第583話 双斧ロクラム
復活の。
実に忌々しそうな顔で、全身を焼け爛らせた青年を一瞥すると、プレンティールは舌打ちした。
「どっちにせよ、ノルンはもう終わりですわ」
まただ。今度は心臓や呼吸ではない。文字通り割れるように頭が痛む。火傷を負う前とは似ても似つかない姿と化した青年は、骨が折れてしまうのではないかというほど、びくりと背をのけ反らせる。
「あ゛なたが! 言った通りに魔法陣を描いたのに! ノルンを消せるって言っただろぉおおお」
「知ったこっちゃありませんわ。私が思い付きで呟いたことを、勝手になさっただけでしょう?」
青い瞳孔が見開かれる。
「魔法陣の描画に失敗したあげく、今度は勝手に火を付けて、それも失敗。とんだお笑い種」
ふっと笑いのける。
「パンに何したのよ!」
可愛らしい小さな精霊が姿を現すも、満身創痍といったボロボロの身体から、爆発で核が焼かれてしまったことが見て取れた。パンの芳香の精霊と名乗っていた、小麦粉の精霊ポッシュだ。
くちゅん、と顔に似合わないくしゃみをすると、プレンティールは震える手のガルム男爵を振り払った。
「あら、魔物になり損なったようですね、ポッシュ。その人間が死ぬ頃には、あなたも朝靄のように消えるでしょう」
渾身に振り撒いた笑顔は、降り注ぐ日光に……彼女の顔を白く反射させたものは、太陽の輝きなどではなかった。
パキパキパキ……
滑らかで細い輪郭へ添うように、桃色の肌を霜が舐める。
ひっと小さな悲鳴を上げると、プレンティールは虫でも付いたように、神経質に頬をむしり、薄氷をボロボロと削り落とすことになった。キラキラと落ちるそれは、白く光を散らす。
「この精霊は!?」
「アンタさあ。ずっと楽しそうにしてるけど、まだ気付かない?」
その声に驚くあまり、魔物は振り返る。居ない。また振り返るが、そこにも居ない。
「ここだよ」
わっと空に雲が通る。違う、人影だ。
ざむんと柔らかく脳天へ振り下ろされたそれは、鎖鎌ならぬ鎖斧の刃。
自分の頭上から加えられたその一撃をもってして初めて、プレンティールは両腕に視線を落とした。いつの間に。奪ったはずのそれは、霧のように消え去っていた。再び視線を上へ。
「双斧、ロクラム!!!」
くっと歯を食いしばると、斧の刃と頭の間へ、魔物は腕を差し込む。醜い悲鳴が上がると共に、真っ赤な血液が噴き上がる。
「よくも! よくもぉおおおお」
今度こそ、巨石に頭から突っ込むほどの痛み。いまやプレンティールの謎の攻撃は、苦し紛れに周囲を地獄に落としていた。
しかし、聖遺物である双斧ロクラムを振り下ろした当の本人は、ピンピンした様子で鎖をくるくる振り回す。そうして初めて、それがスピアのような尖り棒と、いわゆる斧を鎖で結び付けた、奇妙な武器であることが分かる。
「シアン様たちに何をしたのか知らないけど、自分には効かないみたい」
声の主は勢い良く鎖を放つと、一呼吸でプレンティールの首を締める。形勢逆転だ。
「この……死に損ない……」
ついに睨み上げる側となった魔物は、逆光に少女が微笑むのを確かに見た。そして次の瞬間には首を飛ばしていた。
「それ、褒め言葉ってやつ? 私、頭悪いから良く分かんないんだ」
この世界に8つあるという、魔王を倒すための特効武器。その1つに選ばれた少女は、動く死体チャサラだった。
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