第503話 魔法斬り事件④
人物紹介大体終わりました。
コンコンコンコンコン。ノックする音に緊張が走り、慌ててメモを閉じる。
「あら、5回叩くのって砂漠式なの? ノルンは旧王都式なので3回ノックなんです」
「失礼致しました。砂漠は特にノック回数の決まりがありませんので驚かせてしまいましたね。マックス様は先ほどお話しした通り外の観察に集中されていますので、原則として突然ドアを開けるのは厳禁なのです」
現場に行っていたシアンとユリアンは、戻って来ると見知らぬ精霊を同伴していた。いつも頼りにしているニナーではないらしい。ポッシュと自分に名乗った精霊はパンの芳香の精霊らしい。
「どうりで君が建物に入った時から良い香りがすると思ったよ。僕はマックス・デオランテ、よろしくね」
「マックス、キャラが変わってるぞ」
シアンが呆れ顔でそう指摘してくる。
「そうですか? 僕は初対面の方には大体こんな感じです。訓練卒したばかりの新米ですけれど、これでも兵士ですから。それより何故ポッシュさんがこちらに……あ、ちょっと待って。また集まって来た」
「マックス様、ちょうど良いのでご休憩下さい。私が交代する時間ですので」
鳥の羽ばたきより早くメモ帳のページが自動で捲れ、空白のページでピタリと止まる。魔導士が空間魔術で筆を取り出すと、その筆は独りでに紙の上を踊り出す。やはり魔術というのは便利なものだ。
「あなた……不思議な感じね。私の声も聞こえてるみたいだし、姿も見えてるようだけど……ひょっとして魔力無しなんじゃない?」
ふわふわと顔に近付いてきた精霊は、自分の黒い瞳と髪をチラチラ見比べる。国家魔導士のユリアンも黒髪に黒眼なのだが、やはり魔力の有無というのは精霊には一目瞭然なのだろう。
「あなたには僕の姿が猪の獣人に見えてると思うけど、それはこのネックレスのお陰なんだ。僕のこれ、ついでに精霊が見える魔法を掛けて貰ってるんだよ」
「ニナー様が加わって、さすがに少々不便ですので」
作業片手間にユリアンがそう付け加える。やはり魔術というのは便利だ。羨ましい。それにしても本題を尋ねねばなるまい。嫌な予感は薄々しているが。
「そうそう、そのニナーです。ニナー以外は関わらせない予定でしたよね? どういうことなんですか?」
「ポッシュが彼女から例の黄色いリボンを受け取っていたんだ」
やはりそうだ。
「つまり今回はニナーが殺されたってことか……」
明るい風の精霊がどんな死に方をしたのかあまり聞きたくはなかった。しかし聞かねばなるまい。どちらにせよ今晩全員に共有されるのだから。
「手口は同じですか?」
「ああ。ニナーの方は精霊たちが噂していたのと、ポッシュが教えてくれたから分かったことだ。もう1人の被害者は謎の刃物で斬り殺されている。今まで見たこともないほど鋭利な切り口で一刀両断」
同じだ。シアンの見た遺体は今までの犠牲者と全く同じ方法で手を下されている。
「10代後半の少女とはいえ、魔力持ちのトカゲ族です。腰を完全に切断するには相当の胆力を要します」
「トカゲ族って……砂漠でお客さんに聞いたことあるけど、確か身体切られても結構長い間死なないんだよね?」
全員が静かに頷く。亡くなった娘の味わった恐怖を想像すると不憫でならなかった。この街の住人は奴隷を除けば人外。死ぬまでに時間の掛かる者も少なくなかった。ポッシュがそっと口を開く。
「店の近くから血の匂いがしたので私が駆け付けると、あの娘はもう虫の息でした。近くで見ていた精霊も斬られたと教えてくれたのは彼女本人です」
精霊がくるりと1回転すると、そこに奇妙で小さい部品のような物が現れた。きっとこの精霊は空間魔術を使えるのだろう。それは車輪外輪だけ外したような、歯車でいてそうで無いような形をしている。その変わった物は中央で綺麗に割れていた。
「えーと、これは……」
「カザマキソウの種です。風で遠くまで舞うんです」
「ニナーから聞いている。それはそよ風だった彼女の精霊核だ」
なるほど。シアンとポッシュの説明でようやくニナーが死んだ事実がストンと落ちてきた。
「それ、貰っても良いですか?」
「良いですけど、どうするんですか?」
不安げな精霊にぽそりと返す。
「まだ芽が出るかもしれませんから」
焼きたてのパンの香りが部屋中にぶわっと広がる。
「ええ、どうぞ。春になればきっと出て来ます」
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