第360話 双子の嗜好
悪趣味なこの双子さん。
テオドールはちらりとチャーリーの方を見た。
「あなたの方が、この手の交渉得意とお見受けします。いかがしょう?」
「いかがも何も、向こうに交渉する気なんて、これっぽっちもねーな」
常日頃から悪漢を相手にしている彼がそう言うと、大賢者はやはりそうですよね、とだけ短く答える。そんなことより、このエリアを管轄する主人が来ないことの方が、金髪の美丈夫には引っ掛かっていた。
「それよりも、ここはシャンハーの縄張りだろーが。あの魔法使いは来ねーのか?」
「まだです。こちらの人命が危ぶまれれば、すぐにでも駆け付けるでしょうが、彼らもまだあの子を殺す気ではありません。たとえここが彼の庭だとしても、魔王勢幹部に手を出すとは、すなわち勢力争いに加勢したも同然」
「そうか。あの魔法使いはすでに罰を1回喰らってるわけだから後がねーな。そいつは仕方ねー」
そうこうしているうちに、ミルナを球状に包む帯が、じりじりと光り輝き始める。何か低い音が、ブーンと鼓膜を揺らしている気がするが、気のせいだろうか。
「たぶん俺が喰らったのと同じだ。身体が泡立つような気がして、どんどん気分が悪くなる」
チャーリーは自分が受けた攻撃の特徴をそう述べた。身体が泡立つとはどんな風だろう。受けて見なければ分からないが、危険なのは間違いない。
苦しそうに蠢くマナの様子は、どんどん酷くなってゆく。普段は黄色をしているヒダのような足は、みるみる青や紫に変色し、今はところどころ灰色に黒ずみ始めている。とても見ていられない。
「おやめなさい。そのヤドカリウオをいたぶった所で、この方たちも、そして私も、聖遺物を魔王勢の幹部には渡しません」
テオドールは毅然とそう言い放った。魔物の双子はくすくすくすくす笑い続ける。大して特徴のある声でもないのに耳障りだ。
「そんなこと言ってて良いの? この子、男の子なのか女の子なのか良く分からないけど、この下ってどうなってるのかな〜?」
ヒダ状の足を必死にばたつかせ、宿主の下半身から落ちまいとするヤドカリウオのマナ。もう限界の様子だ。
――ミルナの下がどうなってるって…まさかこいつら!
彼らが何故こんなまどろっこしい拷問のようなことをしているのか、ここまで来てようやくアリオにも分かった。
ずるり…。
次の瞬間、耐えきれなくなったマナが、ついに力無く落下する。エリアーデが思わずミルナから目を背けるが、テオドールは至って冷静だ。
「ミランダ、あのヤドカリウオを」
言われるよりも早く水が凝結し、落下して来たマナを包み込む。双子はきゃははと大笑い。ミルナの下半身を見てご満悦の様子である。
「凄〜い! この子両性具有ですわ。それにしてもこんな所まで鱗がびっしり! なんて醜い生き物なんでしょう♪」
「本当だね〜。みんなに見られちゃったから、このまま起こしてあげようか」
片方がミルナの頬をびたびたと叩き始める。ミルナが小さく呻くと、チャーリーの形相が変わった。
場を包む強烈な怖気。
愉快そうにしていた双子は、急に無表情になると、ミルナを叩くのをやめ、金髪の美丈夫の方へ視線を移す。この世のものとは思えぬその表情。犯罪都市の元締めは眉間に深い皺を寄せ、凄まじい顔で魔物を睨め付けていた。
「まあ怖い。あの方怒ってますわ、オリゴー♪」
「こんな醜い魚人が恥を晒したくらいで? 気が短いね〜」
その言葉にチャーリーの耳がピクリと反応する。小さな紫色の彼のピアスがきらりと光った。
「そのとーり。俺は短気だよ。お前らこのご時世に、どれだけ人間が死ぬと思ってやがる?」
「さあ? 私たち殺し回ってる側なので分かりませんわ♪」
「ああ、そうかい。魔王が人心を乱して、割りを食ってるのは運がなかった弱い奴らばっかりだ。俺には分かるぜ。お前らはアリオと決闘したランケールドとは違え。自分より弱い奴をなぶって殺すクズの方だ」
口が裂けるとは、まさにこのこと。エリーゼとオリゴーはそれを聞いて、口を耳の端まで吊り上げた。所作の何から何まで嫌悪感を覚える。
「なんですの、それ? 私たちを褒めているのでしょうか♪」
「さすがに頭も悪ぃーな。今度はお前らがぶっ飛ばされる番だってことだよ!」
彼は弾かれるように岩の巨人の身体を跳ね上がり、両拳をエリーゼに向かって突き出した。その拳は魔物の胴体をすっとすり抜けた。くすりと笑う魔物。オリゴーがこうのたまう。
「嫌だな〜。短気は損気だよ。この程度簡単に避けられるね」
「いいえ、彼の言うことは本当です。今度はあなた方がぶっ飛ばされる番です」
エリーゼを透過した彼の拳がミルナを包む光の帯にぶつかると、あっという間にそれは解けた。一瞬で浮かび寄ったテオドールが、ぐったりとした少年を受け取る。
「フォンクリエは彼の援護を」
チャーリーの足場になるよう指示すると、大賢者は水の張った火口ではなく、この岩場の入口近くへミルナをそっと降ろす。エリアーデとアリオが心配そうにそこへ駆け寄った。
エリアーデはすぐにストールを取り出し、ミルナの腰に巻き付けた。心配そうな表情で、アリオが少年の容体を尋ねる。
「ミルナは?」
「大丈夫。気を失っているだけです」
こちらを安心させるように笑う彼女の前に、水の精霊ミランダがやって来て、ヤドカリウオのマナをそっと地面に降ろした。悲しげなその表情。
「こっちはダメだったわ」
すっかり灰色に変色した少年のパートナーは、もはやピクリとも動かない。ミランダの言葉に怒りが滲んでいるのが自分にも分かった。




