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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第6章 ヒト創りし人外都市
521/601

第521話 ノルンの冬


 冬の訪れ。



 本日は快晴。主人(あるじ)は今頃、秋口に拾った幼女と庭を散歩している頃合いだ。あの娘は年齢の割に働きすぎだと、自分も気掛かりであった。それにここへ来た時には、すでに()()()()()おり、屋敷中が接し方に神経を使っていた。


「チャサラ様、お掃除を手伝わせたなどと知れれば、(わたくし)が叱られます」


 上品な身なりのメイドが、後ろから声を掛けてきた。この建物の召使いたちは、奴隷として売られるのを免れた訳ありの人間である。


「いいえ。メリアル様と居ると今日は余計なことを言いそうだし、たまには精霊たちに立場を分からせておかないと」


 カツカツとカーテンに歩み寄り、シャッと開いて陽光を呼び入れる。すると悲鳴にも似た不満の声が上がる。


「チャサラったら、何するのよ!」


 品質の保たれた豪奢なベッドの上で、裸の女たちが文句を言いながらコロコロと転がっている。


「500年も相手にされていないくせに、毎晩毎晩、精霊だけでお盛んだこと」


 そうきっぱり言ってみると、「私はまだ348歳だ」だの「スラム街の本性」だの「上品なのは伯爵の前でだけ」などなど、精霊たちはあれやこれやと畳み掛けて来る。


「ほらほら、そろそろ諦めなよ」


 窓を開け放ってやると、何人かの精霊は顔を膨らませて飛び去って行った。残った数名の精霊たちは、屋敷内で1日を過ごすつもりなのだろう。掃除の邪魔さえしなければそれで良い。


 さてさて。改めて久方ぶりに主寝室を見回してみる。メリアル・ジュペゼリー伯爵の寝室は、高級なあつらえに反して、ベッド以外の調度品は質素そのものであった。自分がメイドを務めていた頃から、何ひとつ変わっていない。


「ベッドはともかく、私が58年前に差し上げた花瓶以外、まだ飾る気が無いのね」


 独り言のつもりだったが、生真面目な使用人が真に受けてしまった。


「チャサラ様のご指示で色々と勧めてはおりますが」


「あなたのせいじゃないわ。メリアル様は倹約家すぎる」


 精霊には構わずベッドシーツを無理矢理剥ぎ取る。クスクスと無邪気に笑う精霊たちには、本当のところ悪気なんてないと分かっていた。その中の1人が声を掛けてくる。


「ねえチャサラ。頑張ってシアン・カヴァリエを追い払ったみたいだけど、すぐに戻って来たわよ。あの人たち、双斧を手に入れるまで帰らないつもりだわ」


「そうだろうね。シアン様は目的を簡単に諦めるような方ではないから」


 メイドが不安そうにシーツを受け取る。


「チャサラ様、もしもの時はギランバルシャ兄妹の封印を解くよう、指示を受けております」


「ヤキとアオイを? ダメだよ、あの兄妹、何回懲らしめてもやり過ぎるし。正直、メリアル様もずっと持て余してる」


「しかし、解放の条件を満たすためならば手段を選ばないとも言えます。納税は毎年守っておりますし」


「その手段が最低だ。メリアル様が見逃したって、私は許してない。メリアル様だって、本当は嫌なはずなんだ」


 思わず握る手に力が入る。悔しい。自分が側に付いて居ながら、彼を最終的には自分のせいで()()()()()()()()()()()()()()


 開けた窓がカタカタ風に揺れる。留め具をしようと窓辺へ戻ると、精霊の1人が浮かび寄って来た。


「私たちがいるんだから、メリアルは負けたりしないわ。それよりあなた、自分の心配をなさい」


 自分の心配を。これ以上、何を心配したら良いのだろう。しかし、精霊の言う通りであった。冬の冷気が顔に当たっても、何も感じることがない。


「紅帽子が空に還る季節ね」


 紅葉する街路樹を見て、そう呟くと、精霊たちはこれでもかと眉をひそめた。


「ま〜た、それを言ってる。もうやめましょう。あなたには関係の無い話じゃない。紅帽子なんて無くても冬は来てる」


 500年前。ノルンの冬は大陸の西海岸より厳しかった。この閉鎖都市ノルンとは違い、しんしんと雪の降り積もる街だった。


「指のひび割れに沁みる寒さだったけど、たまにあの雪が懐かしい」


 目を細めると、精霊が耳元で(ささや)く。


「それは贅沢な悩みね」



【お知らせ】

※更新頻度は今後の仕事予定と相談中です。

・次回更新日: 2023/9/13(水)予定

・更新時刻: 20時台予定


※予定の変更がございましたら、Twitterアカウント(@medaka74388178)にてご報告させて頂きます。


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