第493話 乱気竜③
おーっと、これは不味いことに。損な役回り。
「ちょ、ちょっと待って下さい。腕と脚が無いってどういうことですか!?」
船員と監視員たちは、もう何度目かの大きな溜め息をつく。
「どうもこうも、あの人は左腕と左脚が義手義足なんですよ」
「ぎしゅぎ……?」
耳慣れない言葉に付いて行けない。
「体内の魔力を消費することで、本物の腕や脚と同じように動く魔道具なんです。普通材料は木だったり石だったりですが、団長のはこの世界で最も硬いと言われる鉱物、アシンマイト製」
アシンマイトのアの字を聞いた時点で青ざめたエリアーデは、口元をピクピクと引き攣らせる。
「アシンマイト……巨人の拳をもってしても砕けず、火焔竜にも溶かせないという、あの?」
彼女がその希少価値を理解する人間だと知り、船員たちはいたく感心したらしい。
「おまけに雷電は通さないんですよね、これが。後で本物をお見せしますよ。我々に後があればですけど」
皮肉めいた洒落を言われたところで、こちらも苦笑する以外にない。
「どうりで団長の足音、ちょっと変わってるなと思った」
靴底にてっきり金属製の滑り止めでも入っているかと思ったが、金音は聞こえたり聞こえなかったり。左右対称に鳴るわけでもないので何かあるとは思っていた。現にエルントス団長と竜がぶつかり合うたび、楽器のように甲高い音が風に乗って来る。
猛禽類のような姿をした監視員の1人が、さてどうしたものかとぼやく。
「ああなっちまった以上、手を出しゃこっちが殺されちまう。乱気竜様は暇竜だからなあ。団長なんて良い遊び相手だろうよ。一体全体、どう止めりゃ丸く収まるんだか」
自分の横でエリアーデが深呼吸する気配を感じた。
「そういうことでしたら簡単です。というより、アリオは今まで何やってたの?」
単純明快という表情で彼女が目を細める。暗くてもハッキリ分かる。良いことを思い付いた時の大賢者テオドールにそっくりな顔。
「えーと、俺?」
「この勝負は、そもそも人質……というより物質がなければ成立しないでしょ?」
飽きもせずにぶつかり合う1頭と1人には目もくれず、彼女は上空の1点を指差した。それが何を意味するのか一瞬で理解する。
「あ、ごめん」
「まさか忘れてたの? 勢い良く私を置いて行ったくせに?」
「いや〜。団長がああ言ってるから、水差しちゃ不味いかなと思って……」
そう言いかけて気付く。不味いのはそっちではなかった。相も変わらず神秘的な笑みをたたえているが、その実、彼女の目元は全然笑っていない。その瞳が言わんとすることは明らか。賢者が考えるまでもないだろうと。
「もう自分で行く。つむじ風の精霊、乱気竜さんはどうでも良いので、ソウル・スフィアを追います」
彼女の足元へ躊躇いがちに、つむじ風が渦巻く。先ほどまであれほど渋っていたくせに、どうやら竜と直接やり合わないなら、なんとか出来るらしい。
「あ、あの、エリー?」
「何? アリオ」
「さすがに俺が取って来ます」
にっこりと微笑むエリアーデが、今はおっかない。
「行ってらっしゃい」
彼女が言い終わるよりも早く、暴風巻き上がる夜空へ飛び出した。
――でも思ったより簡単かも。
能力に強弱はあれど、こと小回りについては乱気竜よりつむじ風の精霊に分がある。ガンガンと金属音を打ち鳴らす2人から距離を取り、暴風の端を利用して上昇気流に乗ると、取り巻きである翼竜たちの背をタンタンと蹴ってゆく。
あっという間にソウル・スフィアを手にした1体へふわりと接近。
「勝手に他人の物を取ったらダメだよ」
そう言い含めると、キョトンと首を傾げる翼竜。良く見るとなんだか可愛らしい顔をしている。
――子供っぽいな。命令されて杖を盗っただけで、意味は良く分かってないってところか。
自分が杖に手を伸ばすと見た目通りの緩い鳴き声で、翼竜の子はソウル・スフィアを差し出してくれた。その瞬間。
「「「「「「「後ろ後ろ後ろ!!!」」」」」」
足下の展望室からの大合唱と共に、背後から殺気が湧き上がる。古今東西、嫌な予感は的中するものである。
「小僧、それは我を倒してからだと言わなかったか?」
「おいアリオ、てめぇ俺の勝負にケチ付ける気か?」
恐る恐る振り返ると、バレアナイ山脈を治める風の化身。そして大陸随一の行商組織の長
「えーと、俺?」
先ほどエリアーデに返したのと全く同じ空虚な呟き。それがこそっと漏れ出た。
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