第589話 マ・セラセラ
次回更新、元旦なのマジかあ。
「何から話そうかな。あ、そうそう。私の不肖の弟子が、君たちに迷惑掛けたみたいで。本当にごめんね」
マ・セラセラと名乗る魔法使いは、空を見上げながら指で頰をつつき、こくりと首を傾げた。
「分からないって顔してるね、シャンハーだよ。あの子、相変わらず頑固なんだよね」
困った困ったと、大きなため息をつく。彼女が身体を動かす度に、純白の羽毛がはらはらと落ちる。
「ああごめん。最近、抜け毛が酷くてね」
掴みどころの無い人物だ。目の前の人物への興味で、アリオの眠気は不思議と吹き飛んでいた。中へ入るよう促され、見覚えのあるカウンター席へと腰掛ける。
「えーとね。ああ、ありがとう」
保温ポットから、すでに淹れられていた茶が注がれると、白い魔法使いは嬉しそうにそれを受け取った。
「アリオは食事にする?」
カナハにそう尋ねられると同時に、ぐうと腹の虫が鳴いた。
「その方が良さそうね。ちょっと待ってて」
食材を調理しに、奥の厨房へと人魚が消える。湯気を立てる3つのカップが残された。
「そうそう、それでね。全くナターシャときたら。あ、ナターシャというのは大陸の北に住む魔女で」
「えーと、"変質"? の魔女でしたっけ?」
この調子では長くなりそうだ。
「そうそう。生死意外のことは、物質をなんでも変えることが出来る。彼女の魔法には、大きな代償が伴うけどね」
「代償……」
「メリアルの母親はね、メリアルを授かるために寿命を売ったんだ」
「病気だったんですか?」
「いいや。メリアルの父親、ルノー・ジュペゼリー伯爵というのは、救いようの無い男でね。年端の行かない子供としか、性行為しなかったんだよ」
がちゃんとカップを取り落とし、中の黒い液体がソーサーへ少し溢れてしまった。嫌悪感を覚えながら、心配で隣に視線を移すが、エリアーデの表情は冷ややかだ。飲み物を溢したことではなく、伯爵に対してだろう。
「それで、奥方は子供に若返って、それでも妊娠することを望んだわけだ」
「どうしてそんなこと」
全く理解ができない。
「さあね、私にも分からないよ。愛情って難しい。そんなもの理解してたら、とうの昔に魔法使いなんてやめてるよ。未だに持ってるの、シャンハーとアンテローゼぐらいじゃないか?」
少し懐かしい名前だ。アンテローゼというのは、砂漠に暮らす"未来視"の魔女で、いつもは怪しい占い屋を営んでいる。
「とにかく、メリアルは魔女が創り出したとも言える存在だ。ナターシャったら、その子が魔法使いになる可能性を分かっていて、精霊の宿った盾を奥方に渡して、我々の目を欺いた。メリアルを魔法使いたちから隠したんだ」
「一体どうして?」
「危険だろう。なりたての魔法使いって、危ないんだよ。色々と分かってない。だから、魔法使いになった者は、年寄りが弟子に取ることになってるんだ」
なるほど、と小さく頷いて見せる。
「それで、ジュペゼリー伯爵がノルンから出て来たので、弟子に取ると?」
「そう! そういうこと。君、話が早いなぁ。マックスって子に説明するのは、結構骨が折れたよ。豚っ鼻の彼女が、いちいち相槌打たないと、話が進まなくて」
「はあ、それでその、一体なぜ、武闘大会に?」
そんなに変なことを言っただろうか。きょとんと自分を見つめた彼女は、ニヤリと笑った。
「獣人たちは引き続き、奴隷制を望んだ。そりゃ、そうでない人もいるけどね。長く続いた慣習って、そう簡単には変えられない。けど、今回の一件で放たれた奴隷たちは、一斉蜂起を辞さない覚悟でね」
そのまま前へ向き直ると、細く細く目を細める。
「このままでは大勢、死人が出る」
鉄板が焼ける音と共に、鼻をくすぐる香り。腹の虫がこれでもかと騒いでいた。
「この一件は、我々魔法使いの落ち度でもある。メリアルに、人々との関わり方をきちんと教えられなかった。だからね、私が特例で取り持つことにしたんだ。ちゃんとアンテローゼに許可も取ったし」
「それが武闘大会なんですか?」
「うん。砂漠の大会を参考にしてね。死人が出ないやつさ。優勝者が治政する。方法は問わない、以上。これを魔法使いが保証するのさ」
空腹のせいか、少し身体が冷えてきた。エリアーデがずっと黙っている理由が分かる気がした。
「それって」
「もし非道な者が優勝したら、どうなるのかって? 知らないよ、私は魔法使いだからね」
ぐらりと目眩がする。
「納得行かないって顔だ。そうなんだよ、奴隷や混じり者たちの一部が怒ってね。大会の妨害運動をしてる。さっきの爆発音とかがそう」
湯気立つモーニングプレートを持って、カナハが戻ってきた。
「あらやだ、アリオ。溢しちゃったの? いま布巾出すわ。どうしたの、飲んで良いのよ?」
気を紛らわせようと口元へカップを運び、ぬるい液体を無理やり喉へと流し込む。その瞬間、全てが頭から吹き飛んだ。
「にっっっっっっっが!!! 苦いよ、カナハさん! これなに!?」
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・次回更新日: 2024/1/1(水)
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