第488話 至って普通の手紙
こういう話書くの好きなんですが、長くなっちゃう〜。
エリアーデが発した言葉によって、挙げていた両手は導かれるように彼女の両肩へと降り立った。すると彼女は埋めていた花のかんばせをふわりと上げた。ほとんど沈もうとしている月。淡い光に潤んだ彼女の瞳へ問い掛ける。
「それって8月に、修道長から受け取ったやつだよね?」
エリアーデは無言で頷く。中央教会で彼女を育てた修道長が、殺される前に彼女へ渡した手紙のことだ。病床で亡くなったエリアーデの母親が、修道長に託した娘宛の手紙だったはず。
「何か重要なことが書いてあったの?」
エリアーデのことなので旅路に関わる話かと思ったが、自分の胸に再び顔を埋めると、しきりに首を横に振る彼女。
「ううん。ほとんど私のこと。変かもしれないけど……私、お母さんが私のことばかり心配してたの、安心しちゃって。重要なこと全然書いてなかったのに……」
震える声は上ずっている。
「それって、そんなに変なことかな?」
思わず口を突いて出た。その言葉にビクッとすると、エリアーデはこちらを見上げてくれた。水面のように揺らめく薄水色の瞳。
「俺たちってさ。それを普通にするためにノルンヘ向かってるんでしょ?」
彼女の目は一際大きく見開かれた。
「そっか……そうだよね!」
そう言いながら身体をゆっくりと離すエリアーデ。少々残念な気持ちになるも、彼女の顔は輝いていた。
「お母さん、手紙の最後に書いてたの。老師の教えに従いなさいって。私のために全てを記しているからって。誰かが嘘や間違いを言っても、老師だけは500年間に起きたことを客観的に教えてくれるだろうって」
彼女や教会が"老師"と呼ぶのは、テオことテオドール老師。500年前に不老不死となり、3年前に賢者の杖を彼女に託して死んだ大賢者テオドール・アンジェリコのことだった。テオドールは自分の育ての親でもある。
「そっか……テオが手記を遺してくれて本当に良かった。俺たち前に進めてる」
自然とそう呟いていた。エリアーデも同意してくれる。
「『導きの聖本』は相応しい時に、相応しい人が読める魔道具だから、読み進めるのに結構時間が掛かっちゃったけど、私たちもちゃんと成長出来てる」
「まだ読めないところがあるのが気になるけどね。後はどの辺が読めないんだっけ?」
読めるようになった箇所は彼女と一緒に読むようにしているが、ここ数ヶ月は音沙汰無しである。
「500年前の決戦は大体読めるようになって、後はアリオと決めた通り、シアン様に直接聞こうって思ってる。シアン様たちが捕えられて死ぬまでの箇所だけは、勝手に色々読むのは違うと思うし」
それには以前から同意見だった。特に死んだ経緯については、死んだ本人から直接聞いた方が良いだろう。
「うん、大丈夫。分かってる。後は?」
「私たちと会う前だと、北の魔法使いナターシャ様とのやり取りが歯抜けになってるみたい。いずれナターシャ様には会わないといけないし、ナターシャ様に何か遺して下さってるのかも。今は受け取るには早いってことかな」
「有り得そうだね。それぐらい?」
「そういえばノルンの記述が全然見当たらないかも。それにガマラティ火山やエルフの隠れ里のことも」
ノルン、ガマラティ火山と聞いて引っ掛かるものがある。特にノルンは行き先でもあるからだろうか。
「ノルンとガマラティ火山は、魔王封じに使われてきた聖遺物がある場所だよね」
「うん。老師は伝説の聖遺物が何処にあるか確認して回ってたみたいだし、そうかも。魔弓も元々はエルフの隠れ里にあったって話でしょう?」
そういえばそういう話だった。もう一度思い返すが、この手記『導きの聖本』は相応しい時に、相応しい者だけが読めるようになるのだ。つまり読めないということは、まだその時では無いということ。
しかし、もし仮に自分たちが聖遺物を手に入れるのに相応しくない状況なのだとすると妙な点がある。エリアーデにおずおずと問い掛ける。
「でもおかしくない?『導きの聖本』は、次の持ち主がそれを読むに値するなら読めるようになるんでしょ? ガマラティ火山にあった魔砲ドン・ケルは、もうマシューが手に入れちゃったよね」
エリアーデは故テオドール老師、すなわち大賢者そっくりな仕草で口元へ手を当てる。少し俯き気味な顔の角度まで瓜二つ。
「そう言われてみると、ガマラティ火山に何かあるのかも?」
こういう時、彼女の独り言は長い。
「マシューに付いている火山の精霊ガマラティは、おそらく不滅の滝の精霊様と同じで、移動しても勢力を削がれないタイプの大型精霊。しかも不滅の滝の精霊様と違って常時結界なんか張ってないだろうから、かなり強いはず」
ぶつぶつと続ける彼女。確かにマシューの火山の精霊は桁違いの威力だが、海底火山の時に目の当たりにした大賢者の魔法のことを思うと、まだまだ使いこなせているとは思えない。その考えがボソっと口から漏れ出た。
「そう考えると、もしかして火山の精霊ってあれでも本気出してないってことかも……」
ハッと顔を見合わせる。そこへ低い声が飛び込んできた。思い切り酒に酔った吐息と共に。
「おうおうガキども喜べ。もうすぐバレアナイ山脈が真下に来るぞ。ちょいと早いが到着だ」
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