第287話 帰還命令
一方こっちサイドには帰還命令が。どうしたのでしょう。
その頃、バテルマキアのとある私室。
緑肌に白髪をした男ヤキは、銀髪の少年を捕らえるチャンスを待っていた。あの少年とその一行。ランケールドと決闘などと酔狂なことを考えているらしいが、修道女は結局その理由を述べなかった。
そのせいでアオイを止めるのに苦労したが、商品価値を下げるわけにはいかない。拷問しようと息巻く物分かりの悪い妹に、自分たちのためだと何度も何度も言い聞かせた。
今朝彼女には、オンソクトビの様子を見に行くよう指示をしている。アオイにしては珍しく、あの猛禽類のことは可愛がっていた。名前まで付けているから、後々どうするつもりなのか。残酷な妹のことも気掛かりでならない。
――いや、今は銀髪碧眼が優先だ。
頭の中の不安を振り払い、森の中での戦闘を思い返す。修道女たちを捕らえた途端、あの少年は逆上した。数日前に戻ったランケールド。彼との決闘が無くとも、あの少年は彼女たちを取り戻しに来るに違いない。
そこにバシンと、突然ドアの開く音。頭を後ろから叩かれた気分がした。
「お兄ちゃん、ビーキーにご飯あげようと思ったら、あの子昨日の夜、勝手にノルンに帰ってたみたいー。旦那様から連絡来てたよ」
分かってはいたが、妹のアオイだ。ビーキーというのがオンソクトビの名前である。彼女はソファ越しに振り返った兄に、手にした書簡を投げ渡した。ヤキはため息をつく気にもなれなかった。ノックをしろと言っても無駄だと分かっている。
この妹は父親そっくりの野蛮な性格を受け継いでいたが、面影だけは母親そのもの。なかなか強く言えない自分にも、非があると常々感じている。
とかくこの世界は、自分たち兄妹には生きづらかった。唯一の居場所がノルンだが、あそこに囚われて5,000年を超える。
そんな中、書簡の主だけが自分たちに希望を与えてくれた。その指示は絶対である。だからこそ文章の端々まで、じっくりと目を通す。惜しい内容だが理解出来た。後ろからしげしげと覗き込む妹に、テーブルの果物を取ってやる。
「アオイ。明日ノルンへ戻るから支度しておけ」
「えー! 銀髪碧眼見つけたんじゃないの? あれ1人で私たちが自由になれるかもしれないのにー!」
そんなことを言いつつ、アオイはいけしゃあしゃあと果物を頬張り始めた。彼女が本当に心配しているのは、戦闘で相手をいたぶる楽しみが減ることだけだ。
「旦那の指示は絶対だ。分かってるだろう? 生贄の儀式が始まる前に出立しろって書いてあるんだ。今回は銀髪碧眼が確認出来ただけで上々と来てる。あれだけ執着していた割に、あっさりしてるぜ」
「報酬は? お兄ちゃん困るでしょー?」
「理由は書いてねえが、旦那によると、どっちにしろガキどもはノルンまで来るらしい。そこで旦那の手に入りさえすれば、俺たちの報酬は全額払うとよ」
明日の午前中までに支度を済ませなければ。テーブルの上に紙を置くと、羽根ペンを手に取り返事を書く。もう何年生きたか分からないが、結局戦闘以外の魔法や魔術は上達しなかった。自分たち異次元の種族の宿命なのだろう。
書き終わった書簡をアオイに渡す。それなりの金が入った巾着も一緒だ。
「遊戯場でカードでもして、適当に増やしておいてくれ。あそこの従業員は魚人じゃねえから、お前も気楽だろう? ここで魚人殺すと後が面倒なんだ、頼むぞ」
「だってあいつら臭いんだもーん。言葉も分かりづらいし、話の要領を得ないから嫌ーい」
返事をする気にもなれなかった。ぶつくさと文句を垂れる彼女を追い出すと、拘束瓶を2つ取り出す。数字の5が書かれた瓶の中に、10歳未満と思しき少年少女が転がっていた。2本の瓶に男女別々で仕分けされている。
ヤキは瓶を丁寧に布袋にしまうと、それを持ったまま主寝室へ向かった。ノックをしてしばらく返事を待つ。水色の瞳の修道女の声がした。入ってどうぞと。
「悪いが頼みがある。聞いても聞かなくても、お前らの待遇が変わるわけじゃねえし、お前らに断られたら俺が他の部屋でやるだけだ」
檻の中の3人。修道女の1人は薄水色の瞳に、抜けるような白い肌。人間離れした精霊のような娘。もう1人は濃い桃色の瞳に褐色の肌。こちらは娼婦に持って来いの蠱惑的な美貌。最後は燃え上がるような紅い髪と瞳。育てればまあまあ売れそうな幼い少女である。何故給仕服を着ているのかは不明だが。
「何をやらされるか、内容によってはお引き受けします」
精霊のような白い少女がそう告げた。こちらが人殺しを生業としていると察した時は怯んでいたが、その後は堂々としたものである。
なかなか肝が据わっている上、どうにも賢いのが疑わしかった。この娘、教会の登録賢者ではないのか。もしそうであれば、いくら上玉でも扱いを変えなければならない。考え過ぎだろうか。
ヤキは先ほどの袋から拘束瓶を取り出した。2本の瓶に少年少女が10人ほど。
「俺はガキが苦手なんだ。かといってアオイの奴は怪我をさせるからダメだ。中の湯船でこいつら洗ってくれ。食い物と服は後から持って来る」
3人は瓶から視線を逸らすと顔を見合わせた。そして満場一致で小さく頷いたのであった。




