる子供を置いて、街の資産家の息子と駆け落ちしてしまったらしい。


 子供の名はソーヤ・グラハム。


 私が言うのもなんだが、シアンの父親のエミールは外道だ。病弱な弟のイヴァンが聖剣に選ばれてから、彼は益々歪んだが、シアンがエミールの子供ではないという噂が立ち、今はとても荒れている。


 もちろんそんな噂は、ただの噂でしかないのを私は知っている。そもそも彼がイヴァンの許嫁のセシルに乱暴を働き、妊娠した彼女を自分の妻にしてしまったのだから。彼が噂を恐れるのは己の"業"故である。


 そんな彼だから私は当然、捨てられた召使いの子供を殺すだろうと考えていた。しかし、彼は魔導士から子供が魔力を持っていると聞くや否や、その子を護衛としてシアンの側に置くと言い始めた。


 その理由にも察しがついた。彼の下衆ぶりは私の想像を遥かに超えていたようだ。


 それはさておき、ミーシャとマークが慌ただしく部屋を片付け始めた。きっと彼女が森に入って来たのだ。お茶を淹れよう。




【導きの聖本】精霊暦9,996年・4の月・6日。


 行商人を通して、2ヶ月遅れでシアン一行に訃報が届いた。


 彼女はとてもショックを受けていた。

 当然だ。


 彼女のことをとても可愛がり、よく世話を焼いていた叔父のイヴァンが持病で亡くなったという知らせだった。


 訃報が遅れて届いたのは、彼女の父親エミールがわざとそうしたのだろう。彼は彼女のことを疎み、都合良く商談などにだけ同席させていた。


 そんな彼女を心配して、剣の稽古などはイヴァンが世話していたのだから、彼女が叔父に懐くのは必然だった。


 エミールがしたことで唯一、彼女のためになったのは、理由はどうあれソーヤを側に置いたことぐらいだろう。


 ミランダなんかは、いつもシアンよりソーヤを心配している。


 彼女曰く、彼は少し純粋過ぎるきらいがあるとのことだ。それは彼の出自を考えれば仕方のないことだが、精霊の彼女が心配するなら、きっとそうなのだろう。


 訃報を遅れて聞いたシアンのために、ゴージャ王は3日間国中で喪に服すことを決めた。


 面識はないが、私も彼に倣おう。


 彼女は今日は来ないようだし。




【導きの聖本】精霊暦9,997年・9の月・30日。


 シアンは弱冠12歳にして、最後の試練を難無く達成してしまった。聖剣を使えば、彼女はソーヤにも勝てるようになってしまったので、彼の方も負けじと頑張っている。


 ゴージャ王はそんな彼女のことをかなり心配していて、あと3年は手元に置いておくつもりのようだ。最終試験は王が手ずから実施するので、試験日は王次第で決めることができる。


 彼女の父親が魔王討伐では無く、自分の名声のために彼女を利用しようとしていることを、王はよく分かっているようだった。


 彼女の父親のエミールは、彼女が成人次第結婚させるつもりで、国中の貴族や資産家を当たっているというのだから笑い(ぐさ)だ。


 ここ数年の魔物たちの活発な動きを見ると、一触即発の状態だというのに、彼は世界の行く末など微塵も興味がないのだろう。


 調べたところ魔王討伐には、やはり伝説に登場する聖遺物が効果的というのが私の見立てだ。これらの聖遺物のほとんどが、魔物に対して有効な力を持っている。


 ソーヤなら恐らく魔槍ガランネオルを使いこなせるだろう。候補者選びが捗って私は嬉しい。


 ミランダは相性で言うなら幻琴(げんきん)でも良いのではと言うが、彼に楽器の演奏を今から教えるのは厳しいだろう。それに、シアンが居る限り心配はないという結論に、私は至った。


 ところで先日書いたとおり、ついに彼女が押し掛けて来てしまい、結局彼女の家出を手伝うことになった。


 何故私までこの森を去らねばならないのか。抗議したかったが、私は昔から彼女の頼みごとには弱い。


「あなたが家を丸ごと運べば済むことでしょう」


「無茶なことを言うものではありません」と言いたかったが、これが出来てしまうから困ったものだ。


 北の森の魔女ナターシャが、良い場所を教えてくれるというので、お言葉に甘えることにした。彼女に引越し先は北の森だと伝えると「あなたと一緒なら何処でも構わないわ」などと可愛いことを言う。


 幼馴染とはこういうものだろうか。精霊たちに尋ねても笑うだけで教えてくれない。




【導きの聖本】精霊暦10,000年・9の月・3日。


 ついに魔王は(こと)を起こした。それにしても王都を燃やして国王を殺すとは、なかなかそれらしいことをするので感心してしまった。過去の恨みも積み重なればなんとやらだ。


