第384話 大賢者の葬送
2回目です。
庭園に辿り着くと、全員がそこに揃っていた。テオドールの遺体横たわる花塚に。腕を組んで聳え立つシャンハーは、威嚇する白蛇の如し。しかし、その顔は見たこともないほど穏やかであった。
マシューから聞いていた。通常なら物々交換で装備を揃えるところ、シャンハーが好意で用意してくれたらしい。すかさずその礼を述べると、大きな白蛇はこちらへ微笑んだ。
「いや、私もお前たちに礼を言わなければならない。たとえ姿形を変えようとも、この500年、いつでもテオドールと連絡は取れたのだ。それをしなかったのは、いつかテオドールが会いに来ると期待していた私の傲慢」
見れば花塚の棺桶の横には、それに相応しい大きさの穴がぽっかり。チャーリーにもようやく分かった。これから何が起きるのか。
「おいおい待ちな。いいのかよ埋葬しちまって? 貴腐の精霊たちが嫌がってるって言ってなかったか?」
テオドールの遺体を腐らせるのを精霊たちが嫌がっていると聞いていた。彼らが土に戻す気がなければ、埋めたところで同じことである。
「彼らは私が説得済みだ。彼女はもう去るべきだと」
「でもよ。その…言いづらかったんだが、テオドールの姿を女に戻したのは…その…あんたなんだろう? テオドールを男にしたのは"変質"の魔女ナターシャって話だ」
チャーリーの言う通り。魔女の魔法を解けるのは、同じ魔女か神々ぐらいである。
「だから私は傲慢なのだ。私の魔法使いとしての権能は"無効化"」
魔法使いがそう言ってテオドールへ視線を落とすと、やっぱりと小さく呟くエリアーデがいた。全て彼女の予想通りであった。
「テオドールの身体がここに流れ着いた時、何よりも先にナターシャの魔法を解呪する自分が居た。なんと愚かしいことよ。懐かしい本来の大賢者の姿に、貴腐たちが狂ったのだ」
クナハに抱えられたミルナは、凛と背筋を伸ばす。その柔らかい鈴の転がるような声色。
「いいえ、シャンハー様。きっと誰もが同じことを願うはずです。僕にとってはマナがそうでした」
チャーリーは気が付いた。テオドールの棺の横に、少し小さな棺の蓋が閉じて置かれている。良く見ると小さな穴も。きっとミルナの下半身であったヤドカリウオのマナの遺体だ。
エリアーデが一歩前へ出ると、自分よりも遥かに大きな躯体を見上げる。
「だから葬送するのです。これは生者のための儀式。3年前、あなたは悲しみを分かち合う者を持たなかった」
シャンハーは優しく目を細める。テオドールが育てた賢者エリアーデは、大賢者を継ぐに相応しい者へと成長していた。そして聖剣の継承者アリオも。
「なあ、身体が健在ならシアン・カヴァリエみたいに蘇るかもしれねーじゃねーか」
チャーリーの口から思わず溢れ出た。ずっと考えていたことである。しかしそれを魔法使いは一笑に付す。
「ありがとう、礼を言うぞチャーリー。しかし、それは叶わぬこと。人間の身体は腐らなくとも、長期で機能を失えば二度と動かぬ。そこに魂を詰めたところで動く死体、つまりは屍人形よ。シアン・カヴァリエを除いてな」
「何故シアン・カヴァリエだけ無事に済んだ? 誰もが口を揃えて、彼女は確かに死んだと言うのに」
赤毛の魔導士が表情ひとつ変えずにそう尋ねる。マシューの言う通り、シアン・カヴァリエは確かに一度死んだ。何故蘇ったのか。その理由も先日の晩酌時に聞いていたが、果たして彼らに教えるだろうか。
「そうだな。これはお前たちにとって有益な情報だ。シアン・カヴァリエ本人も知らないことだからな。今から言うことを良く聞き、良く考えよ」
つまりは全て教えてくれるわけではないらしい。エリアーデはすかさず手記を取り出した。
「精霊が腐らせずとも、時間とは残酷なものでね。時が経過すればするほど身体は機能を失う。シアン・カヴァリエが死んだ直後、彼女の身体がそうならないよう権能を駆使した者がいるのだ」
「それは一体……」
「魔物の心を探究し続ける物好きが、フィアンナの城に棲み付いていたのだ。王を殺した後も魔物の本分を大きく離れ、人間のような振る舞いで王城を乗っ取った。彼女が居なくなれば、次は誰に興味を持つだろうな?」
それは言わずもがな。全員が悟っていた。その物好きな何者かは、次はソーヤに興味を示すに違いない。夢魔としての本分を大きく逸脱した魔物。シアンが望む死を与えられなかった魔王に。
「……大きなヒントですね。ありがとうございます」
エリアーデは何かに気付いたようだった。魔法使いは小さく頷く。
「私が話せるのはここまでだ。これ以上は禁忌に触れる恐れがある。奴は現魔王の側近の中でも重要戦力の1人だからな。さて、私は葬儀の慣習を知らぬ。任せたぞ、エリアーデよ」
花束を持った人魚が2人、側へと泳ぎ寄って来る。エリアーデはそれを受け取ると、1つをミルナへ。
「マナの葬送、本当に教会式で良かったの?」
「うん。勝手かもしれないけど、マナには大賢者様のお側に居て欲しい。これから行くはずの広い世界を見せてあげられなかったから、大賢者様から色々話を聞いて欲しい」
「心配しなくても老師の大好物だよ、マナみたいな子は」
エリアーデがそう言うと、ミルナが嬉しそうに乳白色の目を細める。見えない瞳で、しっかりと見据えて。そしてもう1つの花束を抱えて、エリアーデはアリオへ近付いた。
「あなたから老師へ渡して頂戴」
彼は黙って花束を受け取ると、無言のままテオの胸元に花束を置いた。エリアーデはそれを確認すると南へ向き直る。
「賢者テオドール・アンジェリコ。そしてヤドカリウオのマナ。冥府へ旅立つかの者たちに、十字星の導きがあらんことを」
そう唱えると、胸に十字を切る。
「それでは老師。お別れです」
エリアーデがそう言うと、アリオがそっと歩み寄った。
「テオの意志は、俺たちが必ず引き継ぐよ」
ふわりと温かな海流が起きる。誰もが同じことを思った。たった今。大賢者が側で微笑んだのだと。




