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誰が為の勇者  作者: 空良明苓呼(旧めだか)
第2章 果ての砂漠の金色幻想都市
28/601

第28話 ブーツを履いた虎猫①


 ラーメンが食べたくなってきた。


※2021/12/15に分割しました。



 鳥たちがすっかり目を覚まし、辺りで(さえず)り始めた頃、アリオはベッドから起き上がった。衝立ての向こうから鼻唄が聞こえ、食器を並べる気配がある。


 慌てて着替えると、アリオはカーテンを開けた。湯気と一緒に甘い香りが押し寄せる。


 目に飛び込んで来たのは、見るからにふわふわしたパンケーキ。載せられたバターは、トロリと溶けていた。そして、その横にはクリームと果物が寄り添っている。


「うわ、すげー!! …じゃなかった、ごめん。手伝おうと思ったんだけど、昨日なかなか寝られなくて…」


 ここまで彼女の魔術に頼りきりだった。せめて食事の準備くらいと思っていたのに、すっかり寝過ごしていた。どうも最近、調子が狂っている。


 エリアーデはすでに簡単な朝食を作り終え、湯を沸かしていた。茶を淹れるつもりなのだろう。こちらへむいて、彼女はにっこりと笑った。


「朝は『おはようございます』です。おはようございます、アリオ」


 そう言うと、湯の沸いたポットを火から下ろし、テーブルへと戻って来る。アリオは茶を淹れる彼女の顔を、恐る恐る覗き込みながら席に着いた。


「もしかして、怒ってる?」


「何に?」


 彼女はそう短く答えると、パンケーキを頬張った。ナイフとフォークで器用に切り分けている。その様子をじっくり観察し、彼女の真似をしてみた。しかし、何故か上手く切れない。


「あなた左利きでしょう? 左手にナイフを持つと切りやすいと思いますけど」


 エリアーデはアリオの右手から、ナイフを外そうとして、そっと手に触れた。自分の手とは違う暖かさに、アリオは慣れていない。驚きのあまり、ナイフとフォークを取り落とす。


「きゅ、急に触るな! ビックリするだろ!!」


「はあ? なんなんですか?」


 急に狼狽(うろた)えるアリオに、わけも分からず呆れてしまう。エリアーデは膨れっ面になり、フォークで果物を突くと、おもむろに口に頬張った。


 ナイフとフォークを持ち替えると、アリオは目の前のパンケーキと格闘し始めた。この、まるでなっていない少年に、テオドールは一体何を教えていたのだろう。食事の道具も満足に使えないとは、礼儀作法なんてレベルの問題ではない。


 そんなことを考えていたら、彼はおずおずと、こちらへ話し掛けてきた。


「なあ、エリー」


 こんな動物のような人間に、愛称で呼ばれる筋合いはない。目を閉じて茶葉の香りを楽しみながら、静かに抗議する。


「私をエリーと呼んで良いのは死んだ母と老師だけです」


「え。親父は?」


「『お父さん』でしょう。父は私が産まれる前に亡くなりましたので、聞いた話しか知りません。いつか老師が写し絵を見せてくれたような気もしますが、あまり覚えていないのです」


「ふーん。まあ俺は両親とも良く覚えてないからな」


 アリオはパンケーキを頬張りながら、なんでもない様子で相槌を打つ。それを聞くとエリアーデは少し反省した顔でゆっくりと目を開け、アリオのことをしげしげと見つめた。


「口に物を入れたまま、喋ってはいけません」


 彼女は軽く咳払いし、そう付け加える。ちょっと大人げなかっただろうか。この少年だって、好きで聖剣に選ばれたわけではあるまい。


 アリオは口の中のものを飲み込むと、上目遣いでエリアーデを見つめた。


「なあ。エリアーデって長いから、エリーでいいだろ?それにさ。汚い言葉遣いは直すから、お互いタメ口で行こーぜ。同い年なんだし、なんか気持ちわりーだろ」


 前言撤回である。全てを指摘するのも面倒だ。そっと目を閉じ、喉元まで上がってくる感情を、茶と一緒にひと口で飲み込む。そのままティーカップを、ソーサーの上へと、ゆっくり降ろした。再び目を開け、アリオに視線を合わせる。


「えっ…?怒った?」


 アリオは慎重に、そう尋ねた。彼女は精霊と見紛(みまご)うばかりに綺麗だが、その人間離れした外見には、たまに腰が引けてしまう。


 そんな彼の感情を読み取り、エリアーデは小さくため息をついた。やはり自分が大人げない。一応同い年なのだから、彼の言う通り、堅苦しいのは無しだ。自分だって息が詰まるだろう。そう思い直し、彼へ笑い掛ける。


「そうね。堅苦しいのはやめにしましょう。しばらく一緒に旅するわけですし。よろしく、アリオ」


「いや、だからタメ口でって…」


「タメ口なんて、使ったことありません。私も今から練習するのでよろしくね、アリオ」


「こわ…」


 目の前の少女は、考えていることがまるで分からない。アリオは呆れた表情で、パンケーキの最後のひとかけらを口に押し込んだ。


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