第41話 極彩色の晩餐
食レポ回です。某最南端の県にて、魚を食べた時の感動?をここに。
※2021/10/28より改行修正入れております。内容には変更ございません。
食卓には先ほどよりもさらに豪華な夕食が並べられていた。
魚1匹を使った贅沢な魚料理は、よく見ると『銀ノ月池』から砂漠まで一緒だったエメラルドブルーの魚で、香草とスライスしたレモンが載せられていた。
アリオとエリアーデは微妙な面持ちでそれを見つめる。
「ああ、そいつは翠玉魚だ。大きな群れをなし、砂の奥深いところに潜っている。表層まで来ることは珍しくてな。今回の献上品、猫の王も、お前たちによほど入れ込んでいると見える」
ゴージャ王はそう言うと、給仕係に魚料理を取り分けるように指示した。王は長いテーブルの端に座り、アリオとエリアーデはテーブルの中央辺りに向き合って座らされていた。
王の後ろには女性のメイド長、男性の士官長、そして長い金髪を高く一括りにした中性的な顔立ちの美人が立っている。食事後に全員を紹介すると言って、王は2人を席に着かせたのだった。
エリアーデは食べ慣れない色の魚に躊躇し、ナイフとフォークを一旦置いて、王に話し掛けた。
「国土の6割は農耕地とお見受けしましたが、こちらの鶏肉などはどのように入手されているのですか?」
ゴージャ王は鶏の丸焼きに目をやると、給仕係にそれも取り分けるように指示した。
「うむ。確かに外からすると色々と珍しいか。鶏は国内に畜産農家がいるから任せておるわ。それから今は収穫期ではないが、土の入れ替え時期以外は、農耕地で年中穀物や果実を育てておってな。収穫すると国の魔導師が貯蔵庫に仕舞うことになっておる。それ以外の物は全て輸入だ」
「輸入、ですか」
エリアーデは興味深そうに呟いた。
アリオは恐る恐るエメラルドブルーの魚を口に入れると「これ、美味いぞ!」と叫んだ。彼女は「本当ですか?」と言いながら魚を口へ運ぶ。
ゴージャ王はその様子を微笑ましそうに眺め、説明を続けた。
「魔導師を何人か行商人として雇っていてな。ここでは育てられない食べ物や、塩、木材、鉱物、外へ出るために必要な装備、ほら、お主らの付けておるチャームとか。そういったものを仕入れさせておるわけだ。こちらからは砂漠特有の鉱物や宝石、砂糖を主に輸出しておる。宝石は外では流行らんようだがな。意外と砂が売れるので助かっておるわ」
「なるほど、合理的ですね」
エリアーデはそう言いながら、今度はなんの肉か分からない物が入ったスープに口を付けた。アリオは給仕係に頼んで、黙々とテーブルの食材を味見して行く。
「まあ、儂が神々からここを預かる前、元々この国では4つ足の動物を食べる習慣がなかったようでな。肉の消費量はそんなに多くない。そのスープに入っているのは豆を加工して作った偽の肉だ」
「ええっ? 本物の肉かと思いました」
エリアーデはフォークに刺した加工肉をまじまじと眺めた。ゴージャ王は面白そうに話を続ける。
「儂が王になった際、神々がある程度の移民を受け入れるように国民たちに言ってな。敬虔なこの国の国民は移民たちと融和を図った。だから、この国には色んな宗教や価値観が入り混ざっておる。儂も新しい旅人が来るのが楽しみでのう。特に外とは違う次元から来た者は変わっておるぞ」
エリアーデは訝しげな様子で王へ尋ねた。
「外とは違う次元? そういえば、先ほどここは異次元だと仰ってましたね。次元とはなんでしょうか?」
砂漠の王は面白そうに笑うと、逡巡した後にこう説明した。
「そうさな…ここもそうだが、お主らが来た外の世界とは全く別のルールで動いておる、別の世界のことだ。それこそ無限にあり、基本的には絶対に辿り着くことが出来ん」
エリアーデは目を丸くして驚いた。
「そんな所から来訪者があるのですか?」
アリオは齧り付いていた鶏肉を飲み込むと、当たり前のように言った。
「『見渡す限りの砂の世界がありました。この砂漠、ありとあらゆる世界の端っこにあり、世界のありとあらゆる物が最後に流れ着く場所でありました』。この話が本当なら、別に不思議じゃねーな」
ゴージャ王は感心した様子で答える。
「よく分かっておる。ここは外の世界から隔絶され、影響を受けることも及ぼすこともない国だ。しかし、この砂漠自体はありとあらゆる次元の端に位置し、あらゆる次元から最終的に全てが流れ着く場所。当然、お主らとは別の次元の者も流れ着くわけだ」
エリアーデは夢見心地な顔で、国際色豊かな食卓を眺めた。
「つまり、街でそういった方とお会いすることも可能なのですね」
「その通り。心ゆくまで市中で話してみると良い。おお、そろそろ余興が始まるぞ」
先ほど、浴場まで案内をしてくれたサラマーラが、何人かの踊り子と楽団を連れて出て来た。
サラマーラは先ほどの衣装の上に、ベールの付いた帽子を被り、口元を布で覆っていた。アリオにして見せたように、右膝を折り、左脚を大きく後ろへ伸ばして、仰々しく礼をする。
「今宵お聞かせしますのは、この国の行商人たちが語り継ぎし砂漠の伝説でございます」
音楽師が琴や太鼓を披露し、吟遊詩人が唄い出すと、星空を背景に、サラマーラが天女の如く舞い始めた。