 人間たちへ積年の不満を募らせた魔物たちを、ここまで上手く扇動したのだから、その手腕には舌を巻く。


 この一報はアインにも早馬で知らされ、去年の春に双子を産んだシアンの母親セシルとその弟たちは行方知れずということだった。


 彼女の父親のエミールは亡くなり、書状を届けたのは直前にシアンの許婚に決まったガーランド家の長男ルーカスだった。


 ガーランド家と言えば首都の貴族でも名門中の名門で、ルーカスも評判の美青年だ。


 ゴージャ王はようやく最終試験を決意したようだった。




【導きの聖本】精霊暦10,003年・11の月・3日。


 私の策が失敗して1週間。


 私がこれを書いていることに魔王が気付いているかどうか分からないが、手記は常にミランダが持っているので、手出しは出来ないだろう。


 このまま私に何かあれば、北の森の魔女ナターシャへ渡すよう伝えてある。


 我々が捕らえられてから、魔王は面白がってソーヤばかり何処かへ連れて行くようになった。


 いつも戻って来ると死んでもおかしくないような怪我をしているので、何をされているか容易に想像が付く。彼が他の者より頑丈なのを良いことに、好き放題拷問しているのだろう。


 入城前に書いた通り王城は酷い瘴気で、この1週間シアンとシャーリーンはかなり当てられてしまい、もう起き上がることが出来ない。早く外へ出さなければ、彼女は1ヶ月も持たないだろう。


 今日はソーヤと一緒にルーカスが連れて行かれた。その後、ソーヤだけが血塗れになって戻って来た。彼はシアンにあまり近づかないよう気を付けている。


 私は彼の表情を見て悟った。いよいよ皆殺(みなごろ)しが始まったのだと。


 彼女に何か伝えておきたいが、このような失態をおかした私に、何かを言い遺す権利があるだろうか。何よりシアンとソーヤに申し訳が立たない。


 いや、私は予想していた。頭の片隅で、こうなるかもしれないと。ミランダからも忠告されていたのに。


 誰もが魔王を倒すために最善の行動を取るだろうなどという驕りがあった。


 私の責任だ。




・~・~・~・~・~・~・~




【導きの聖本】精霊暦10,494年・2の月・17日。


 精霊暦10,327年・6の月・2日に記載がある通り、シアンの母親や兄弟たちは亡命に失敗し、カヴァリエ家が完全に断絶していたことは、すでに確認が取れている。


 エレオノーラの元を去り、聖剣の後継者を探し始めて1ヶ月以上が過ぎた。まだ後ろ髪を引かれる思いが強い。


 いや、彼女の覚悟は本物だった。

 考えるのはよそう。


 ソウル・スフィアを引き継ぐのに相応しい者は当たりを付けた。


 西の森に暮らす赤毛の少年の才能が目覚ましいという話だ。しかし、彼は現在居場所が分からない。魔法を使える者には珍しくないが、すでに放浪癖があるらしい。


 そして、今日教会から気になる情報が届いた。


 つい最近、北東の森で銀髪の女性の目撃情報があったらしい。情報を仕入れた吟遊詩人によると、近くの隠れ里で聞いた話だそうだ。


 その辺りでは20年ほど前から、精霊と人間の間に産まれた子供が、森で暮らしているという噂があるようだった。もしそれが光の精霊であれば、こちらも当たりだ。


 通信のついでにリリアーナの様子を尋ねたが、あまり容体が良くないようだった。


 こんな時にエリーの側に居てあげられないのが本当に申し訳ない。薬の処方を一通り指示して通信を切った。


 とにかく、早急に噂の真相を確かめ無ければ。




【導きの聖本】精霊暦10,494年・5の月・25日。


 北東の森で捜索を始めて3ヶ月。


 結界破りの道具を取るために、一度家へ戻ったのは正解だった。水の精霊の力だけで、光の精霊の結界を突破するのはかなり骨が折れ、このままでは魔女を頼るしかないと迷っていたところだ。


 今更申し訳ないとは思わないが、これを盗んだ時にゴージャ王が深くため息をついた理由が分かる。


 この聖遺物は私が死ねば宝物殿へ戻るだろう。

 他の者の手に渡るのは望ましくない。


 そのお陰で今日ついに結界を破ったが、中に入ると森が騒がしい。


 ミランダが様子を見て来ると言って、すぐに戻って来た。捜していた女性はすでに亡くなり、どうやら子供が居るようだった。


 雨の中を進むと、遺体と少年を見つけた。念のため確認したが、女性はすでに(こと)切れていた。栄養失調と肺炎の悪化だろう。森で隠れて暮らす者には珍しくなかったが、あと少し早ければということが悔やまれた。


 女性の子供であろう少年はアリオと名乗った。かなり口が悪いが、これは強がりだろう。


 彼も私もびしょ濡れなので、ひとまず彼の家へと向かった。


 家の中には食べ物が何も無く、衣類もほとんど駄目になっていた。結界に閉じ込めて放置していたことといい、死んだ女性の親はもしかすると精霊殺しに合ったのかもしれなかった。


 仕方がないのでアリオに私のシャツを着せ、持ち合わせの食料を食べさせると、彼はすぐに眠りについてしまった。


 寝る前に尋ねたが、アリオは自分の母親の名前を知らなかった。彼が眠った後、家探しをしてみたが、女性はかなり慎重な人物だったようで、アリオが読み書きの練習をした紙以外、文書の類は見つからない。


 彼は母親が森から出るのを、一度も見たことがないようだったので、彼女は懐妊後、結界の中で保護されていたと考えるのが自然だ。


 彼女の親がもし精霊殺しに合ったのだとすると、彼を外に連れ出すのはかなりの危険を伴うだろう。ミランダも同意見で、すぐに家の周りに水の結界を張ってくれた。


 しばらくはここで彼の成長を見守ることが最優先事項となりそうだ。


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