第391話 3年ぶりの犯罪都市
いつもの冒頭説明会です。
精霊暦10,503年・8の月・8日。
旧犯罪都市ドロアーナの街。
500年前に栄華を極めた水上都市。かつての美しさは見る影も無く、犯罪が横行する街に変貌していたはずである。
それがどうしたことだろう。立ち並ぶ建物は白壁が眩い。侵入者を防ぐために板が打ち付けられていた窓には、全てピカピカのガラスが嵌まっている。
もう誰も雨戸を閉め切ってはいない。ここぞとばかりに置かれた鉢植えには、艶やかな花々が夏を彩っていた。
この都市に3年前まで暮らしたアリオ・アンジェリコは、青空のような碧い瞳で、目の前の修道士を見つめていた。
見事な銀髪を刈り上げ、背中には聖剣アルル・ゴージャ。金装飾に赤い宝石が嵌まったこの剣は、光の魔物シャーリーンが魂として宿っており、光の精霊と混血の者しか継承することが出来ない。
彼は森で大賢者テオドール・アンジェリコに見出され、9歳ほどまで森で育てられた。その後、魔王討伐のメンバー候補を探すため、テオドールに連れられてこの街へ出たのである。
その後、この街のある売春宿にて、用心棒の男の部下として雇われていた。
3年前。彼が12歳になる直前。魔王勢幹部であり、先代魔王『火刑のフィアンナ』の妹でもある火災の魔物フレアが街を襲撃。
その際、テオドールとアリオに良くしてくれていた売春宿の女将カーサス、用心棒のトム、そしてカーサスが匿っていた少女ララが亡くなった。用心棒のトムは、魔物フレアに首を切り落とされた。しかし、ララとカーサスは魔物に殺されたのではない。
つい最近明らかになった事実。それは魔王が500年前の聖剣継承者シアン・カヴァリエの護衛ソーヤ・グラハムであるということ。
彼は夢魔の中でも珍しい獏と呼ばれる魔物であった。悪夢を食べることで人間の恐怖を取り込み、強い魔力を得るらしい。魔王となった彼は500年間、夢魔の力で人心を乱してきた。その目的は謎に包まれたままだ。
そして3年前、魔物フレアが街を襲撃する直前。突如として人心の乱れが止まった。それを人々は"凪"と呼び、魔王が人心を強く乱すことは、自然と"魔が差す"と呼ばれるようになっていた。
3年前のフレア襲撃時も突然"魔が差し"、心を乱した少女ララは、自身を匿っていた女将カーサスを刺殺。その後、彼女はアリオの目の前で焼け落ちる売春宿の下敷きとなって死んだ。
魔物フレアは、シアン・カヴァリエが天から放った聖剣によって退けられた。500年前の勇者シアンはどういうわけか3年前に蘇り、幽閉された聖遺物の中から、アリオの成長を今まで見守ってくれていた。
アリオは慣例通り、異次元にあるサバーハ砂漠にて聖剣の修行を積み、現在は双斧ロクラムを求めて大陸東端の閉鎖都市ノルンを目指している。
ところが一転して大陸西端の都市ドロアーナへ戻って来てしまった。アリオからすると、振り出しに戻ったようなものだ。
自分の隣で戸惑っているのはエリアーデ・クラーク。大賢者テオドール・アンジェリコから聖遺物の杖ソウル・スフィアを継承した、星十字教会所属の年若き天才賢者。
彼女はテオドールの幼馴染と精霊の間に遺された子孫であり、流れる水のような薄水色の髪と瞳が印象的。人間離れした容姿をした、少し変わった娘である。
彼女とは3年前、大賢者テオドールを探してドロアーナを訪ねて来たところに遭遇した。その日、少なからず想いを寄せていたララ、そして育ての親である大賢者テオドールが目の前で命を落とした。
それ以来彼女と行動を共にしていたことで、自分がどれだけ救われたのか。最近そう思い知らされることが増えてきたのだ。
彼女の横で旅用ローブを纏ったままのマシュー・ベルベットは、赤毛の美男子。亡くなったララ・ベルベットの兄であり、このたび海底庭園で魔砲ドン・ケルを得たことで、正式に魔王討伐に加わってくれることになった。
火や雷電、様々な精霊と契約している優秀な魔導士で、大賢者テオドールが彼を最初に探していたほどである。切れ長の目に据わる赤い瞳は、燃える炎のように揺れていた。
そして口元には笑みを浮かべつつ、目の前に立つ修道士を睨み付けている金髪碧眼の美丈夫。そこらの男より二回りは大きい。
彼こそ犯罪都市ドロアーナの元締めチャーリー・スタンボルト。その碧い瞳は、暖かな南国の海のようだが、血で血を洗う街を長年統括して来た猛者である。
筋骨隆々とした身体を隠す白いシャツに、つやつやした黒の革ジャケット。耳には魔石の紫色のピアスが光る。
彼の右親指に嵌はまっている金の指輪。大きな紅い宝石が中央に鎮座しているが、これこそ必中必殺の聖遺物ヴァリグオンであった。生物であれば間違い無く殺傷される危険な武器だが、チャーリーはこれを手懐けるだけの度量がある。
「無事だったなら、何故連絡を断ったのか説明しろ」
そんなチャーリーが、ぼろぼろのローブを纏った修道士を責める。それにはそれなりの理由があった。




