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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第2章 果ての砂漠の金色幻想都市
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第36話 銀ノ月池②


※2021/12/15に分割しました。



 アリオが頷くのを確認して、エリアーデは手記を読み上げ始めた。


「まず魔物。第一位幹部 氷の帝王……」


 星を数えていた虎猫は、その言葉にぴくりと耳を震わせる。さすがに500年前の手記だけあって、情報が(いささ)か古い。


「エリアーデ様。氷の帝王はすでに倒されております。手記を少々拝見してもよろしいでしょうか?」


 フランツは猫の王の側を離れると、エリアーデが用意した椅子を担いで来た。それを彼女の隣りに()え置くと、ぴょこんと腰掛ける。


「お願いします。2冊目〜5冊目の手記はほぼ破かれていて、魔物に関する記述が見つけられませんでした」


 エリアーデは1冊目の手記を、虎猫へ手渡した。フランツが耳をぴくぴくと揺らす。今のは聞き間違いかとばかりに。


「2冊目〜5冊目がほとんど使い物にならないと? それはテオドール殿にしては妙なことです。砂漠へ到着したら相談してみるとよろしいかもしれませんね」


「誰に相談するんだ?」


 アリオがそう尋ねると、虎猫はごく当たり前のように答える。


「おそらく、あなた方が砂漠で最初に出逢うお方です」


 エリアーデとアリオは目を見合わせたが、フランツはそのまま先へ続けた。虎猫のグリグリとした両眼が、手記の上を素早くなぞる。


「500年前の戦いとその後の粛正で、確実に死んだ者をこの一覧から除きますので、お書き留め下さい。現在も生きている可能性がある魔物でございます。『第三位幹部 炎のフレア』。よくご存知と思います」


 アリオが一瞬忌々しそうに眉間に皺を寄せるのを、エリアーデは見逃さなかった。


「『第六位幹部 嵐のコルテロ』…風と水を同時に操る厄介な相手でございますね。

『第八位幹部 輝きのランケールド』…鉱石を操る珍しい魔物です。

『第十二位幹部 氷結のマクガレン』…第一幹部の氷の帝王を凌ぐ実力者という噂でしたが、実態は不明という怪しい者でしたね」


 そこまで一気に読み上げると、虎猫はひと呼吸置いた。そこに忌々しい名前を認め、目を細める。


「……続きまして、魔王勢に味方していたその他勢力。『ルノー・ジュペゼリー伯爵及び伯爵家』。人間ですが、一家の生き残りが居る可能性はあるでしょう」


「…人間?」


 アリオが驚いた様子で問い掛ける。人間が魔物の味方をするのか、という表情だ。エリアーデはフランツの代わりに、なんの不思議もないという顔で答えた。


「当時の王政に批判的だった者や、甘い汁を吸いたい者、魔王の狂信者まで様々な人間が関与していたのでしょう」


 アリオはそうかと、小さく相槌を打った。どうやら彼の頭でも、利害関係が繋がりを生むことは理解出来るらしい。思ったより利発な少年なのかもしれないと、この時エリアーデは思った。


