第525話 神聖な気配のする酒場
サラマーロはいつもの調子です。
さっとカウンターへ手を付き、両脚をふわりと振り上げながら、サラマーロは軽やかに客席側へ舞い降りた。
そして予想通り。
「無事で良かった」
と声を掛けるマシューへと抱きつき、他の者には見向きもしない。小さな黄色い悲鳴に視線を向けると、顔を両手で覆った少女が立っていた。指の隙間から美男子に腕を絡めるサラマーロを覗き見ているのがバレバレだ。
「サラマーロさん、その人が彼氏さんなんですね!……じゃなかった、私、カナハさんを呼んで来ますだ!」
少女は顔を赤らめたまま、カウンター奥の扉へと消えた。一瞬見切れた顔の、猪のような鼻が可愛らしかった。
離れる様子のないサラマーロはいつも通りだが、今日のマシューは無理にそれを振り払う様子もない。怪我をしていないかなど、しきりに尋ねている。
手持ち無沙汰になったチャーリーが、ドスンと空いたテーブルに陣取った。何かに気付いたように室内を見回し、ある一点へ視線を定めた。
「待つしかねーな。にしても、この内装なあ」
小綺麗な木造りのカウンターに、大陸全土分はあるのではないかという、種類豊富な酒瓶がズラッと整列した戸棚。テーブル席がいくつか並べられ、そこそこの広さを兼ね備えている。
朝日が眩しいのは南向きの立地ということか……いや。このノルンという都市の太陽は、玩具を空に放ったような不気味なものだ。ご丁寧に日付けまで浮かんでいて、奇妙なこと、この上ない。一体どうやって夜になるのか、自分とエリアーデは興味津々だった。
それにしてもこの建物、違和感がある。
チャーリーがしんみりと視線を向ける、奥の壁に飾られた妙に手の込んだ銀装飾。大きな輪が7本描かれ、その輪の上に1つずつ、大小の丸い円が描かれている。そして、これらの輪の中心に、銀の十字星が位置するようになっていた。
――これ、何処かで見たことあるな。あれは……そうだ。
「「ここは、星十字教会?」」
エリアーデと声が重なる。そうだ、これは星十字教会の祭壇にあつらえられる、聖遺物を表現したオブジェ。つまりこの酒場、元は教会だったわけである。
ガチャリ。奥の扉が開かれ、先ほどの少女と共に、大柄な人物が中へと乗り込んできた。
「あらやだ。説明する前に気付いちゃった?」
そう言いながら入ってきた人物にも既視感があった。上半身はチャーリーに負けず劣らず、がっしりとして筋骨隆々。それを隠すシャツはパツパツで、今にもボタンが弾け飛びそうである。身体中、銀色の美しい鱗で覆われていたが、顔も外見も、何から何まで海底庭園で世話してくれた人魚と瓜二つ。
「クナハさん!?」
思わず大きな声を出してしまったが、チャーリーも表情を変えている。下半身が2本脚であることと、全身に鱗があること以外、まるで違いが見当たらない。
「あら、クナハのお知り合い? やだわ、あの子ったら。シャンハー様なら、ある程度予想付いてたでしょうに。事前に連絡ぐらいしなさいっての」
サラマーロとは違い、きちんとカウンターの出入り口から出てきた彼は、質問攻めにされていたサラマーロを見て、にっこりと笑った。
「その人がマシューなのね! 良かったじゃない、サラマーロちゃん。噂通りの美青年じゃないの〜」
大男の舐め回すような視線に、マシューが一歩後ずさったが、サラマーロはご満悦である。そろそろ助け舟を出そう。
「えーと、あなたがカナハさん? 俺はアリオです。アリオ・アンジェリコ。クナハさんの家族なのかな?」
「は〜い、そうよ! 私は海底庭園出身の魔導士カナハ。クナハの双子の弟です、よろしくね」
「シャンハーさんの弟子は、海底庭園から出られないって聞いたけど」
「良くご存知なのね。私はシャンハー様に弟子入りせずに、海底庭園を出て来ちゃったのよ。シャンハー様ってば、あの通り美しいでしょう? 叶わないのにいつまでも片想いって辛くて……」
「そ、そうですか……」
相槌に困っていると、彼の後ろから、これまた見知った顔がひょっこりと2人覗いた。
「ユリアン、マックス!」
おずおずと出て来た2人に、シアンが駆け寄る。置いて来てしまったことに責任を感じていたのか、怪我の有無などを必死に確かめている。
「シアン様、私どもは無傷で、大事ございません。それよりも、今は情報共有を急がれた方がよろしいかと」
「そ、そうだな。ありがとう」
「カナハ様、皆様にお茶をお淹れしたいので、カウンターのキッチンをお借りしてもよろしいですか?」
「それなら、私が淹れるから、ユリアンさんたちも席に着いてて頂戴」
久々に会ったマックスは、またひと回り大きくなっていた。豚鼻の少女がもじもじしながら、彼にくっついて歩く。彼女もマックスに負けず劣らず大柄だ。ひょっとしたら自分より少し背も高いかもしれない。
「みんな、この子はペギー。良かったら、一緒に話を聞いてくれないかな」
彼が彼女を隣に座らせると、サラマーロがその対面にマシューを無理矢理着席させる。
「そうよ。ペギーの話を聞かないと始まらないわ。私、これが理由で、魔法使いにここへ突っ込まされたのよ」
ユリアンとエリアーデ、ドルンデと自分は、周辺のテーブルから、適当な椅子を掴んで輪に入る。
「あのさあ。俺、全然状況掴めてないんだけど、どういうことなの?」
「わ、私は……」
訛り混じりの言葉で、ペギーという少女が言い淀む。俯いたまま、物凄く話しづらそうだ。
トポポポとお湯がポットに注がれる音。湯気と共に沈黙が流れると、サラマーロがギロリと彼女を睨み付けた。少女は紅潮した顔をパッと上げると、どもり気味の声を上ずらせながら叫んだ。
「あ、ああああの、実はサラマーロさんが発端で、奴隷たちは革命を起こすことにしたんだぁ!!!」
金髪の美丈夫の肩から、ずるりと力が抜ける。その場の全員が叫びを上げるまで時間は掛からなかった。
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