第321話 魔王の正体
※サブタイトルの通り、本編のネタバレを含みます。初見の方はご注意下さい。
魔法使いシャンハーの居城を目指しつつ、アリオは頭の中の違和感を擦り合わせるのに必死だった。つい先刻の戦いが、鮮明に蘇ってくるにつれ、漠然とした不安を感じていたのだ。
魔王の顔が緩んだ時に覚えた既視感。それは、魔王がレオカントのフリをしていた時、最後に見せた笑顔と同じものだった。
「アリオもあなたも、喋り方を変えたのね。大きくなったわ」
ミランダがエリアーデと楽しそうに語り合っている。時々自分の名前を出しては、ちらちらと見て来るのは、なんの嫌がらせだろうか。そのたびにニコニコするのが、少しばかり癪だ。
それに考えごとの最中なので、こちらに振らないで欲しかった。そう思っていると。
「ねえアリオ、何か私に聞きたいことがあるんでしょう?」
唐突に聞かれて、思わず歩みが止まった。この水の精霊は、500年前テオドールと一緒に、シアン一行に同行していたはずだ。今まで誰も答えてはくれなかった。
その理由に心当たりが生まれたが、なんの根拠もない。それに、自分自身あまり信じたくない。テオドールが大賢者だったことで、動揺しているせいだと思いたかった。
黙り込む自分に、きょとんとするエリアーデだが、こんな突拍子もない話に驚かないだろうか。
「魔王フィアンナは、500年前に滅んだの?」
「そうね。彼女、実は消えたわ」
躊躇うことなく、水の精霊はそう答えた。やはりそうなのだ。500年前に、当時の魔王は倒されていた。
「魔王を選ぶ聖遺物『恐集め』は、混血を選ばないって。砂漠に棲む知恵の魔物が、そう言ってたらしいんだけど、本当?」
「そうね。それも、本当」
ミランダの笑顔は、自分に先を促していた。もう答えを知っているんでしょう、という顔。テオドールと森で授業をしている気分になる。実際はそんな簡単な話ではないのだが。
急に立ち止まったアリオを、全員不思議そうに見守っていた。精霊と問答を始めたようだが、なんの話かさっぱり分からない。しかし、エリアーデだけが、どこか深刻な表情で耳を傾けている。
アリオは聖遺物について尋ねた後、数秒黙り込んでいた。やがて決心したかのように、この質問を切り出した。
「ねえもしかして、魔王って…」
・~・~・~・~・~・~・~
同時刻、魔王城。
ここの空は常に曇っている。
しかし、不思議なことに雨はめったに降らない。
窓の外を覗く白い銀髪の男。腰まで伸びているであろう、その美しい髪。今は白いリボンで先を束ねられていた。
白い装束を纏った魔王は、冷たく光る金の瞳で、無表情のまま佇んでいる。
夜の曇り空など、ただの闇だ。いつもなら寝てしまうところ、今夜は何故か、変わり映えのない黒塗りの天上を見つめ続けていた。
やはりもう窓辺を離れるべきだ。
踵を返そうとしたその時。
魔王の金眼に2筋の光が走った。
有り得ない。何かの見間違いだろうか。空は相変わらず、どんよりと闇一色に塗り潰されている。
それでも確かにたった今。
2つの箒星が空を駆け降りた。
それはまるで泣いているように、自分の目には映った。しばらく嘘のように見上げていたが、それ以上何かが起きる気配はない。魔王は空から視線を落とすと、ゆっくりとベッドへ歩み寄り、ドサリと身体を預けた。
・~・~・~・~・~・~・~
その頃。シアンとゴージャ王は、正面広間に辿り着いて、目の前の光景に立ち尽くしていた。
夜空に光が舞っている。
星だ。
目を移す暇もない。
無数の星が水平線へ降り注いでいる。
王城の天頂から放射状に。
空を埋め尽くす星々の尾。今はもう驚愕の表情を浮かべている国家魔導士のユリアン。やがて彼女と同じくらいの背丈の、軍事長官が駆け付ける。彼もシアンを見て一瞬驚いたが、それよりも今は空だ。
同時刻。外の世界にも天頂から星々が注いでいた。かつては殺伐とした犯罪都市であったドロアーナ。砂漠の入口である星屑山。かつての栄華を残したままの閉鎖都市ノルン。大陸の北も南も、東も西も。
人身売買都市バテルマキアの、丸く切り抜かれた上空。ここも光の線に埋め尽くされ、人々の視線を釘付けにしていた。残された祭司長や、ドルンデ、マックス。そして戻って来たカンツォーネや子供たち。全ての約束の民が、初めての流星群に驚きを隠せず、呆然と空を見上げる。
「500年ぶりか…」
満身創痍のランケールドが、祭司長ラカーナの隣で呟いた頃。全く同じことを、砂漠でゴージャ王が呟いていた。
「500年ぶりか…」
「うむ。そうじゃのう。シアン嬢が死んだ時と全く同じじゃが、違うことを語っておる」
その老婆…"未来視"の魔女アンテローゼは、忽然と正面広場に現れた。臙脂色のローブを纏い、髪は全て抜け落ち、ギョロッとした目は琥珀色。その瞳は天上からの指示をしっかりと捉えていた。
「アルル。時が来たぞ」
老婆の言葉の意味に、国家魔導士と軍事長官に緊張が走る。シアンは強い意志を秘めた碧い瞳で、ゴージャ王は茶色い好奇心に満ちた瞳で、それぞれ魔女を見つめた。
「アルルよ、シアンに巨人の至宝を預けよ。シアンよ、そのネックレスには呪いが掛かっておる。お主が幼少時に取り上げられたもの、すなわち"恐怖"。それが分かるように。為すべきことは分かっておるな?」
琥珀色の目がギロリとシアンを瞳に映す。分かっている。この落とし前、アリオだけに付けさせるわけに行かない。しっかりと頷き返す。
「ああ…私がソーヤを止める。私がソーヤを魔王にしたのだから」