「人間で言いますと、魔王を信奉していた魔導士ケッヘルガー・アレキサンドロスも後継者を残しているかもしれませんな」


 いつの間にか用意していた自分の手記に、エリアーデはフランツの言葉を素早く書き取らせた。紙の上に自動で文字が浮かび上がる。アリオは少しこちらを気にしているようだ。


「『巨人 カルフォーとその一味』、『小人とドワーフの盗賊団 ナキンナ』、『邪竜 イングルクァント』。彼らはまだ生きており、あちこちで暴れ回っている噂を聞きます」


 フランツはそこまで言い終えると、またひと呼吸置いた。顔を険しくする虎猫に、アリオとエリアーデは息を呑む。


「現状…といっても500年前ですが。『現状、脅威ではないが要調査。シリウス』と書かれておりますね」


「どういうことでしょう?」


 彼女はフランツの表情から何か普通でない様子を感じ取った。


「大賢者ともあろう方が()()()()()()と言い切るということは、()()の魔物である可能性がございますね」


「………!」


 あからさまに驚いた表情になるエリアーデ。アリオはわけが分からなかった。


「概念?」


「風を除きますが、基本的に目に見えないような現象を司る魔物です。いえ、彼らは姿形が見える精霊と言った方が正しいでしょう」


 なるほどと相槌を打つも、ちんぷんかんぷんである。しかし、エリアーデは待ってはくれない。


「概念の精霊は世界に与える影響が大き過ぎるため、人間に一切加護を与えないのですが、ごく稀に人間と関わりを持って姿を得ることがあります」


 彼女の説明にアリオはピンと来ない様子だったが、エリアーデは構わずに説明を続ける。


「しかし、概念の魔物は世界のルールが崩壊するレベルの権能を持っていますので、魔法を使うことは原則無く、魔導士のように魔術で攻撃して来ることが多いのです」


 取り敢えず頭を整理しよう。彼女が言いたいこととはすなわち、こういうことに違いない。


「つまり、そのシリウスってのは攻撃して来ない可能性が高くて、攻撃して来ても人間と同じように魔術で攻撃して来るってことか?」


「その通りですが人間はもちろん、他の魔物と違って格段の魔力を持っていますから、魔術の威力は並大抵のものではありません」


 エリアーデは早口でそう答えた。そして、自分の手記に『要注意・要調査』と書き加える。


(わたくし)は一度、"死"の魔物に遭遇したことがありましたが気さくなものでした。ただ、彼は気まぐれに命を奪うことがあると仰ってましたので、確かに精霊と変わりありませんな」


 "死"にも魔物なんてものがいるのか。エリアーデとアリオは戦慄した。生も死も自分でどうすることもできない。それでも、そんな魔物に魅入られたくはなかった。


「"重力"の魔物もごく稀にクレーターを作る趣味以外は、大人しい方でございましたよ」


「こえー」


 アリオはただただ、そう呟いた。エリアーデも同感だったが、それよりも手記に記載されたシリウスという魔物である。概念の精霊ならば、それなりに恐ろしい能力を持っているだろう。


「ひょっとして、この魔物が原因で500年前は失敗を…?」


 エリアーデは目を細め、口元に手を当てながらそう尋ねた。しかし、フランツはすぐさま首を横に振る。


「その判断は早計でございましょう。概念の魔物は魔女同様、勢力争いに加担することはほとんどありませんからな。大方、この手記が記された際は魔王城の下働きでもしていたのでしょう」


 説明はこれで終わりだ。虎猫はパラパラとページを閉じると、エリアーデへ手記を返した。それを受け取ると、彼女はもう一度パラパラとページを探す。そこに不自然に破かれた箇所を見つけると、フランツへと開いて見せた。


「フランツさん、ありがとうございます。ご覧の通り、先ほどの箇所。次のページが破かれていまして…恐らく魔王について記述されていたと考えられます。魔王について何かご存知のことはございませんか?」


 フランツは困り顔になる。腕組みをして目を閉じ、何やらうんうんと考える。


「大変申し訳ございませんが、良く存じておりません。魔王は自分についてあまり公にしておりませんので」


 エリアーデが露骨に残念そうな表情をする。肩を落とす少女を見て、虎猫はしばらく思案してからこう答えた。


「500年前、現魔王城を乗っ取った後、ほとんど姿を見せておりません。しかし、その強大な力で街という街を焼き払ったのはよくご存知でしょう。炎のフレアに指示していた可能性もございますが、(わたくし)も一度燃える街を見てしまったことがありまして…その…」


「フレアの仕業とは思えないと?」


 思わず言葉に詰まったフランツに、エリアーデはそう聞き返した。


「…はい。フレアの炎も見たことがありますが、全く別物でありました。あの炎はまるで地獄の業火。焼き去った土地に草の根一本生えないような、そういった代物でございましたね」


 虎猫はぞっとするような紅い炎を思い出して、深くため息をつくと、月の去った丸い星空を見上げた。


「…皆様(みなさま)(わたくし)めも疲れましたので休憩致しましょう」


 猫の王はすでに椅子から降り、砂の上で大きないびきをかいていた。虎猫は自らの王に近づくとその背中のマントを引っ張り、身体が冷えないようにそっと掛け直した。




・~・~・~・~・~・~・~




 アリオは星空を見上げながら、ドロアーナの街を思い出していた。


 外の世界はきっと楽しいに違いないと思って、9歳になる年にテオドールと森を後にした。不条理しかない世界に嫌気がさすのに、そう時間は掛からなかった。


 カーサスは(わけ)ありげなアリオとテオに仕事を世話してくれた。トムは2人を疑いつつも、アリオに短剣の扱いや喧嘩での安全な立ち回りを教えてくれた。


 そんなカーサスとトムがお伽噺(とぎばなし)のように一緒になることは無く、カーサスは見ず知らずの男の相手をして生計を立てていたのだ。


 去年、ララが来て店の雰囲気が少し変わった。カーサスはまともな食堂をやりたいという夢をトムに相談するようになった。


 ふと、燃え盛る火の中でアリオに笑いかけたララの顔が頭をよぎった。


 テオドールの声が響く。


『お前が…この世界を気に入ってなかったのは…知ってたさ。でも…この街に来て3年、それだけじゃ…なかったろう?』


 アリオは急に不安に襲われてエリアーデの方を見た。彼女はいつの間にか膝掛けを被り、静かに寝息を立てている。


「起きれてねーじゃねーか」


 小さくそう呟くと、静かに微笑んだ。


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