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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第6章 ヒト創りし人外都市
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第538話 能力不明の魔物


 ここから交戦。



 こういう時に限って、どうして次元の狭間を泳ぐ鯱は姿を現さないのだろう。通り魔の犯人は、付け火を目論んでいると見て間違いなかった。


「ノルンに入ってから1回も見てないけど、本当にタイタン、何処に行ったんだ……!」


 他所者(よそもの)の自分たちが、住人たちを避難させるのは至難の業だ。せめて呼び掛けるための足だけでも欲しかった。ぽん、と両肩を細い指で叩かれる。正面に立つ彼女と目を合わせるために、少しばかり視線を落とす。


「タイタンは仕方がないから、今回は諦めよう。それよりアリオにはお願いがあるの」


 火災が引き起こされると聞いても、彼女の目はいつもの冷静さを失わず、そしていつもより力強く光っていた。(うなず)く以外に選択肢など無い。


「交戦する可能性のある魔物が、あの時の2体と考えると、シアン様の分が悪いでしょ。1体はシアン様が言っていた通りだと思うから、もう1体のことを見極めて欲しい。だから良く聞いて……」


 呪文のような説明を飲み込むのに、時間を掛けてはいられない。彼女の話した魔物の概要は、殺人で描かれた魔法陣などより、よほど荒唐無稽であったが、不思議なことに疑問はひとつも湧いてこなかった。


「分かった。エリーを信じるよ」


 ちょうどその時、自分たちの胸のネックレスが暖かくなるのを感じた。聖遺物に選ばれたことを示す、大賢者製チャームの方ではない。先行隊が変身用に使用していたネックレスに、ユリアンが通信魔術を掛けてくれたのだ。魔導士たちが手分けして、ネックレスが1ヶ月ほど機能するよう、魔力を充填してくれている。


 このネックレスが暖かくなっているということは、誰かから通信が入ったのである。すぐに耳元でマックスの声が喋り始めた。周りに彼の声は聞こえていない。


「みんな、ごめん……説得する前に、パンさんとポッシュは消えちゃった」


 明らかに気落ちしている。犯人の1人と思われるパン屋の奴隷青年に、彼が肩入れしていることを、それとなく耳にしていた。


 遠くから響く崩落音を気に留めながら、エリアーデがネックレスに応答する。


「何処へ消えたか、それらしい情報はなかった?」


「たぶん俺たちが街に着いた頃には、もうあの魔王勢幹部が下手人になってたみたいで、あの2人は直接手を下さず、ターゲットだけ決めてたみたいで……パンさんの妹はガルム男爵に食い殺されたらしくて……」


 突然暴露された犯行動機に酷く混乱していることが、震えを止めようと強張る声から、ありありと伝わってくる。自分の大事な何かが、大切な人が奪われた時に、人は何を思うだろう。


――俺は3年前、何を考えた? 何も出来ない自分を呪って、でもエリーやチャーリーが居て、テオが言葉を(のこ)してくれて。考える暇も無く、砂漠へ行って……。


 もしエリーアーデやチャーリーや、優しい誰かも居なくて、失った絶望だけが両手に残されたら。感情をひた隠しにしながら、毎日毎日、パン生地へ何をぶつけていただろうか。


「パンさんと精霊は、ガルム男爵邸にいる」


 急に顔を曇らせたかと思うと、ちらりとこちらを見上げるエリアーデ。


「……と思う。なんとなくだけど」


 パッとそう付け足していた。不安そうな彼女は、無言のまま何か考えを巡らせているようで、突然質問を変えた。


「パンさんとポッシュは、どのように消えましたか?」


「なんかこう、見えないカーテンの後ろに隠れるみたいに……かな。ごめん、なんて言ったらいいのか、俺も(わけ)が分からなくて。カーテン同士がくっつく隙間に、さっと引っ込んだというか」


 それを聞いたエリアーデはぶつぶつ呟いていたが、結論には至らなかったらしい。今度は指示を割り振り始めた。


「皆さん、聞いて下さい。先ほどの爆音ですが、ガルム邸に下手人と思しき魔物が出現したようです」


 すでに緊張が最高潮に達していた一同の、ピリリとした空気が伝わってくる。


「シアン様が先に向かわれました。采配を任されましたので、今から…」


 その言葉はすぐに遮られた。


「困ったなあ、こっちは待ってるのに」


 まただ。唐突に現れた気配に、聖剣をすかさず引き抜く。その切先が届く前に、見覚えのある道化はぬるりと後退していた。


「エリー、こないだの奴だ! シアンの方には行ってない!」


 彼女に任された敵が、運良くこちらへ絡んできた。これは好機だ。何やら喋りながら、ぬるぬる聖剣を避けてゆくが、見たところあまり動きは早く無い。この程度で、本当に魔王勢幹部なのだろうか。


「そいつが火付け役かもしれない! 援護するから離れて!」


 エリアーデが大杖を構えるが、今は指示を優先して欲しかった。


「先に指示を! こっちは大丈夫だから!」


 そう、自分は完全に油断していたのだ。もう見極めるまでもなく、この魔物に追い付けると。彼女の先ほどの助言をすっかり忘れて。


――『シアン様は、もう1体の魔物は言動に違和感があったと仰ってた。言葉にヒントがあるかもしれない。なんの魔物か分からないから、出来れば交戦はシアン様に任せて、見極めた瞬間、すぐ止めを刺して』



【お知らせ】

※更新頻度は今後の仕事予定と相談中です。

・次回更新日: 2023/1/13(土)予定

・更新時刻: 20時台予定


※予定の変更がございましたら、Twitterアカウント(@medaka74388178)にてご報告させて頂きます。


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