第281話 腕試し
前話からの続き。めっちゃ降って来ます。
――こんなの生き物に当たったら……!
アリオがそう思った途端、ぎゃっ! と断末魔の叫びが飛び込んで来た。石の雨降り注ぐ背中を、ちらりと振り返る。中型の鳥が数羽、背後の岩に叩きつけられている。先ほどバテルマキア上空を通過していた群れの逃げ遅れだ。
飛び出した目玉と視線が合い、思わず顔を背けた。地面からの飛び石はマシューの防御結界がいなしていく。それでも身体中から危険を知らせる音が鳴り響いてやまない。
落雷を避けるため横穴に退避すると言っていたミルナたち。レオカントが彼らをすでに移動させたことを祈るしかない。
それよりも危険信号の音がどんどん大きくなってゆく。頭までひりひりと迫り上がってくる緊張感。耳の中に心臓を突っ込まれた。そう思うほど、自分の鼓動が大きく聞こえる。胸が早鐘を打つ理由はもう分かっていた。
「見つかった。全員、俺が来ると言ったら後ろから出ろ」
チャーリーの言葉にドルンデが鼻を鳴らした。2人とも笑っている。マシューですら冷や汗を流しているのに、この2人はやはり肝の据わり方が違う。
降り注ぐ石は次第に減り、コツコツと小石の当たる軽い音、最後には風で舞った砂がパラパラと積もる音がし始めた。
こちらへググゥっと押し寄せる圧。
アリオも肌で悟った。先ほど見た人型の何かだ。
チャーリーは覆われた眼前を、猛獣の威嚇の如く睨み付ける。
「来るぞ!」
岩石の砕け散る音。
目の前にあった巨大な一枚岩が一瞬で飛び散る。
アリオは左後ろ方向に飛び避け、その様子を見ていた。驚いたことにチャーリーは動かなかったのだ。
先ほどまで自分たちを守っていた岩。砕けるその向こう側に魔物がいた。あの一瞬で。ここまで迫っていたのである。しかし前に突き出されている相手の左拳は、明らかに本気ではない。
魔物の一撃を避けると同時に、チャーリーは背中側へ。隙だらけのように見える魔物の背に、そのまま右拳をお見舞いする。
途端に耳をつんざく電撃音。
チャーリーお得意の雷電魔法を纏った一発。命中したかに見えたが、もちろん違った。なんと平手一枚で、一撃を受け止めていたのである。
岩を砕いたその魔物は意思ある大岩に似ていた。しかし、形態はより人間に近く表情が読み取れる。チャーリーよりひと回り身体が大きい程度。普段のゴージャ王ぐらいだろうか。
半透明に澄んだその身体は、全体的に碧くきらきらと煌めいている。『輝きのランケールド』という二つ名は、身体を構成する鉱石の美しさ故だろう。そして事前に聞いていた通り。その透けた身体の中心部には、胸に虹色の炎が浮かんでいた。
「聞いてはいたが、イカすねえ! 弱点丸出しでも隠さねえ。そういうの嫌いじゃねーな」
チャーリーがニカっと笑うと、ランケールドも同じように口の端を吊り上げた。
「そっちこそやるじゃねえか! 聖剣の使い手ってわけじゃなさそうだがよ」
魔物は平手とは反対の拳を突き出し、チャーリーは背面側へ飛んで距離を取った。ここまではお互い想定済み。ランケールドはくるりとアリオに向き直ると、右手で手招きする。
「さて…さすがにその背中の剣は忘れねえぞ。掛かって来い、聖剣の小僧。面白いか面白くないか測ってやる。なーに、小手調べだよ。ただのガキを殺してもつまんねえだろ?」
その言葉につい歯噛みしてしまう。口をきゅっと結んだアリオを、マシューが手で制止する。
「まだだ。挑発に乗るな」
「外野は手ぇ出すなよ。それこそ、つまんねえことしたら殺すぞ」
アリオを止める赤毛の美男子を、ランケールドは視線で鋭く刺す。手出し無用、二度言わせるなと。その目はそう語っていた。
深く深く呼吸を整えると、アリオはマシューの手を退けた。
「大丈夫。ありがとう」
刃が鞘をなぞる涼やかな音。
銀狼の鬣の如き銀髪。
目の前の魔物を真っ直ぐ見据える碧い瞳。
ランケールドの中で、何もかもが懐かしく甦って来た。あの目がやがて金色に輝き始めることを覚えている。
つくづく聖遺物とは不思議なものだ。魔王に恐怖を運ぶ『恐集め』は、純粋な魔物でなければ受け継ぐことが出来ない。一方の聖剣アルル・ゴージャは、光の精霊と人間の混血でなければ継承は不可能。
少年の目が太陽のように光を発する。
そう思った瞬間、目前にアリオが迫っていた。
――疾い! だがこれは風の速度……!
横方向の一閃を後ろへと躱す。すぐに悟った。肝心の魂が聖剣に宿っていない。
「おいおいおい…シャーリーンは何処へ行った?」
「今はいない」
「話になんねえな」
これはわざと言ってみた。予想通りこちらに飛び込んで来る。聖剣の斬りつけを、堅固な両腕で返してゆく。辺り一面に刃物を鍛えるような音が響いた。何度も何度も。
未熟だ。剣技の筋は良いが、性能の良い道具を扱いきれていない。魔王が歯牙にも掛けない理由が分かる気がした。これは面白くない。
バテルマキアを囲む水路。そこに敷き詰められた底岩の上。アリオが飛び掛かるたび、魔物は後方の岩に飛び移る。その繰り返しだ。
――良く追って来る…反応の良さも自前。まだ古代詠唱が使えねえから、シャーリーン抜きで練習中ってところか。
「ダメだな。全然面白くねえ」
両腕を胸の前で交差させ聖剣をカンと受け止めると、さして力も入れずに腕を払った。勢いで少年が吹き飛び、先ほど狙った大岩まで一瞬で届く。




