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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第4章 約束の女神
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第315話 バテルマキアとの別れ


 物語の核心に近付いて参りました。



 全員呆気に取られるしかなかった。魔王の力は圧倒的だったはずだ。それこそゴージャ王の力でようやく一矢報いたほど。そんな強大な力ですら、魔法使いを前に一瞬で掻き消されてしまった。


「はは…こりゃ神々も勢力争いを禁じるわけだ」


 チャーリーがやっとのことで絞り出したのが、それだった。肩から力が抜けている。他の者も(みな)黙りこくっている。すると、宙に浮くミルナが。たった今ゆっくりと、魔法陣へ沈もうとしているミルナが。深く深く息をついた。


「ありがとうございます。海辺の庭の(ぬし)、そしてエレオノーラ様。みんなも…世界が平和になったら、みんな幸せになってね」


 最期の言葉のつもりなのだ。その目に涙が滲んでいるのを見て、アリオはフランシスへ必死に呼び掛けた。しかし…返事はない。


 ミルナの身体がどんどん魔法陣の中へ。

 水面に沈むように、ゆっくりと溶けてゆく。

 やがてその口元に笑みが浮かぶ。


 アリオの脳内で、3年前遠くへ去ったはずのララが、あの屈託のない笑顔で、笑った。


「ダメだミルナ! 自分が犠牲になれば全員幸せなんて、そんなの間違ってる!!!」


 アリオは聖剣を鞘に収めると、魔法陣目掛けて勢い良く飛び降りた。彼の身体が消えた時、アリオの身体も魔法陣へズブリとはまった。魔法陣の光が水滴のように跳ねる。光の水に落水したのだ。


「アリオ!」


 エリアーデはひと呼吸も躊躇(ためら)わずに石板を蹴った。慌ててマシューが後を追う。2人ともあっという間に魔法陣の中へ消えてしまった。


「おいおいマジかよ!」


 チャーリーが片手で頭を抱えた。追おうとするマックスを手で差し止める。全員で行くわけにはいかない。目前の女神がくくくと笑った。


「私もシャンハーには初めて会う。挨拶がてら、このまま同行してやろう、人間」


「そいつぁーありがたい。魔法使いと喧嘩なんて、ゾッとしねーからな。それにしてもあの向こうが海底庭園って、息出来るのか?」


 恐々と魔法陣を覗き込むが、段々と光が弱まっている。ばっと見上げると、満月が傾いていた。迷っている時間がない。


「ドルンデ、マックスを頼む。そこの祭司長さんも心配だしよ。戻るまでバテルマキアで待ってて欲しいところだが、あんたの寿命に影響しそうなら、先に帰ってくれ。じゃーな!」


 それだけ言い残すと、チャーリーもあっという間に魔法陣へと飛び込んだ。最後に女神エレオノーラが、すうっと姿を消した。マックスの目にも見える、神々しい滝の精霊。どうかアリオたちを守ってくれますよう。


 大水鏡の魔法陣は再び水中へ。今は仄暗い水底の水草の上で、気持ち良さそうに凪いでいる。まるで何事もなかったかのように。バテルマキアの回廊は静けさを取り戻していた。


「おい、あんた。その石、元通りになってるぞ…!」


 異常に気が付いたドルンデが、祭司長のラカーナへと声を掛ける。彼女は慌てて石の手触りを確かめた。確かに真っ二つに割られたはず。それが元の丸い石に戻っている。それが生き物のように熱くなるのが、文字通り手に取るように分かった。


 散らばっていた(あお)い鉱石がガラガラと集まる音に耳を立てながら。祭司長(ラカーナ)は目頭を熱くした。




・~・~・~・~・~・~・~




 泉を眺めていたシアンは、寂しい思いを隠せなかった。海の底を泳ぐ、色鮮やかな魚たち。この不安の前では、彼らを楽しむ余裕がなかった。


 予定より早く、彼らは海底庭園へと到着してしまったのだ。これが何を意味するのかは分からないし、もう誰も邪魔をしには来ないだろう。そんな気がした。


 アリオたちは全員気を失っていた。ここの主人であるシャンハーは、客人を迎えに行くような男ではない。それでも自分たちの時は、彼自ら出迎えてくれたから、とても印象に残っている。


 あの時は初対面で気付かなかったが、今思えばシャンハーの()()()()()が同行していたからだった。あれは特別だったのだ。


――知らなかった。バテルマキアの入口は、あの裏庭へ繋がっていたのか。あそこの一角には…。


 懐かしい庭園。アリオたちは海底の花園に驚くばかり。見るも珍しい魚の数々。極彩色のものから、食べたことのあるものまで。


 不思議なことだが、あそこは呼吸も出来れば目も見える。耳だって普通に音を聞き取れるし、なんなら匂いだって分かった気がする。


――私も初めて行った時は驚かされたな。シャンハーのやつ、()()()に執着して大変だったんだよなー……。


 彼の意中の彼女は、精霊のような人物だった。屈託なく笑う愛らしい人。興味本位で海底庭園へ乗り込んだことがあるらしい。どうやらシャンハーは、その時彼女に一目惚れしたようだった。


 やがてシアンが予想していた通り、アリオたちは例の一角を見付けた。裏庭の端に位置する墓地である。墓標をひとつひとつ確かめながら、やがて何やら花塚のような場所へと辿り着く。


 思わず怪訝(けげん)な表情で、その花の丘を覗き込んでしまった。こんなものが500年前にあっただろうか。自分は記憶力は良かった方だと思う。これも死んだ影響で忘れたのだろうか。


――最近ほとんど思い出してたのに、まだ忘れてることがあったなんて悔しいな。


 しかし次の瞬間、シアンは思わず口元を手で覆った。自分に似合わず、悲鳴が漏れそうになったのだ。思わず後ずさったが、おずおずと戻って来た。ゆっくりと泉を覗き直す。頭の中はもう真っ白。


 花で塗り潰された小高い丘。そこには墓標も何も無く、ただひとつの棺桶が横たえられている。そこに眠る人物が、泉に大きく映し出されていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが物凄く気になる引きですね(笑)明日を楽しみにしてます!
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