「この唄は…」
アリオとエリアーデは、歌詞の内容がお伽噺と同じであることに気が付いた。ゴージャ王は満足げに舞を眺め、右手に立っていたメイド長を呼び寄せる。
「うむ。今宵はいつにも増して洗練されておる。全員、また腕を上げたな。後で褒美を取らせよ」
エリアーデは興奮した様子で王へ問い掛けた。
「なるほど…このお伽噺は、アインの行商人が語り継いでいたのですね」
砂漠の王は自慢げに答える。
「その通りだ。客人に合わせて演目を変えるのだが、今日は3曲予定しておる。後の2曲は吟遊詩人の唄だが、もう外ではほとんど見かけんだろう。おそらく初めて聞くと思うぞ」
1曲目の唄が終わり、その場の全員が拍手喝采を贈った。サラマーラが手を挙げて拍手を静止すると、2曲目が流れ始める。
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これは昔々、ある国で。魔女を殺した物語。
その娘は美しく、陶器のような白い肌。
その娘は美しく、ルビーのような大きな瞳。
その娘は美しく、長く艶やかな紅い髪。
国中の男が彼女の虜、ついに王が王妃を捨てた。
怒り狂った王妃様、彼女を捕まえ魔女とした。
哀れ娘は魔女として、今晩広場で火炙りに。
彼女は火の中、歌います。
燃えろ炎よ、炎よ燃えろ。
燃えろ炎よ、炎よ燃えろ。
彼女は声も美しく、みんな怖くなりました。
燃えろ炎よ、恐怖よ燃えろ。
燃えろ炎よ、恐怖よ燃えろ。
いつしか娘の姿無く、そこには炎がおりました。
炎も声が美しく、みんな怖くなりました。
燃えろ恐怖よ、恐怖よ燃えろ。
燃えろ恐怖よ、恐怖よ燃えろ。
炎は街に飛び火して、もうひとり炎が出来ました。
2人の炎は美しく、陶器のような白い肌。
2人の炎は美しく、ルビーのような大きな瞳。
2人の炎は美しく、長く艶やかな紅い髪。
街が真っ赤に染まったら、2人の炎は去りました。
そうしていつしかもうひとつ、王座が奪われ後悔します。
これは昔々、ある国で。魔女を殺した物語。
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サラマーラが仰々しくお辞儀した。アリオとエリアーデは残酷な歌詞に拍手を躊躇ったが、ゴージャ王の大きな拍手に合わせて、やっと手を合わせた。
「安心せい。次の演目は聖剣の話だぞ」
ゴージャ王はアリオにウインクした。エリアーデは、またいつの間にか手記を取り出し、歌詞の内容を書き留めている様子だった。
サラマーラが小道具に剣を取り出し、吟遊詩人が歌い出す。
「これは砂漠の国が預かりし、光の剣の物語」
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あるところに、見渡す限りの砂の世界がありました。この砂漠、ありとあらゆる世界の端っこにあり、世界のありとあらゆる物が最後に流れ着く場所でありました。
神様たちは、人間たちが不思議な道具を持って帰ってしまわないよう、巨人の王に守らせることにしました。
神様たちは巨人の王に言いました。
「お前に永遠の生命を与えるので、これらの道具を管理せよ」
「しかと承ろう。しかし、人間たちがどうしても困った時、彼らを助けてはいけないだろうか」
「お前の意志で砂漠の道具を与えることは許さぬ」
「それでは人間たちがどうしても困った時、どうすれば良いだろうか」
「ではこの光の剣をお前に授けよう。
この剣をどうするかは、お前の自由に決めて良い」
巨人の王は光の剣を授かり、神々は地上から去りました。
そうして長い長い時間が経ったある時、魔王が大暴れして外の国をめちゃくちゃにしてしまいました。困った王様は、神様が残した様々な武器を探し求めました。
槍で炎の魔物を突きましたが、魔王をなかなか倒せません。
弓で獣の魔物を射ましたが、魔王をなかなか倒せません。
斧で樹の魔物を切りましたが、魔王をなかなか倒せません。
琴の音で沢山の魔物を惑わしましたが、魔王をなかなか倒せません。
鉄拳で岩の魔物を潰しましたが、魔王をなかなか倒せません。
砲で水の魔物を撃ちましたが、魔王をなかなか倒せません。
「そうだ、幻の砂漠にきっと素晴らしい武器があるに違いない。誰か砂漠へ行きたまえ」
王様がそう言いましたが、誰も幻の砂漠に辿り着けませんでした。
しばらくして、銀髪の美しい木こりのアルネーロが、森で怪我をした猫を助けました。
猫はお礼に、幻の砂漠へアルネーロを連れて行きました。助けた猫は、砂漠の王の兵士だったのです。
そうして、アルネーロは暴れる魔王を戒めたいと巨人の王を訪ねました。
巨人の王は、彼に光の剣を授けようと思い、3つの試練を課しました。
1つ目の試練は、剣に生命を宿すこと。
2つ目の試練は、剣に力を宿すこと。
3つ目の試練は、剣に心を宿すこと。
3つの試練を見事乗り越え、アルネーロは光の剣を授かり、国へ帰ってついに魔王を戒めました。
国王はとても喜び、巨人の王と相談して、彼にカヴァリエの姓を与えましたとさ。
めでたし、めでたし。
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