第499話 寿命を売った女の話
今日はこのまま寝ます。。。お疲れサマンサターバサ!
その女は星十字大陸の王都、つまり中心部の大都市に暮らす貴族夫人。夫の爵位は伯爵。
「俺、あんまり爵位とか分からないんだけど……一応砂漠に居た時、種類とかはエリーに教えて貰った覚えがあるかな」
ぽりぽり頰を掻くと、シアンが情報を補足してくれる。
「ピンと来なくて当然だ。今となっては不要だし、サバーハ砂漠には身分制が存在しないからな」
全くもってその通りで、この大陸にもはや身分制など存在しない上、500年前の法制度など、一体誰が覚えているだろうか。
「そもそも貴族というのは、様々な理由で名誉や優遇措置を与えられた社会的特権階級のことだ。それと引き換えに王族のサポートや領地管理、福祉など多様な社会責任も担っている」
「左様。星十字王朝の貴族制は、一般国民から税収……つまりは予め決められた額の金銭を徴収し、そこから各貴族家に分配することで政治に奉仕させていた」
税金はサバーハ砂漠でも課せられていたから、乱気竜の言うことはおおよそ理解出来た。さらなる説明をシアンが続ける。
「上位の貴族ほど王族に近い扱いとなり、与えられる特権や金銭額は大きくなる。だが相対的に社会的な責任も重くなるというわけだ。上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵」
「シアン様のカヴァリエ家は、最上位の公爵でしたね。聖剣を預かる勇者の子孫。大陸の調和を保つための騎士の家系」
エリアーデがそう呟くと、500年前に一度死んだ元勇者は、心許なさそうに微笑んだ。ドラゴンが咳払いをする。
「話を戻すぞ。夫人の伴侶は伯爵ではあったが、後ろ暗い商売で上流階級の弱みを握り急激にのし上がった、俗に言う成金貴族と呼ばれるものであった」
「後ろ暗い商売?」
絶対に食い付くと思っていたが、案の定エリアーデである。言い淀む様子もなくドラゴンはしれっと答える
「人身売買というやつだ」
「人身売買? かつて王都には奴隷制が存在したのですよね。後ろ暗いも何も、当時は商売として成立していたのでは? 貴族階級ともなれば使用人も必要でしょうし……」
「エリー、星十字王は奴隷を虐待することを禁じていた。奴隷制は王都近郊の都市までしか効力を持たなかったし、厳しい規則が設けられていたんだ。しかし、中には奴隷に暴力を振るうことを好む者も存在していた」
公爵令嬢であるシアン本人の言葉に、エリアーデはあからさまにショックを受けたようだった。話を変えるべきだ。
「この話は後にしよう。乱気竜様、続けて下さい」
「うむ、そうだな。伯爵家は成り上がり者として、そしてその商売の性質上、必然的に上流階級では浮いていた。家門の存続はただでさえ危うい。加えて並々ならぬ問題が起きていた。夫人は婚姻後、数年経ても子を授かることがなかったのだ」
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親族からの叱責。社交界での陰口。何も言わない夫。
男の夢魔を頼れば、どんな不妊でも治すことが出来るという。身体が男であれば女になるとか。たとえそれが本当であったとして、試す気は毛頭なかった。自分の不妊の理由はそういうことでは無いのだから。
それより何より夫を愛していた。幼い頃から慕っていた彼とは一般国民の頃に結婚した。自分に興味が無いことは知っていた。夫が伯爵位を得た際、身を引く覚悟を決めたが、彼は自分を捨てはしなかった。
身の程は痛いほど弁えている。それでも夫の子供は欲しい。毎晩のように夫に迫るが、ついにこんな言葉が返ってきた。
「安心しろ。お前に子供など求めていない。妻は社会的体裁だ。同じように体裁が整うのであれば子供など養子で構わん。お前が1番良く分かっているだろう」
ありとあらゆるものが夫人を追い詰めに追い詰め、ついに死が取り憑こうとしたその時、ある噂が耳に入る。
『北の森の魔女は、相応しい代償と引き換えに全てのものを変質させる。人間でさえ例外ではない』
夫人が身支度を整えるのに時間は掛からなかった。
「何を求める?」
そう尋ねる魔女と対峙した夫人は、懇願した。
「齢10より以前の姿に戻りたいのです」
「良いだろう。ただし、若返った年数分、寿命は縮む」
夫人は迷わず頷いた。重ねて願いを伝える。
「もうひとつ叶えて下さいませんか。子を産める身のままでいたいのです」
「……それは構わないが、両方叶えればあんたの寿命はほとんど残らないだろう。絶対に子供を授かりたいということなら、私に頼らずとも試せる方法が」
「夫は大人の女には全く欲を抱かず、子供にしか興味がないのです」
魔女は静かに、夫人の言葉へ耳を傾ける。
「昔からそうでした。今も哀れな少年少女を買い付けては、使い捨てております」
魔女はしばしの思案の末、もう一度夫人へ尋ねる。
「それでも……そんな旦那でも子供が欲しいのかい?」
夫人は迷わず頷いた。
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「夫人に言い渡された変質の条件は2つ。産まれた子が3歳になる頃には、彼女の心の臓が止まること。そして子供を必ず幸せにすることだ」
アリオは乱気竜の話に首を傾げた。同じことを思ったのだろう。エリアーデが疑問を投げ掛ける。
「子供を幸せにするとは、どうやって推し量るのでしょう? 周りが評価するのでしょうか?」
「良い質問だ。子供がひとかたならぬ不幸を感じた時、変質の契約は破棄されるということになっていた。もしそれが守られぬ場合」
さもこの後が重要だとばかりに、ドラゴンは息を呑む。事実、述べられた真実はこの先に欠かせぬものだった。
「もし子供が不幸になった時、その子は魔法使いとなる」
「魔法使いに……なる?」
脳内の疑問符が増えに増えゆく。
「そうだ。契約は成立し、夫人は要望通りに若返り、魔女は魔力隠しの盾を授けた。子供に素質があるとが分かれば、弟子を探す魔法使いに目を付けられる。そして晴れて夫人は伯爵に受け入れられ、子を成し、その子が3歳になる頃に死んだ」
「そんな……夫である伯爵は何も思わなかったのですか? 何も……!?」
エリアーデがドラゴンに詰め寄ると、うむむと唸る声が響く。
「我も些細は知らぬのだ。しかし、そんなことを気にするような者では無かったのは確かだ」
「そんなこと……」
「話を戻そう。夫人は伯爵へ遺言を残した。子供を絶対に不幸にしないこと。魔女に頼んで家財を失う呪いを掛けたと。跡取りの誕生自体は喜んでいた伯爵は当然従った。しかし、最後の最後で失念した」
嫌な予感がする。
「なるほどな。その子供がノルンの現領主であり魔法使い」
そう言うシアンの表情は、先ほどまでとは比べ物にならないほど憐憫に満ちていた。
「あとは私が今日の話をするよ。そうすればなんのことか分かる」
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・次回更新日: 2023/4/12(水)予定
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