第594話 決勝戦⑤
まだ日が昇ってないので夜中です、たぶん!
人魚カナハと狼族ケラーの魔力量は、比較するまでもなくナカハが上回っていた。それどころか。
「待って、アリオ。ケラーさんは、もうほとんど魔力が残ってない……全力投球し過ぎてる」
「違うよエリー、ケラーさんは元々それを狙ってたんだ」
「狙ってた?」
彼女は気付いていないようだが、魔力の流れは2人が使用する魔術の作用する場所へ重点的に流れ込んでいた。
「あの2人、たぶん魔術を使ってる。魔力視すると魔法陣が見える」
エリアーデは一層怪訝そうな顔をすると、じいっと目を凝らした。
「本当に……?」
「本当。カナハさんは全身に鎧のような形で。ケラーさんは心臓周りに集中してる。多分、全身には難しいんだ」
嬉しそうな笑顔でシアンがこちらへ向く。
「正解だ、アリオ。会場に入る前に身体に魔術を掛けることが許可されている。カナハは身体や魔術の強化に加えて、全身防御。堅牢な結界だ」
会場の声援が一際大きくなる。闘技場の中央に倒れた狼の前に、人魚がにじり寄っていた。
「私には見えづらいけど……ケラーさんは心臓部に強力な保護魔術を掛けてる……? どうしてあそこにだけ、あんなに魔力量を?」
エリアーデが戸惑うのも無理はない。カナハが何重にもして全身に掛けた結界に対して、同量の魔力量といっても良い。ケラーはそれを圧縮して心臓周りに魔術を掛けている。
「俺思うんだけどさ。実はあの魔術、全く魔力使ってなかったりして」
はあ? という顔をするエリアーデ。
「魔力消費してないって、あれ防御魔術じゃないの? 魔法陣が書いてあるだけで、あの量の魔力を消費しないなんて無駄……あれ?」
「そう、使ってない。そして、カナハさんの魔術、堅牢なように見えて、実は」
しぃっと、シアンが人差し指を立て、試合に集中するよう促す。カナハの声が会場中に拡散されていた。
「いたぶるのが好きってわけじゃないの。これ以上はあんまりだから、もう降参してくれても良いのよ?」
倒れ込んだ相手に、形式上情けを掛けようといったところか。もちろん、相手の返答は分かっているだろう。
「首ひとつになっても、喰らい付くのが我々一族だ」
地面からギラリと睨み上げるケラーの瞳には、まだ光が残されていた。
「悪かったわ。じゃあこれで終わり」
人魚がケラーの頭上に水で作り上げた球体を振り下ろす。致命傷に該当するだけの確かなダメージが頭部へ加わり、結界に守られない地面は物理攻撃に深く抉れる。
しかし。そこに居たはずの狼は、飛び散る水飛沫の中にはおらず、姿を消していた。
「なるほどね、面白いよケラー」
審判である魔法使いマ・セラセラの声に、全身が痺れるのを感じる。感じるどころか、これは。
どしり。
重量感のある筋肉の塊が、会場中央で力無く沈む。その横で堂々立っている狼は、その大きな手から覗く鋭い爪に絶大な魔力を込めていた。
「おやおや、こりゃ致命傷だね。カウントするまでもないけど、一応数えます」
のんびりと数える魔法使いが、のんびりとケラーの優勝宣言まで辿り着くと、会場から怒号が飛び交った。主に奴隷側の、タチが悪そうなのからだ。
「ふざけんなー!」
「無しだ無し! やり直せー!」
「いかさま見せんな!」
「納得いかねぇ!」
「立てカナハー!!!」
物を投げる輩まで出ているが、会場の結界に阻まれて届くことはない。
やれやれといった様子で、マ・セラセラは咳払いをした。
「静粛に! 怒っているのは人間が多いのかな? 無理もない、君たちの目には魔力の流れが見えづらい」
パンパンと両手を打つと、会場の真ん中に白い羽根が舞い始めた。やがてそれは、巨大な柱状になり、ついには人魚とケラーを形作る。
「この解説人形を見てね。はい、いま光らせたのは彼らが使ってた結界。と見せ掛けて、実はケラーは結界を使ってなかった」
ケラーの羽根人形、心臓部が一層明るく輝く。
「ここに一点集中で魔力を温存してたんだ。最後の一撃まで魔力を使い切らないように」
会場中が無言に包まれる。
「一体なんのために? ここでカナハの結界に注目して欲しい。これは試合開始時だけど、さっきのがこれ。違いが分かるかな?」
あっとエリアーデが小さく叫ぶ。
「首周りの結界、魔術に綻びが!」
この距離からでも聞こえるのだろう。マ・セラセラはパチパチと手を叩く。
「正解でーす! 派手な魔法で誤魔化してたけど、彼はずっとそこだけ狙ってたんだ。私も最初は騙されたよ。風の精霊で飛んでるように見せ掛けて、君、火炎の上昇気流で飛んでいただろう、無茶するね」
「気付いてたのか」
狼が意外な様子でそう返すと、魔法使いはからからと笑った。
「人魚のカナハは、疑問に思ってたかもしれないけど、真意を見抜けなかった。君が最後の一撃のためだけに、毛一本の上を歩くように、細やかな魔力コントロールをしていたなんてね」
さっと首を掻き切る仕草をすると、魔法使いの動きに合わせて巨大な狼が人魚の首筋に爪を立て、白い羽根がバッと宙を舞う。
「別に魔法勝負なんて言ってないからね。ケラーは最初から、致命傷を与えることしか考えてなかったわけだ」
魔法使いがカナハへ手を差し伸べると、どうやら魔法が一瞬で解けたらしい。ガッと手を掴む人魚の表情は、少し強張っていた。
奴隷たちの落胆する呼吸で、客席の雰囲気が重くなる。
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