第47話 実力の差
ラスト部分のエリーはたぶん、どや顔です。どやぁ…! 私も明日はたぶん、家で1人焼き肉です。どやぁ…!
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
日がかなり傾いた頃、午後の訓練は終了した。ダミアンは全員を解散させると、曇った表情のアリオへ近づいた。
彼はアリオに、練習用の木剣を離れたところへ置くよう指示する。そして、ベルトに下げた革製の鞘から、軍用ナイフを抜いてアリオへ手渡した。
「アリオ、今からそれでオレにかかって来い」
「え、でも」
そっちは丸腰だとアリオが言おうとすると、顔の横を拳が掠めた。
「来ないならこっちから行くぞ!」
ダミアンは元々身長が高い方ではないが、アリオに合わせて体勢を低くしている。彼は突き出した左手を引くと同時に、目にも止まらぬ速さでアリオの眼前に右の拳を突き出した。
アリオは間一髪の所で上体を反らせると、咄嗟に口にナイフを咥えてバック転し、その反動でダミアンの右腕を蹴り上げようとした。しかし、ダミアンの右腕はヒラリと蹴りを躱し、その掌でアリオの左足首を掴み取った。
その瞬間、過去3年間トムに教わったことが頭をよぎっていた。
――『いいか?アリオ、良く聞いとけ。この街で喧嘩売る奴は、相手が子供でも殺しに掛かって来る。ナイフを首に当てても絶対に油断するな。命が掛かった喧嘩にルールはねえ。攻撃は意外性で優位を取れ。自分の身体の大きさや相手の油断を逆手に取るんだ』
呆気なく勝敗が決まるかと思ったその時、アリオはそのまま手で地面から跳ね上がり、腹筋に思い切り力を入れてダミアンの頭の上に上体を起こした。
その勢いで、まだ掴みきっていなかったアリオの左足首はダミアンの手を逃れ、宙に飛び上がる。
「なんっつー…バネだ!」
ダミアンは思わずそう呟いた。
――『飛んだり跳ねたりするのは相手から逃げる時と、意表をつく時だけだ。基本的に逃げ場がないから、空中を中心に戦おうと思うな』
アリオはトムの教え通り、ダミアンの頭上で身体を丸めて前転すると、全身を捻って彼の背後へ着地した。そして、すぐさま左手にナイフを掴み、彼の背後から首元を狙ったが、ダミアンはそれを察知していた。
アリオの顔の横にダミアンの右脚が鋭く襲いかかる。
アリオは紙一重で身体を低くし、かろうじて回し蹴りを躱すと、ダミアンの身体の前側へ潜り込んだ。そのままナイフの柄を上にし、ダミアンの顎目掛けて思い切り飛び上がる。
…しかし、ナイフの柄はダミアンの顎には当たらなかった。
彼はアリオの左手を、自身の左手でナイフごと掴み取ると、両脚を着いて体勢を戻し、自分を蹴り上げようとするアリオの左脚を左脇にガシっと挟んだ。
「はい、ここまで」
そう言うとダミアンはアリオを放す。アリオは悔しそうに「もう1回」と呟いた。
「何回やっても同じだ。最初は驚いたけど、君の今の体格での空中戦は曲芸の域を出ないし、同じ手は食らわない。次はもっと早く押さえ込む自信がある」
俯くアリオの手から、ダミアンは貸した軍用ナイフを取り外した。ナイフを布で拭くと、元通りに革製の鞘へ入れてベルトに下げる。
「大丈夫。君はすぐに強くなるさ。今は不満かもしれないけど、基本的な動きは大切だ。それに、今までのやり方を忘れる必要はない。君が生きるために、教えてくれた人が居るんだろ?」
アリオは下を向いたまま頷いた。ダミアンは言葉を続けた。
「俺も訓練で外に出たことがあるが、君のやり方を見てたら、治安の良くない場所で生活してたのは想像がつく。戻ったら、今までの経験がまた役に立つさ」
ダミアンはエリアーデに手を振った。サラマーラは途中で店舗兼自宅へ帰ったようだった。
「終わった! 今日はもう解散!」
石段から駆け寄って来たエリアーデにダミアンは挨拶すると、そのまま城の入り口へ向かう。
「兵舎へは、城の裏手を通った方が近道ではありませんか?」
そう彼の背中へ声を掛けると「裏は通らないことにしてるんでね」と返ってきた。
エリアーデは後ろ手をひらひらと振るダミアンが見えなくなると、俯いたままのアリオへ視線を戻した。彼女が心配そうに彼の顔を覗き込むと、アリオは顔を上げた。
驚いたことに彼は笑っていた。
「俺、もう少し練習してから戻るから、先に帰ってて」
そう言うと置いていた木剣を拾い、素振りを始めた。エリアーデは「分かりました」と小さく微笑むと城へ歩き出した。
彼女は訓練場の隅を通る時に、アリオが置いた聖剣の横に金髪の美人が腰掛けていることに気が付いた。シャーリーンはエリアーデと目が合うと尋ねる。
「あいつは強くなると思うか?」
エリアーデは不敵に微笑んだ。
「ええ、きっと」
シャーリーンは眉ひとつ動かさずに続けた。
「お前はなんのために魔王を倒したいんだ?」
彼女はきょとんとすると、呆れたように金髪の美人へ言い返した。
「質問責めですか? …いえ、お答えします。私は今の世界の在り方に疑問を持っているのです。過去の時代が正しかったとは言いませんが、恐怖に縛られ、自由に暮らせない生き方を強いる今の世界が気に入りません」
「自由に暮らせない生き方を強いて………いる。そうだな」
エリアーデは、シャーリーンが一瞬悲しそうな顔をした気がして眉をひそめた。
「私の母は持病があり、生きている間は、ほとんど外出が叶いませんでした。いつか外が落ち着けば、昔話で聞いた美しい港町へ私と行きたいと言っていたのです。そして、その夢が叶うことはありませんでした。私は教会の魔導士試験に合格することを条件に、魔王討伐のための外出許可を取り付けたのです」
シャーリーンはアリオへ視線を移した。彼は剣の型を確かめている。
「お前の覚悟は分かった。お前は私がなんなのか、気付いているんだろう?」
エリアーデは小さく頷いた。
「はい。初めてお会いした時は全く分かりませんでしたが、何度かお見掛けして、おおよそ見当が付きました」
シャーリーンは無表情のまま彼女へ告げる。
「肝心のあいつの覚悟はどうだろうな」
エリアーデはアリオに目をやりながら微笑むと、シャーリーンの言葉に答えた。
「先ほど申し上げた通り、彼は強くなりますよ」
城の向こうで太陽が沈み、涼しい風が吹き始めていた。




