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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第6章 ヒト創りし人外都市
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第473話 ドロアーナ防衛戦⑮


 エリーちゃん、獅子奮迅の活躍。



 少年カルストイの母親の死体を見た途端、全身から力が抜けた。通信魔術を全開にすると、エリアーデは静かに静かに告げる。


「現場指揮から全隊へ。作戦をプラン・カモミールに変更。遊撃隊のアリオはクレイ導師を行動不能にし、精霊を使うよう仕向けて下さい。捕縛は正門指揮のマシューが実行します」


 アリオが「了解」と短く答える。先ほどのマリアとの会話を彼は聞いてないはずだ。まだ何も説明していない。胸の奥でつかえていた何かが、すっと取れる気がした。代わりに司令室のマリアから想定内の質問が返って来る。


『エリー、確証が得られたんだね?』


「はい。死体を動かしているのは1ヶ月前に発見された違法タバコの原料でもあるグァンマガテーナです」


『はっ! そいつぁお笑い(ぐさ)だね。幻覚が見えて止められなくなるってあれかい? この山のような死体は、あの粉状の植物で全身汚染されてるってわけだね』


「その通りです。違法タバコの中毒者を殺して水路に隠していた。これは死霊魔法・魔術(ネクロマンシー)ですらなく、体内の植物が死体を操っているだけの、ただの人形傀儡(くぐつ)です」


 そう、これは魂のある死体が自発的に動いているわけではない。魂を失った死体を、植物の精霊が動かしているだけである。


 先ほど倒れた何体かが起き上がろうとしていた。枝を折るようなパキパキバキバキという音。目の前の死体たちは死してなお、身体を酷使されている。


「あなた方を必ず弔います」


 死体相手に思わず語り掛けていた。司令室のマリアが重厚感のある声で確かめる。


『エリー、やれるんだね?』


「はい。グァンマガテーナは人間の恐怖を魔力に変換する激毒草。効いてる間こそ快楽を味わえますが、中毒症状で味わう恐怖は耐えられるものではありません。その恐怖を喰らって強くなったのでしょう」


 恐怖が原動力ということは、聖剣が1番効果を発揮する闇の深い魔力だ。やはりクレイ導師の捕縛はマシューに任せる他ない。


「マシューさん」


『分かっている』


 鯱に跨った赤毛の魔導士は、屋根からアリオたちの戦闘を見上げていた。目で追うのがやっとだ。通信魔術からは次の指示が飛んで来ている。


「アリオがクレイ導師を行動不能にしたらすぐに応戦を交代。教会前広場は避けて下さい。私たちは教会前広場から浄化魔術を展開します」


『了解。避難所の無い正門側に誘導する』


 さすが的確な判断である。エリアーデにはマシューがクレイ導師を捕縛できるという確信があった。次はアリオへの指示である。殺せと言わずに済んだだけで、状況は何も変わっていない。


「遊撃隊のアリオはクレイ導師を行動不能にしたら、教会前広場で私と合流。今のうちに出来るだけ正門側へ誘導して」


『……了……解!』


 ズズンという音で、また何処かの屋根が壊れた振動が伝わって来た。集合住宅から子供の悲鳴。ほんの一瞬。違法タバコのことを教えてくれた女性の死体が、その甲高い叫びにピクリと揺れた気がした。


 魂の宿らぬ身体がもう反応するはずも無い。自分の中の何かが期待してしまったことを恥じた。行方不明のカルストイ少年がどうなったのか想像するのは後である。ぐっと奥歯を噛み締める自分の脳内に、閃光の精霊(マリエス)の声が響く。


『敵に手の内を見破られていたからには、それ相応のやり方で返したいところですが、滝の精霊(エレオノーラ)聖剣の魂(シャーリーン)もかなり消耗しています。果たして我々だけで魔力が足りるかどうか』


『やられたらやり返すなんて、あなたがそんなことを言うなんて珍しい』


 そう頭の中で返答する。


『この街のモットーなのでしょう?』


 確かに。やられたらやり返すというのは、実に犯罪都市ドロアーナらしい座右の銘。それを聞いてピンと来るものがあった。


「やられたら……それです! 沿岸警備隊!」


 通信魔術に呼び掛けると、やや緊張した声の魔導士が答える。隊長ではない。


「はい、俺が隊長に繰り上がりました」


 その刹那、頭が真っ白になった。自分の読み違えで隊長は亡くなったのだ。しかし、またすぐに思考を酷使しフル回転させる。何かが口から出そうになったものの謝罪する時間も惜しい。


「分かりました。時間がありませんので良く聞いて下さい。沿岸部に現れる魔物を次の6箇所の、出来るだけ周辺に集めて下さい。言います…………」


 沿岸警備隊の男は努めて冷静にしてくれている。この街の魔導士はゴロツキばかりで正直不安だったが、司令であるマリアの人選は的確だった。男は伝えた情報をすらすらと暗唱してゆく。


『"森前埠頭"、"猫飯(ねこめし)波止場"、"帰りの星十字"、"貝殻灯台"、"ドロアーナ魚市場の搬入口"、それから』


「"マキ宿の停泊所"。最低9体はいるはずだから、複数体を同じ場所に追い込んでも良いです。けれどもその6箇所には必ず1体は魔物が居るようにして下さい。絶対にです」


『絶対にですね、了解です。出来る限りポイントに近くなるよう追い詰めます』


「申し訳ありません。ご遺体の回収は後で必ずします」


『構いません、(ねえ)さん。他には?』


「そうですね。現場指揮から全部隊へ」


 通信を全開にする。念のため全部隊へ。


「この死体には浄化や退魔の魔法が効きます。都市内警備隊、そして屋上隊の皆さんは、可能な限り浄化魔法や退魔魔法を使用して下さい」


 途端に出来ない使えないという声が、早朝の鳥のように次々と上がる。文字通り耳が痛くて、いや、頭が痛くて顔を(しか)める。ざわつく脳内に意見を回収しきれない。精霊のように頭に直接声を届ける通信魔術最大の欠点だ。


『なんでも良いから、お前らどうにかしな! 浄化魔術が作動するまで持ち堪えるんだ!』


 司令室のマリアが一喝。すると今度は未明の森のようにしんと静まり返る。そこへ可愛らしい声が降ってくる。


「エリーちゃんを虐めるな!」



【お知らせ】

・次回更新日: 2022/10/8(土)予定

・更新時刻: 20時台


※予定の変更がございましたら、Twitterアカウント(@medaka74388178)にてご報告させて頂きます。


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